4.また別の日の放課後

 日高が理科準備室の扉を開けると、ワイシャツ姿で窓際に立つ竹岡の背中が見えた。

 暗幕カーテンは開いている。首がやや上方を見る角度だったこともあり、差し込んでくる光を全身で浴びているように見えた。


「言われたとおり、来たぞ」


 中に入りながら日高が言うと、竹岡はゆっくりと振り返った。


「よく来てくれたね。何されるかわからないと思って怖くなかった? あ、自分から親友宣言してたから無視もできないってやつかな。でもそんなところもいいよね」

「……」

「って、あれ? 顔が全然怖がってないね。この前見せてくれた顔はよかったのになあ」

「そういうのはいい。このあと部活があるから、用件を頼む」


 日高が促すと、竹岡の背から後光のように差し込んでいた光が、ひときわ強くなった。


「中間報告だよ。僕さあ。もう、物なら完全に壊しても元どおりに直せるようになってるんだ」

「……」


 竹岡は、口角をわずかにあげた。


「信じてないね?」

「当たり前だ」


 当然のことを答えると、竹岡はゆっくり歩き出し、日高の脇を通っていく。

 二人の位置関係が逆になった。日高が準備室の奥側、竹岡が出入り口側。

 そして竹岡は、出入り口近くの机の上にあった三角フラスコを手に取り。


 机に叩きつけ、割った。


「お、おい!」

「まあ、見てて」


 そのまま、竹岡が腕を伸ばし、割れた三角フラスコの上に手をかざす。

 すると。


「……!?」


 音もなく、瞬時に復原された。


「と、いうわけ。どう?」


 飛び散った破片もきれいになくなっている。種や仕掛けのあるマジックの類でないことは明らかだった。

 信じざるをえない。今まで積み上げてきた常識がそれを拒否していても、目で見た現実を認めるしかない。日高はそう思った。


「人に対してはどうなんだ。これから研究か」


 竹岡はキバのようにも見える糸切り歯を出した。


「人間の体も、ほとんどのケガは治せるようになってるよ。だから今日は、それを披露しようと思ってね」


 悪魔の笑いが近づいてくる。

 日高は一歩、二歩と下がっていく。

 やがて、壁に後ろ足がぶつかった。


 褐色の手が日高の学ランに伸びた。

 胸元近くを掴まれる。


「――!」


 引く力が一気にかかった。

 前部のボタンが飛び、袖の付け根の縫い目が破れた。


「やめろ!」


 これ以上はさせまいと手で防御しようとするも、その動きを完全に読んでいたかのように、竹岡が日高の腕を取る。

 しまった――そう思ったときには、すでに日高は倒され組み敷かれていた。


「……っ」

「僕がいじめを受けていたとき、日高は『体鍛えようぜ』って言ってくれたよね。あのとき親に頼んで通わせてもらった総合格闘技のキッズコース、まさかキミ相手にも役に立っちゃうとはねえ」


 学ランが取り払われる。

 単純な筋力ではおそらく日高のほうが上なのだが、逃れることができない。

 さらにワイシャツも引きちぎられ、素肌が露出した。


 あらわになった大胸筋や腹筋。

 日高が逃げようと体をくねらせているせいで、その見事さが皮肉にも強調されている。

 冷や汗で湿るそれらの上に、竹岡が指先をわせた。


「日高は体もかっこいいね。無駄がないし、努力してる感じがよくわかる」


 そして――。


「ぐふっ」


 まずは一発、拳が日高の腹部にめり込む。


「ぅっ」


 胸にも一撃。

 さらに、竹岡が拳を振り上げ……そこでとめた。

 ギュッと一度つぶった日高の目が開く。


「いいね。漏れる声も、苦痛に歪む顔も、怯えがまじった目の光も」

「……ふ、ふざけるな……」

「お、その頑張って出した感じの反抗的な表情もいい」

「ぐぁっ」


 今度は左頬に拳が命中。日高の頭部が大きく振れる。

 顔からも冷や汗が噴き出していたため、飛び散った飛沫が日差しによって光った。


「今度は反対側もね」

「ぐはっ」

「肩もいこうか」

「あぁっ」

「腕もかなあ」

「う゛あっ」


 叩打音と、日高の苦悶の声が、続く。


「んー、そろそろ少し弱ってきたかな?」


 上半身をまんべんなく殴り終わると、もう日高に逃げる余力はないと判断したのだろう。

 竹岡は体勢を崩し、日高のズボンのベルトに手をかけた。


「や、やめ……ろ……」

「やめないよー」


 乱暴な手つきで下も脱がしていく。

 ボクサーパンツは脱がすのではなく破き、取り除いた。


「付き合い長いけど、こんなにちゃんと見るのは初めてだね」

「……」

「うん、僕より大きい。タマの色が黒っぽくなくてきれいなのは、日高が割と色白なのと関係あるのかなあ」

「……っ」


 一とおり観察が終わると、また拳をあげた。


「じゃあ、いくよ。破裂はしないと思うけど、万が一しても治せるから安心して」


 狙いが睾丸であることを示唆する言葉。

 恐怖と絶望が浮かぶ日高の顔を確認すると、笑みを浮かべながら拳を落とした。


「う゛ああ゛ああっ!!」


 光が差しているのに、なぜか薄暗い理科準備室。

 大きな悲鳴が響いた。




「ぅ……ぐ……ぁ……」


 床に倒れたまま、ほぼ裸であえぐ日高。


「今日は中間報告だし、間違って殺しちゃうと生き返らせることはできないから、ここまでだね。楽しかったよ」


 そばに座り込み、満足そうにそれを眺める竹岡。


「いやあ、これが完全に元に戻せて何もなかったことにできちゃう。白魔術って最高」


 竹岡の笑いはしばらくとまらなかった。

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