3.その次の日の放課後

 日高は、また竹岡の隣の席に座り込んでいた。

 放課後に白魔術の本を読んでいた彼に話しかける。


「俺はお前を、幼稚園の頃からの親友だと思っていた。そして今もそう思っている。お前はどうなんだ?」


 竹岡も本を閉じて応じた。


「んー、僕はキミを親友だと思ったことはないかなあ。今も思ってない」

「思っていなかったのか……」

「うん。キミは、僕のヒーローだから」

「なんだそれ」

「覚えてるでしょ? 僕は地黒な上に日焼けしやすくていつも他の人より黒いからさ、小学校低学年くらいまではいじめられたりからかわれたりして、そのたびにキミが味方になってくれてたじゃない」

「覚えている」

「だからずっと、キミは僕のヒーロー。今だってヒーロー。勉強も運動もできて、誰にでも優しい。顔もさわやかで、あとはちょっと雰囲気が他の人より大人っぽいね。背がちょっとだけ僕のほうが高くなっても、キミに守ってもらう必要がなくなってから長い時間が経ってても、やっぱりキミは僕にとってヒーロー」


 きれいな褐色の肌と白い歯で作った笑顔とともに、妙にさわやかなトーンで言う竹岡。

 日高は嘆息したくなるのをこらえた。


「じゃあ別にそれでもいい。ヒーロー扱いしてくれるなら、それに危害を加えようとするのはどうなんだ? おかしいだろ」

「え、わからないの? キミがヒーローだからいいんだってば」


 竹岡は筆入れからコンパスを出した。

 さらに、意図を図りかねている日高の右手首を、左手でつかむ。


 そして日高の手のひらを机の上に押し付け固定したまま、右手でコンパスを高く掲げた。

 キラリと光る、針。


「っ!?」


 なんの躊躇ちゅうちょもなく、それが振り落とされた。

 細い針先なのに、大きな音がした。


 日高はそれを目で確認するまで理解が追いつかなかった。

 針が、刺さっている。

 日高の指と指の、間に。


「……!」


 言葉が出ない。

 日高の顔に、怯えの色が浮かんだ。


「あっ、いい顔。たまらないなあ。でも、まだこれ以上は我慢しとくよ。いま本当に刺しちゃったら治せないからね」


 じゃあ今日も剣道部の練習頑張って――。

 そう言って、竹岡はかばんを手に取り立ち上がった。


 彼が教室を出て行っても、日高はそのまま固まっていた。

 その顎から、やがて雫が一滴、垂れた。

 集まった冷や汗だった。

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