一将功なりて万骨枯る

@wizard-T

一将功なりて万骨枯る

「お前で1区は行くぞ」


 そう監督に言われた時は、それこそ天にも昇る気持ちだった。

 別に目立ちたがり屋のつもりもないが、1区と言うのはそれこそみんな平等なスタートでありここだけは優勝候補もシード争いも最下位争いもない。何なら少しだけ気合いを入れれば、大学を1位にする事だってできる。

 もちろんそんなめちゃくちゃな事をする気はなく、目標は設定タイムを守る事。向こうが早くなるならば勝手にしろで放っておき、暴走してブレーキに陥ったランナーをかわせばそれでよし。


「大学の健闘を祈って、乾杯!」


 まだ1年の僕は麦茶を飲みながら、部の皆さんと一緒にケーキを食べる。8日後に決戦を迎える、クリスマスパーティーと書いて壮行会とでも言うべき四年間の始まりとしては素晴らしい日だった。

 でも、エントリーメンバー及び控えの六人とその他の人たちでは違いがある。ぼくら十六人は、それこそ8日後の決戦に向けて体をピークまで持って行かなければいけないからバカ騒ぎもほどほどにしなければならない。二十歳を越えていてもお酒を吞んでいる人はいない。


 一方でそうでない人たちは違う。中には走路員とか給水とかで箱根駅伝に関わる人もいるし、データを集めるとかで関わっている部員もいる。走る距離などに違いはあってもみんな暦とした箱根駅伝の一部であり、みんなのためにもやらなければならない。


 そして—————。




「橋川先輩」

「あ、お前か……」




 お酒を既に飲んでいるのか顔を赤らめ、壁にもたれかかっている人もいる。

 高校生の時は高校駅伝で13人抜きを達成し、鳴り物入りでうちの大学に入って来た橋川先輩。

 でも大学に入ってからは故障もあってその走りは影を潜め、今年は予選会にすら呼ばれなかった。予選を4位で通過した時にもほとんど無表情で拍手するだけ。いくら事前にトップ通過候補と予想されていたし監督も「お前らはこんなもんじゃない」と言ったからとは言え、だ。

「先輩は」

「安心しろ。もう俺は地元の企業勤めが決まってるから」

 笑顔ではあるし、目も笑っている。酒の力を借りているようにも思えない。


 でもその顔と字面を、誰がまともに受け止められるものか。



「目を背けるなよ」

「ああ先、いや清水」

 そしてその橋川先輩の隣に座っていたのが、清水だった。1年生にして2区担当、それこそうちの大学の未来のエース。俺と違ってイケメンで女子の人気も高い、まさに大学の顔だ。

「先輩だってつらいんだよ、ものすごくさ。予選は走ったし全日本大学駅伝も走ったけどさ。その事に付いて俺も聞いたよ。そうしたらさ」

「やめろよ清水ー」

「やめませんよ。もう悔いはないとか言ってさ。大学駅伝のゴールはもうできたんだって」


 橋川先輩には給水も走路員も、何の役目もない。強いて言えば応援だけ。かつて箱根予選や全日本大学駅伝を経験したランナーのそれとは思えない、あまりにも寂しいフィニッシュ。と言うか、故障やその他で結局一度も10区間を走れないままでの卒業。


「月並みだけどさー、俺よりお前の方が優秀なんだよ。だからこそお前はそこにいる。カッコイイスタートを切ってくれよ、そうしないと俺もスタート切れないからさ」


 一瞬で酒が抜けたかのような顔になり、わずかに頭を前に倒した先輩。


 僕は1年間だけどお世話にもなったし、この人のためにも戦わなきゃいけない。


 自分なりに、カッコイイスタートを切ってやらねばならない。

 この国のお正月の、いや自分たちのために。

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