第14話 再出発

 冬を越え、新たに準備を整えた私達は、再びの出発を前に皆の激励を行っていた。

 黒々と広がる死の荒野を前に、得られた猶予を用いて最後の大賭けへ打って出る。


 時折様子を見に来ていたが、冬季に入ってから火山の活動が弱まったように感じる。

 黒煙の無い、澄み渡った青空はこの地では珍しいものだ。

 おかげでメェヌも火山しゃっくりを気にせず、先ほどまで滑り坂を堪能していた。

 尻尾があったらぶるんぶるんと揺れ続けていただろう様を語るのは後にして、さてとベルヴァを始めとした傭兵達と、奴隷達を送り出していく。


 猶予は然程長くない。

 一年分の稼ぎ、宿代とはいえ、冬季が終わった直後の食料はまだまだ貴重品だ。

 森から糧を得るにせよ、畑で栽培をするにせよ、まずは前進なくして成立はしない。


    ※   ※   ※


 「この資金を最大限生かすべく、今までより大胆な手に出ようと思います」


 冬の間、私達は今後について入念な話し合いを行った。

 お嬢様やメェヌは仕事がある為、私がキャンプの奴隷達を管理しつつ通う形を取っていた。


「というと?」

「道づくりを全て停止し、拠点維持に必要な最低限の人員のみを残し、全てを水源掘削に当てます。どちらにせよ次の収穫期までは資金が持ちません。畑は種を増やすことのみを目的とし、世話も最低限に留める。どうでしょう?」


「えぇ、良いと思うわ」

「というより、今まで道作ったりしながら切羽詰まってたのがおかしいですよね。今更なんですが」


 それは私も心底思う。

 目減りしていく数字ばかり追いかけて、視野が狭まっていた事実は否めない。


 ただ悪い事ばかりでもない。

 一定の流れを繰り返したことで得られた経験は、今回の拠点人員縮小に活かされている。

 慣れという奴だ。

 奴隷でも特にこの手の事に秀でた者なら、単独で荷を適切な場所へ振り分けてくれるし、既に細かな判断も私を通す必要がない人員が育っている。

 更に言えば、個々人の関係性構築という面でも寄与しているだろう。

 今日と明日が同じであること、それは人の心に安定を生む。余裕があれば、馴染むのも早くなってくれる。


 モノは考えようとは思うが、まずは前向きに。


「加えて食料なんかの必需品を私達が求めていること、一定額で購入することを、この冬の間に触れ回ろうと思います」

「今もエラ様がけしかけてる奴を、もっと大規模にするってことですか」

「けしかけ……あの、私はお願いしているだけよ?」


 ともあれ駆け出し商人にとって、一定額以下での仕入れさえ出来れば、確実に利益が出るという話は非常に美味い。

 春はいろんな商売が出てくるので、多少額を引き上げる必要はあるだろうが、荷運び人員を削減できると思えば旨味もある。


「上手く煽って頂けると、拠点運用が円滑になります。そこはエラお嬢様に期待ですね」

「宿に通い詰める人も居るくらいですからね、頼み込めば都市中の商会に話が飛びますよ」


「ねえねえ、なんだか私、変な扱いにされないかしら?」

「何を仰いますか、心の底から頼りにしていますとも」


 エラお嬢様こそ我らが柱。

 なにせ頂いた資金には、お嬢様の心を射止めたい男達の貢いだ物品が結構な割合で占められているのだから。

 えぇ、遠慮無く売り払って金にしました。

 に貢献出来るのだから、彼らも本望でしょう。


「そ、そう? 良かった。頑張るわね」

「はい。ですが、その……」

「なあに?」


 宿という場所は食事の提供と同時に酒も出している。

 つまりは、あれだ。

 酔った男というのは時に無体を働くこともある。


 それが何よりも心配で心配で仕方ないのだが、こればっかりは助けていただいた身で、あまつさえ家臣たる身で口出しを、いやいや、家臣ならばこそ忠言するべきことだとは分かっているのだが、


「あぁ。大丈夫ですよ。その辺り、エラ様は結構身持ちが固いです。最初からその手の男に絡まれても、伸びてきた手は食器使って叩き落してましたからね。笑顔で。つまり指一本触られてません、良かったですね」

「う、うん? そうか。そうだな。それは、良い事だ」


 いかん、ちょっと視線が絡んで顔が熱くなってしまった。

 疑うとか、心配だとか、そういうことではないんだ。

 違うぞ?


「でも、私はメェヌの真似は出来ないわ。凄いのよ?」

「そうなんですか?」

「えぇ。言葉巧みに相手を罵倒して、高いお酒や料理を買わせるの。皆冷たくされてるのに、どうしてか嬉しそうで」


「それはっ、私だって指一本触れさせてませんからね! 躾けてるだけですから!」

「分かったから何故私を叩く」

「~~~~っ!!」


「あらあら」


 ともあれ以前より積極的に相談するようになり、問題点があれば包み隠さず打ち明けた。

 自分の力不足は十分味わった。

 例え最後の足掻きだとしても、その瞬間まで共に踏ん張り続ける。


 私達は、ようやく一つに纏まってこの壮大な事業へ取り組んでいた。


    ※   ※   ※


 新たに一団を送り出して、残るは最後の一つとなった。

 彼らは冬季前にも遠征を経験していた者達で、その最中に諍いを引き起こした問題児達だ。


「いいか。一定周期で休息は儲ける。その時まで無駄な議論はせず、与えられた役割に注力しろ」


 へい、という揃った声。


「分かっていると思うが、この事業の成功はエラお嬢様も、メェヌも共に望んでいることだ。故にエラお嬢様派、メェヌ派などという対立がどれほど無意味か、しっかりと胸に刻み込んでおけ。そもそも私はエラお嬢様派だ。総責任者の権力を甘く見るな、わかったな!」


 へい、という声に、今度は悔しそうな唸り声があがる。

 だが問答は認めない。

 尻を蹴りつけるつもりで彼らを送り出し、ようやく吐息をついた。


「…………今のは?」

「なんだか腹立たしいこと言ってましたけど」


 上下関係をはっきりさせることは、組織を運営する上で必須のことですから。

 だから脇腹を掴んでくるんじゃないメェヌ、ほら、今なら滑り放題だぞ。


「ほんっとに腹立ちますが、まあいいです。私も行きますね」

「おう、頼んだ」

「行ってらっしゃい、メェヌ」


「はぁーい」


 手荷物片手に死の荒野へ駆けていくメェヌを見送り、後は下女代わりの女奴隷が一人と、傭兵が数名残るのみとなる。

 密輸団のこともあるから、流石に警戒は必要だ。


「本当に一人で大丈夫かしら」


 今回は見送る形となったエラお嬢様が心配そうに言う。


「メェヌなりに考えた結果でしょう。森の中にある、水の流れる場所の地形、周辺の特徴なんかを見覚えて、溶岩地帯に同じ様なものがないかを探し出す、でしたっけ。今までは大雑把に段差のある場所を狙っていましたが、別方向からの案も貴重です」


 特に彼女は精霊に愛されている。

 私達常人とは異なるものを感じて生きているせいか、他者と上手く馴染めず幼い頃はよく泣き付かれていた。

 宿では上手くやっていたそうだが、あくまでメェヌ固有の資質と客層が上手く噛み合った結果だろう。

 歴史的にも迫害されてきた背景を持つ力だが、故にこの目印も乏しい土地では活きるかもしれない。


 地面の音を聞いてみたり、ただ風の中を佇んでみたり。

 冬の間は何度も森へ入って感覚を磨いていたそうだからな。

 メェヌもまた、今まで煩わしいだけだったという力を全力で用い、抗ってくれている。


 火山の活動が収まっているのも単独行動へ踏み切った理由だ。

 最悪彼女の足なら大抵の場所からは一日で戻って来れる。


「そうね。それじゃあ、私達も仕事に取り掛かりましょうっ」

「はい!」


 今はまだそう多くないが、少しすれば山の様に情報が流れ込んでくる。

 冬の間に頑張っていたのはメェヌだけではない。

 交渉事や宣伝、宿の仕事の傍らでエラお嬢様は都市に住んでいた知識人とも繋がりを作り、地形に関する知識を深めていた。

 考えてみれば当然だが、国策としては重視されていないとはいえ、いずれ私達が辿り着くべき約束の地、などと呼ばれているものが一切研究されていない筈もなかった。

 世間の評価に左右されない好事家などはどこにでもいるものだ。


 あの断層が出来る前、大地が溶岩に覆われてしまう前、ここにはどんな景色があったのか。更には火山の向こうに何があるのか。約束の地とはどういう場所か。


 加えて、死の荒野で時折見付かる、謎の死体についても。


 あまりに暫定的な判断で事を進めていたものだと今ならば思える。

 思ったのならば、改善していくだけだ。


 限界まで都市に残ってお嬢様が聞き出してきた話と、私の調べた話。

 双方を突き合わせて、あの大きな地図へ新たに情報を書き込んでいく。


 そうして――――


    ※   ※   ※


 そうして、更に一ヵ月が経過した頃。


 メェヌが洞窟を掘り当てた。





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