第12話 冬

 今日も今日とてトンテンカン。

 明日もきっとトンテンカン。

 火山の先までトンテンカン。


 働く奴隷達の陽気な歌が聞こえてくる。

 ツルハシを手に、真っ黒な大地を均すべく溶岩石を砕いて散らす。


 砕いた石を別の奴隷が拾い上げ、麻袋へ詰め込んでいく。

 また別の奴隷がそれを担ぎ上げ、坂道と呼べる程にはなってきた断崖へ向かっていった。

 森の開拓は難航しているが、元より一年二年で終わるものでもない。

 少しずつ、土を掘り返し、石を撒いて、人間が当たり前に通れる道へと変えていく。


 しばらく見ていると、今度は麻袋に土を詰めた状態で戻ってきて、坂から程近い平地にばら撒く。

 拡張され続ける畑には幾らか芽を出しているものがあり、収穫にはまだまだだろうが、来年には幾らか期待できそうな状態にはなって来た。専用の水瓶へ土器を使って川の水を運んで来た者が流し込み、畑仕事をする者達と笑い合ってまた坂を登る。


 その坂上から大きな声で注意を呼び掛ける者が居た。

 皆が一斉に逃げていき、その頂上から、切り倒したのだろう丸太に乗って、三人ばかりの男達が滑り降りてくる。

 悲鳴とも歓声とも付かない大声。

 先月怪我人が出たので程々にしろと言ったのだが、専用の溝を掘ったり身体を括りつける縄を用意してきたり、とにかくやりたがるのでもう放置している。


 持ち込まれた木材は加工場で板にされる。

 あまり均整なものを期待されると困るのだが、とにかく板らしき形にはなる。

 それは土地を均した平地へ持ち込まれ、家屋が建ち、家具を作る。

 当初はあった建物を補修して使っていたのが、今では新築の木造家屋の方が多くなって来たほどだ。


 またぞろ華やかな歌声がやってきたと思えば、川で洗濯物をしてきたらしい女達が、籠を頭に坂を下って来た。

 女の奴隷は数が少なく、当初はキャンプ側のみで纏めて働かせていたのだが、現実的に煮炊きや洗濯の類は彼女らの方がしっかりやってくれる。煮込み不足な馬鈴薯で五人が腹を下したことで、流石に私も料理の専門性を再認識した。


 馬上で拠点内を見回る傭兵達はどこか眠たげだが、喧嘩や諍いは起きるもので、そうなった時は素早く対処し、治めてくれている。


 後方も含め、この拠点は上手く回っている、という認識は間違っていないだろう。


 あの収穫祭の日、密輸団と取引していれば今ほど平穏な状況にはならなかった。

 拠点には素性の知れない怪しい連中が出入りし、傭兵は領主や村の者に知られぬよう警戒を強める必要もあったろうし、奴隷達だってどんな蔑みを受けたか。


 ただそれでも、収入が無いという事実は重くこの地に横たわっている。


 火山の噴火は一時的に収まっているが、変わらず大地は黒一色。

 灰混じりの雨がゆっくりと私達をその色に染めていく。


 私はやり方を間違えただろうか。


 借金で得た金を元手に別の商売を始め、そこで収入を得ながら着手すべきだったか。

 だが商売が成功する確約などはなく、運用にあたって信頼のおける人材と、人の繋がりという土壌が無かった。余所者はいつだって商人の輪から弾かれる。まして、もののついでに一稼ぎしよう、なんて考えでは貪られてお終いだろう。

 実際、ここへ来るまでにやった行商の真似事では僅かな収入にしかならなかった。

 黒曜石同様、塩というのは税率ばかり高くて、良質な販路を持たない私では買い叩かれて終わりだったからな。


 ならばと自由の効く土地に可能性を見た。

 この黒い大地、溶岩石で覆われた土地にだって、利益を生み出すものは確実にある。

 ある筈だ。


 目頭を抑え、息を落とした時、到着を告げる角笛が鳴った。


    ※   ※   ※


 先頭を来るベルヴァの背後には、数名の傭兵と、荷運びの奴隷達が続いている。

 背後の火山ではまた噴火でも始まったのか、黒煙が昇り始めた。


「すまない、大将」


 第一声を受けて、心の内に大きな落胆を得る。

 だが、敢えて顔には出すまい。


「ここから四日、無理に探索を続けてみたんだが、水場の一つも見当たらなかった」

「そうか。いや分かった。まずは休め、ご苦労だった」

「それより先に地図へ記しやすよ。今の疲れた頭で寝たら、探索の記憶を全部落っことしちまいそうですからねぇ」


 他の同行者にも労いの言葉を掛け、ベルヴァと共に小屋へ戻った。

 壁に掛けられている、大きな動物の皮を用いた紙には、既に幾つもの書き込みがある。


「他の連中はもう戻ってきてるんですね」

「無茶をするなと言ってある。もう先月の二の舞は御免だからな」


 こんな死の荒野を行く探索は、人の心を容易く削るものなのだろう。

 食料や水の管理だけでなく、率いている者達の状態を読めなければ、寄せ集めの部隊なんて簡単に崩壊する。


 粘土と油、灰を混ぜ込んだ簡易のクレヨンを手に取ったベルヴァが、苦笑交じりに印を付けていく。


「前に大回りした丘の所で、上手い近道を見付けやした。次なら、もうちょい先へ行けるでしょう。言われた通りに幾らか物資は置いてきましたから、身軽になれるのも大きい」


 ある程度の方向を定め、野営地を作り、物資を集積していく。

 ここ半年はひたすらそれの繰り返しで、探索範囲を広げてきた。


 水が無ければ人は生きていけない。


 道を通すにしても、水源を基点とするのは当然の話だ。

 だが、その水源が見当たらない。


「そういや、また奴さんを見付けましたぜ」

「また、か」


 ベルヴァが言っているのは、長衣を纏った謎の死体のことだ。

 無論、人間の。


 既に白骨化している場合が殆どで、危険のあるものではない。

 だが、奴隷達や一部の傭兵は、死の荒野が人を誘い込み、魂を刈り取っているのだと怯えてしまっている。


「本当、なんなんでしょうねぇ。例の密輸団が大回りしようとして失敗した、にしては軽装過ぎますし、金目のものも、それが持ち去られた後もない」


 貴金属がそのままであるなら、仲間割れという線もないだろう。

 骨には外傷もなく、ただ死んでいるというのだから、不気味がるのも分かるが。


「しっかし、こうして見るとこの土地も、元は普通の土地だったのが分かりやすね」


「あぁ。あんなに離れた火山から溶岩が押し寄せ、川や森すら呑み込んで大地を埋め立てた、余程の大噴火だったのだろう」


「たまに生えてる炭んなった木はその時のでしょう? 掘り返すのはやってみたんで?」


「今の所は後回しだ。土なら断崖を削ったものがあるし、見えていると言っても六割七割」


 森の木々を見れば、その木がどの程度伸びていたかは予測が付く。

 見えている部分を差し引いて、残っている分が溶岩石の地層だ。

 正直言って掘り返す気力も湧かないくらいには分厚い。

 大地震と合わせて噴火が起きていなければ、断崖も生まれず、もっとずっと先にまで溶岩が流れ込んでいた可能性が高いだろう。


「植物が育つ土壌はあったんだ。なら、水源は確実にある」

「分厚い岩の底ってのが問題ですね。それこそ掘り返す必要がある」

「ここまで広範囲を探索して見当たらないのなら、試してみるしかないが」


 最寄りの、おそらく川が流れていただろう地形までおよそ二日。

 そこへ物資を流し込み、人を派遣して掘削作業をさせる。


 断崖なら日陰もあるが、この土地は日中途轍もなく暑くなる上、夜は一気に冷えて寒くなる。凍えるほどではないが、温度差が激しくて体調を崩す者はそれなりに居る。


 解決策に思えて、実は泥沼なのではないかという不安と疑問だけは幾らでも湧き上がってくる。

 だが、打って出なければ何の成果も得られないのだから。


「よし、分かった。二日の休暇をやる。良く休んで、労ってやってくれ。倉の酒も好きに持っていけ」


「ってぇことは?」


「二日中に場所を選別し、複数個所の新規拠点を建築する。しばらくはキツくなるぞ」


 へぇい、という労働者の歓喜の叫びを聞きつつ、既に私の意識は地図へと向いていた。

 この決断が更に財政を圧迫し、破綻へ繋がるものになるのか。

 それとも可能性を生み出し、次へと繋がるものになるのか。


「買い付けを行う都市より村まで三日。森超えに一日。そこから更に二日」


 村々を経由してくる間は目減りしないが、飲み食いの経費は掛かり、森から先は徒歩となる。

 あくまで安全な日中のみを進む予定で組んであるから、やろうと思えば一日は短縮出来る。

 他にも若手の行商を焚き付けたりと、お嬢様とメェヌがうまくやってくれているが。


「馬車限界、か」


 例え水が見付かっても、自給自足への道は未だ遠く、収入源は見当たらない。

 せめてどちらか、確実な土台が見付かったなら打てる手は出てくるのだが。


 遠く火山の噴火音が聞こえてくる。

 メェヌはアレを聞いて寂しさを覚えたと言っていたが、こうなってくるとどうしても、自分達を拒絶する声にしか思えなくなってきた。


「まずは、場所の選別だ。一から調査結果を読み返そう」


 木簡をと伸ばした手が不意に霞んだ。

 咄嗟に踏ん張って、かろうじて耐える。


 壁に手をやったままゆっくりと呼吸を整え、平静を取り戻していく。


「よし」


 掴んだ木簡の文字を読み込む為、また目頭を強く揉み込み、そうして。

 夜が更けても、その作業は続いた。


    ※   ※   ※


 二日後、ベルヴァ率いる第一先発隊を始めとし、二箇所の掘削拠点を築くべく人員を送り出した。

 減った人数での現場調整を終えた後に私も各所へ乗り込み、地形を読みつつ実際に掘削する場所を決定する。

 一定方向へ段差の存在する地形などは、過去川が流れていた可能性が非常に高い。

 溶岩とて液体だ。

 大地を覆い尽くしたとはいえ、流れのある場所では多少の指向性が生まれる。

 森は水無くして成立はせず、炭化した木々が残る場所には間違いなく水脈が存在する筈。

 それを蒸発させ、枯渇させるほどの噴火であったなら。

 いや、だとしてもやるしかない。


 入植して既に半年以上、一度たりとも火山のある東へ鳥が飛んでいくのを見た覚えがない。


 本当に約束の地なんてものが存在するのか。

 あの山の向こうには、同じだけ死の荒野が広がっているだけじゃないのか。


 湧き上がる不安を押し殺し、周囲を激励し、各拠点を駆け回って、積み上がった問題と情報を処理していく。


 そのまま水の一滴も見付からないまま一ヵ月が過ぎ。

 二か月が過ぎ。


 急激に、溶岩地帯の気温が下がり始めた。


 冬季だ。


 そうして私は、全員を村付近のキャンプ地まで撤退させた。





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