世界の果てで、灰かぶり

あわき尊継

第一章 死の荒野

第1話 帰郷①


 「カーリ、見てっ」


 灰色の髪の少女がカーテンを頭から被り、月明かりの中で振り返った。

 口を大きく開けて笑う彼女の、頬が赤く腫れていることに胸の痛みを覚えながらも、今だけは精一杯笑って答えてみせた。


「うん。凄く綺麗だよ、エラ」


 本来であれば声を掛ける事すら許されない身分の少女が、何故自分と同じ使用人の部屋を使っているのかを知ったのは、随分と経ってからだった。

 そんな小さなことはどうでもいいと思えるほどに、彼女との時間が楽しくて、嬉しくて、好きだったから。


 なによりその時のエラは、自ら光を放っているみたいに綺麗で、心の底から見惚れていたんだ。


「この前ね、そこの窓から初めて花嫁を見たのっ。皆から祝福されて、とぉぉっても幸せそうだったわ。知ってる? 花嫁はヴェールっていうのを頭に被るの」


 どうやら彼女は花嫁の真似事をしているらしかった。

 それと同時に、窓から、という言葉に危うさを覚えた。

 彼女に辛く当たる家の者達、俺にとっても主人と言える人々がそれを知れば、また怪我が増えてしまうから。


 灰かぶりとも呼ばれ、蔑まれている彼女のことを、特に家の女達は嫌っている。

 エラは使用人の母が産んだ、旦那様のお子だから。


「ねえ、カーリ。結婚式をしましょう? 貴方が新郎よ。私を花嫁にして」


 きっと永遠に訪れることのない夢を、冗談を冗談と言える内に叶えておこうというのだろう。

 出来るのなら本当に。

 そんな想いを隠したまま、差し出された手を掴む。


「私はね、カーリが居てくれるならなんでもいいの。怖い言葉を投げかけられても、離れた所で笑われていたって、叩かれたって構わないわ。だからね、カーリ」


 夢の中に居るエラは、けれどそこから離れることが出来ない。

 作り物のヴェールはカーテンに過ぎず、それは窓際に繋がれている。

 佇むこちらへ踏み出せば夢は終わる。

 後に残るのは、何の力もない薄汚い小間使いの少年と、屋敷に居場所の無い妾腹の少女だけだ。


 花嫁と、花婿と、そんな夢を見続ける限り、繋がれているしかないのだと思い知る。


「ずっと一緒に居て。私を一人にしないで。私の全部を貴方にあげるから」


    ※   ※   ※


 寝起きは悪い方だ。

 特に果たせなかった約束を思い出す夢を見た時は。


「着いたぞーっ」


 戸口の向こうから、景気の良い声が放たれた。

 真っ先に駆けいったのは、船旅中誰よりも遅くまで寝ていた酒好きの大男。続けて先ほどから賭博の清算でゴネていた男が上着一枚だけを引っ掛けて走っていく。金を袋に詰め、大勝ちした側はややゆっくりと支度をして、去って行った。昨夜遅くまで騒いでいた子どもらを両脇に抱えた母親が戸口の前を抜けていくと、急に船内が静かになる。

 どうにか起き上がって、香油で髪を撫で付け、航海中は一度も着なかったシャツへ腕を通す。

 小さな手鏡を覗き込めば、金髪の青年が映り込んでいた。

 私だ。

 まだも眠たげな眼をどうにか叩き起こし、身嗜みを整えて荷物を背負った頃には、二等船室一帯はすっかり空になっていた。

 何故か置きっぱなしになっている片方だけの靴を横目に船室を出ると、強烈な日差しに目を焼かれた。


「おう。お前が最後だぞ、寝坊助め」


 航海中すっかり打ち解けた水夫の一人が派手に背中を叩いてくる。

 海の男というのは大雑把だ。軽くやったつもりなんだろうが、結構痛い。


「世話になったな」

「おう。また外洋を渡りたいなら、ウチの船を選びな。必ず届けてやるからよ」

「はは、その機会があったらな」


 空には海鳥が集まってきている。

 外洋を行き来する帆船にとって、それは幸運の兆しだ。

 きっと次の航海も上手くいくだろう。


 さて、と荷物を背負い直す。

 六年間の日々で擦り切れた革紐、その歪みが身体に馴染むのを感じながら渡し板へと足を掛ける。


 既に港では多くの人だかりが出来ていた。

 見慣れた一団が近くの食事処へ駆け込んでいくのが見える。

 海での食事は中々に酷いものだったからな。何はともあれ陸の食事を味わいたいのだろう。

 船の乗客以外にも姿がある。

 港の職員、漁師らしき男、それに小綺麗な小僧達はおそらく商会からの使いだ。

 昼過ぎには蚤の市が立つだろう。

 異国からの船となれば、些細な小物一つが金貨に化ける。

 この船の乗せてきた交易品なども、商会へ卸す以外の品は市へ流れ、直接民の前へ並ぶ。以前なら気の早い者が船の到着に合わせて座を構えていたものだが。


 見慣れた港の景色。

 かつては私も迎える側だった。


 誰かを呼ぶ声が聞こえると思えば、いつも甲板で恋人からの手紙を読み返していた男だ。覚えは無かったが、同郷だったらしい。

 とはいえ帆船での旅は誤差が大きい。

 時頃はおろか、数日、数ヵ月、漂流なんてすれば何年も。

 だから到着を迎えてくれる人が居るというのは、それだけ待ち望まれていたという証拠。

 居なかったとしても文句を言えるものではない。


 さてと階段状に連なる街並みを仰ぎ、丘の上にある一際大きな屋敷へ目を留める。


 かつて私が仕えていた、この港湾都市の支配者が住まう家だ。

 六年もの留学を経て、戻ったならば、改めてお仕えする話になっている。

 それなりな待遇をという話だが、正直に言えばどうでも良い。


 私にとって、重要なのは。


「カーリ……?」


 夜のとばりの向こうから囁く様な、微かで静かな声に振り返る。

 騒々しい港の音がどこかへ消えた。

 夢でも見ている様な気持ちに陥る。

 灰色の髪を持つ少女が私の前に立っていた。美しく染め抜かれた黒のドレス、所在なさげにも見える立ち姿はいつかの光景を見るみたいで。


 感嘆の息が落ちた。


「…………エラ、お嬢様、ですか?」

「はい。はい、そうです。カーリ」


 私の名を呼んで、ぎゅっと目尻が笑みを作る。

 垂れ目がちなそこには小さな泣き黒子がある。幼い頃はあまり意識もしなかったが、こうして成長してみるとどうして、不思議な魅力を感じてしまう。まるで満月に掛かった薄雲の様に、欠けているが故の儚さのような。


 見違えた。


 いや、以前からお美しい容姿をしていらっしゃったが、歳を重ねて一層淑女として完成されてきた印象がある。

 肌は灰色の髪に負けじと白く、胸元で握る手指は細く小さい。

 佇まいからも落ち着きが感じられ、黒という、ドレスにはやや厭われがちな暗い色が、彼女の品の良さを引き立てている。


「驚きました。どうしてこのような場所へ?」


 いやそれ以前に、かつての彼女は部屋へ押し込められ、外へ出るのすら禁じられていた。

 しかし改めて見れば納得も出来る。

 これだけの器量に育ったのだ、家での立場も良くなって然るべき。

 当時は十歳、今ならばもう十六か。

 もう結婚相手が居たとしてもおかしくはないご年齢。


 胸の内をチクリと刺された様な感覚を得ながらも、かつて振り切った想いが溢れてくる事はなかった。

 だというのに、じっと私を見詰める藤色の瞳には、確かな熱が籠もっていて。


「貴方を待っていたんです」

「それ、は……」


 危うい言葉に、ふと周囲へ視線を向ける。

 後ろを抜けていく乗客達はいい。私を知る者はにやにやと煽ってくるだけで、細かい事情など知らない。だが港の者は。

 この港湾都市は彼女の家、ファトゥム家が古くから領地とする場所だ。

 あぁほら、と見てみれば、こちらを指差し何かを噂する者が居て。


「…………ん?」


「失礼します」


 違和感を探っていると、お嬢様の後ろから歩み出てくる者が居た。

 居るのは気付いていたが、貴人の前とあって挨拶は遅らせていたのだが。


「久しぶりだな、メェヌ。お嬢様付きとは大出世じゃないか」

「――――ここは人目に付きますので、まずは移動を」


 こちらの言葉を完全に無視して、黒髪の少女がお嬢様を促す。

 言わんとする所は分かるが、流石に冷たくはないか? 昔はどこへ行くのにもお兄ちゃんお兄ちゃんと付いて回って来たくせに。


「ええと、そうね。そうしましょう。いいかしら、カーリ」

「はい、お嬢様が仰るなら」


 幾分寂しさを覚えながらも、かつての妹分が成長した様にうんうんと頷く。

 思えば向こうでも、年頃の娘の扱いが分からないと泣き付かれたものだ。

 などと眺めていたら、急に振り返ったメェヌがこちらを睨んでくる。


「汚らわしい目で見ないで下さい」

「なにをう!?」


 お前の様なちんちくりんに邪な感情など抱くものかっ。

 ようやく応じたと思えば憎まれ口とは、やはり年頃か。反抗期という奴だな。


「ふふっ、仲が良いのね」


 何か言い返してやろうとしたが、お嬢様の楽し気な言葉に毒気を抜かれ、息を落として従うことにした。

 潮の香りが背中を打つ。

 丘へ向けて歩いて行く時のこの感覚は、確かに子どもの頃感じた記憶があった。そう、お屋敷への近道となる、港から程近い階段を上がっていけば。


 と、


「いや待て待て待て。馬車はどこだ?」

「はあ? 随分と思い上がりましたね。そんなもので迎えて貰える身分だとでも?」

「私のことじゃない。お嬢様だ。どうしてお嬢様まで歩きで階段上ってるんだ?」


「え? ええと、坂道の方が良かったかしら?」

「いいえ、そういう話ではありません。そういう話ではないのですが、お嬢様が望むのでしたら幾らでもお供しますが」


「我儘ですねぇ。それじゃあ一人だけ港で待っていればいいんじゃないですか。一生馬車なんて来ませんけど」


 どういうことだ、と階段半ばで振り返る。

 根本に雑草の生えた柵に手をやり、見やった景色に先ほどの違和感がある。


 なんとも言えない、居心地の悪さだ。

 そう、今もこちらを見て、囁き合う者が居る。


「…………もしかして、こちらからの手紙は受け取っていませんか?」


「あ、はい。あちらでも住居を転々としていましたので。私からは一年ほど前に送ったのですが」


「そう、ですか」


 訝しむ私の前で、メェヌと、エラお嬢様が視線を合わせた。

 なぜか、気まずそうなお嬢様と、一層の敵意を増したメェヌ。

 無言のまま階段を上がり終えて、少し坂道をいけば、ファトゥム家の屋敷がある。古くは海からも陸からも侵略を阻む司令部として機能する為に作られた、少々物々しさのある建物だが。


 内部の様子が伺える鉄格子の扉は、後年になって付け替えられたものだと聞く。

 その前で、エラお嬢様が振り返る。

 やや俯いた姿勢のまま、灰色の髪で目元を隠し、小さく息を落とす。震えを生じさせる理由がその背に広がっていた。


「ファトゥム家は没落しました。家の者も、私以外は全員、王陛下の命令によって処刑されています。今はまだ総督の地位の引継ぎが終わっていないのでこの屋敷を使っていますが、それも終われば出ていかねばなりません」


 割れた窓硝子が見て取れた。

 伸びた夏草はそのまま、石畳の上に倒れ伏している。

 見れば鉄格子にも鎖が巻かれ、鍵が欠けられているではないか。

 かつて庭師が数人掛かりで整えていた庭が荒れ放題、あれほど磨いた石畳ですら、ひび割れて放置されているものがある。


 没落、という言葉の意味に遅れて、王に処刑されたという一族の方々を思い浮かべる。

 いや、


「それは、いつの話ですか」

「半年ほど前です。カーリ、貴方からの手紙を受け取ったのは、もうしばらく後になりますが、私はてっきり、こちらの事情を聞いて戻ってきてくれたのだと……」


 知らなかった。

 それどころでは無かった。


 意味のない言い訳は呑み込み、けれど確認すべきことをまず口にした。


「エラお嬢様に咎は及ばなかったのですね」

「はい。私もあまり詳しくは分からないのですが、そもそも処刑されたのは生き残った同行の家臣達が主で、一族の者は、その……」


 内心で安堵を浮かべる己を軽蔑しつつも、やはり、彼女が生きていてくれたことには感謝を覚えた。

 正直に言えば、エラお嬢様を虐げていた彼らに良い印象は無い。

 母の死に目にすら会わせて貰えなかった。

 留学の件では恩を感じてはいるが、あれはそもそも交換条件での――――。


「終わったことはいいです」


 お互いの間に流れた淀みを断ち切る様に、メェヌが前へ踏み出してくる。

 黒髪の少女は、猫を思わせる警戒心を抱いたまま、変わらず私を睨み付けてきた。


「お嬢様を置き去りにして向かった舞踏会で王殺しの謀反があった。家の人達は器用に立ち回ろうとして失敗して、勝った側から裏切り者の疑いを掛けられて、その法廷へ向かう途中で惨殺されました。ですけど、自業自得です。あんな人達、死んで当然ですから」


「メェヌ……」


 呟くエラお嬢様も、決して咎めてはいない。

 肉親だろう、父や母への情もあろう。けれどやはり、自分を人として扱ってこなかった者達へ何も思わない筈もない。

 お嬢様の為に敢えて言い切ったのだ。

 私が離れた時にはまだまだ小さかったメェヌが、約束通りに彼女を守ろうとしていることが分かって、心底誇らしく思う。


 まあ、死んで当然、は言い過ぎであろうが。


「家が荒れてる理由を聞けばもっと驚きますよ。、別に盗みに入られたんじゃないんです。全て残っていた使用人達が我が身可愛さで荒らしていった結果です。金目のものは何も残ってない。馬も馬車さえも、俸給代わりと言い張って持っていきました。お嬢様の目の前で」


「分かった。よく分かった。お前が一人残って、ここまでお嬢様を支えてくれたこともな」


「っ、偉そうに言わないで下さい」


 持ち逃げをした使用人達に対するものと同じ、あるいはそれ以上の軽蔑を以って、メェヌは私を睨んで来た。

 彼女の考えていることについて、予想できる面もあったが、まずは。


「お嬢様。総督の地位を引き継ぐ、というお話でしたが、それが終わった後の身の振り方などについては話があるのですか?」


 謀反へ加担、あるいは土壇場で裏切ろうとした。本来なら連座で処刑されていてもおかしくはない話だ。その場に居なかった、主導権など無かった、なんて何の意味も持たない。

 考えられる理由としては、それなりに大きな家だから、一方的に取り壊して恨みを集めるより、自ら差し出させて没落の咎をお嬢様へ集めようという魂胆か。


 少々弱い気もするが、謀反以前の状況すら分からない私ではこれが限界。

 今するべきは過去の詮索よりも、未来だ。


「その件については、王陛下より通達を受けています」

「王自ら?」


 腰元で手を結び、口元を強張らせるエラお嬢様に聞き返す。

 先を促したつもりだが、彼女はそれを語らなかった。


「意味のない命令です。最初から果たさせるつもりのないもの。ですから、貴方は気にせず自分の人生を歩んで下さい」


 そよ風が吹いて、お嬢様は咄嗟に前髪を抑える。

 潮の香りもどこか遠く、潮騒は白々しく間を埋める。


 両手を合わせ、いいことを思いついたとばかりに口元を笑わせる彼女の声が、それに続いた。


「そうだ。紹介状を書きましょう。没落したとはいえ、ファトゥム家は長くこの港湾都市や周辺都市を領地としてきました。異国の先進的な学問を修めてきた当家の元使用人ともなれば、きっと良い働き口が見付かりますよ。えぇ、ようやく私に出来る仕事が見付かりました。メェヌ、執務室にインクと紙は残っていたかしら? 無ければどうにか用立てて欲しいの」


「エラお嬢様」


 嘘の明るさは昔からあったものだ。

 異母の姉や妹に暴力を振るわれても、父や母から見向きもされなくても、明るく振舞うことで受け入れてもらおうとしてきた。


 そんな貴女が部屋に戻った後、相手をしてきたのは私で、私が居なくなってからはきっと、メェヌが。


「……駄目よ」

「待っていて下さったのでしょう?」


 再会した時に聞いた言葉ははっきり覚えている。

 一々言及したり、探るのを控えているだけだ。

 昔から一度だって、君の言葉を軽んじたことはない。


 なのに君はまだ誤魔化せると思っている。

 それが少し腹立たしい。


「本当はね? 行くだけ行って、後は適当に過ごそうと思ってるの。来ても退屈なだけよ。頑張って……きたんだもの。頑張ったなら、報われないと駄目だわ」

「だからこそ、戻って来たんです」

「でもごめんなさい、仕えるべき家が無くなっちゃって……困るわよねっ。だけど、出来る限り……そうだ、王陛下にもお願いしてみようかしら。王宮に仕えるなんて、私じゃ想像も出来ないけど」


「私は貴女を助け出したくて、この国へ戻って来たんですよ」


 一際強い風が吹いた。

 外洋から吹く、強い風だ。


 抑えて、隠していた表情は、私をここまで連れてきてくれた風が教えてくれた。


 僅かに朱色の刺した、泣き虫の顔だ。

 あの頃と変わらない、強がりの得意な女の子。


「ですから、そのようなことを言わないで下さい。貴女が何もしたくないというのなら、全力でそう出来るよう取り計らいます。貴方が仇を討てと言うのなら、全力でそれに取り掛かります。私は今も昔も変わりません。エラお嬢様、貴女だけの味方です」


 ずっと幼い頃に、恋をした。

 無理をして明るく振舞い、冷たく扱われて、あんな人達と言いながらも傷付くのを止められなかった女の子の涙を、どうしても止めたかった。

 なのに私は無力な小僧でしかなくて、このままでは駄目だと、安住する場所から飛び出した。

 自分勝手なことをしたとも思っている。

 けれど、今こうしてここに居る。


「仰ってください。貴女が抱えているもの、それを私にも背負わせて欲しい。こう言ってはなんですが、留学中に色々と経験しましたから、大抵の無理難題には慣れていますよ? 一晩で十万本の矢を作れとか、吹く筈の無い風を吹かせろだとか、意味の分からないことを要求してくる友人が居たので」


「ふふっ、留学してきたのよね?」


 やっと笑ってくれた。


「毎日が学びの連続でしたよ。何、実戦に勝る勉強などあるまい、なんて言い出す奴でしたからね」

「確かにするのは大切ね。ただの引継ぎ処理だけでももう大変で、メェヌと一緒に何度も徹夜してしまったわ。ねえ?」


 振り返ってエラお嬢様が話を振ると、メェヌも少しだけ表情を崩して頷いた。

 そういえば、事務仕事が手伝える程度には文字を覚えたんだな。

 昔教えてやったときは、絶対無理だ、なんて嫌がっていたのに。


 頷き合う二人に微笑ましさを感じつつ、改めて私は膝を付いた。


 ここは門前、誓いを立てるには丁度良い。


「エラお嬢様。エラ=ファトゥム様。どうか改めての忠誠を捧げる許しをお与え下さい。なれば私は全力を以って貴女の手足となり、望む全てを叶えてみせましょう」


「……本当に、いいの?」

「それこそ私の望みです」


 まだ泣きそうな顔を浮かべている。

 その涙を直接拭い取ることは出来ないが。


「うん。なら、お願い。貴方が一緒に来てくれるなら本当に心強い。カーリ」

「はい」

「王陛下からの勅命を伝えます」


 深く頭を垂れ、言葉を待った。


「我が国の抱える死の荒野、世界の果て、その向こうにあるという約束の地へと繋がる道を作れ」


 それは。


「途方も無いでしょう? 世界の果てを越えていく道を作れなんて。今からでも止めてくれていいのよ」


「いいえ。不可能ではありません」


「……本当に?」


「えぇ。どうか、この私にお任せください。このカーリ=ロントが、貴女の先行きを照らしてみせましょう」







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