#42 大会前夜
文化祭が終わった夜。
食堂で夕食を食べて、それから部屋に戻ってシャワーを浴び。
ピンクの寝間着を着て、僕はコーヒーを飲んでいた。
「……眠れないんですか?」
問いかけに、頷く。
「眠りの魔法、かけてあげましょうか?」
「いや、いいよ」
「ふふ、冗談です」
言い合いながら、温かいコーヒーを一口すすり、ほうっと息を吐く。
そのときだった。
「スリープ」
突然、ベッドの上から話しかけてきていたアリアの声が聞こえなくなった。
……よく聞いてみると、寝息を立てている。
「大丈夫よ。眠らせただけだから」
僕は手を構えた。すぐに魔法を発動するためだ。しかし——侵入者は、ふふっと息を立てて告げた。
「安心して。私よ、私。——スミカだよ」
「どこも安心できないんだけど? なんでアリアを眠らせたの?」
尋ねると、侵入者は長い髪をなびかせつつ窓枠を「よっこらせ」と乗り越えて。
「君にだけ話しておきたいことがあったから。より正確に言うならば——君だけは、信用できると思ったからかな」
全く信用ならない様相で、窓際に置かれた机の上で控えめに手を広げた。
「……それは大層なことで。でも、どうして僕だけ?」
「誰が『刺客』か、わかんないからね。んー……まあ、君には話しておこうか。これはお忍びで王都に行ってたときのことなんだけどね——」
「いつの間に?」
僕の疑問には答えることはなく、彼女は話しだした。
——曰く、彼女には王都に親戚がいるらしい。
その親戚と手分けして様々な調査をしているという。これは、その親戚から聞いた話らしい。
「いま、世界は割と危機に瀕しているの」
「唐突ですね」
「結構しょっちゅう危機に瀕していてそのたびに冒険者や騎士たちが出張って解決するんだけどね」
「インパクト大きくないです?」
「でも、その中でも割と大きめの危機が、この学園都市に迫っているらしいのよ」
「……へぇ。話を聞かせてください」
「まずこの魔法学校には現在、『特異点』と呼ばれている異能的な魔力の存在が確認されてるんだけど」
「初耳ですね」
「その特異点は男性だって聞いたけど」
僕はコーヒーを吹いた。
「どうしたの? 少年」
「わかってて言ってますよね!?」
九割九分僕じゃないか。しかも、この女はそれをわかった上で僕にこの話をしている。
「はて、なんのことやら」
すっとぼけるスミカさん。僕は眉間にシワを寄せながら、「……続きをお願いします」と催促した。
「特異点は、この世界の『バグ』のような存在。本来あってはならない、いつ修正されるかもわからない不安定な存在。しかし——それ故に、悪用すれば世界すら
「なにを言いたいんですか?」
「要するに、君を手に入れて、都合よく使い捨てたい人がいるってこと」
ここまで説明されて、ようやく理解できたような気がする。
「つまり、僕は狙われてるってことです……?」
「ザッツライト。正解だよ少年」
彼女はそう言いながら、何処からか取り出したティーカップに紅茶を注いだ。
「君がいま使える力は、この『特異点』としての能力の、ほんの一部だ。……いつか、この力の強大さが少しでもわかる日が来るだろう。そして、君をつけ狙う刺客も増えてくるはずだ」
「…………」
シリアスな空気感をまとって話す彼女は夜闇に照らされていて、美しさをはらんでいる。
「そこで頼みなんだが——君には、強く生きてほしい」
「……それだけですか」
「端的に言い過ぎたね。——きっと君には、近々大きな決断を迫られる時が来るだろう」
「…………」
「そのときは、選択肢を見誤らず、己が正しいと思う選択をしてほしい。——君には、その資格がある。その権利がある。——その、義務がある」
僕はじっと彼女を見つめ——その彼女は、破顔した。
「まずは明日の武闘大会。私は出られないけど、代わりに最高の対戦相手を用意しておいた。健闘を祈っているよ」
彼女は小さく手を振った。
「待って——」
その影は、一瞬で掻き消えていた。
目を丸くする僕に、ただ窓から入ってきた冷たい空気が、唇をつんざいた。
*
ほぼ同時刻。
「クソッ! クソ、クソ、クソッ!」
その部屋では、カロンが地団駄を踏んでいた。
「カロン。行儀が悪いよ」
「そうだよ。いつもよりガキっぽいぜ?」
「ハァ? 誰がガキですって?」
「やべえ、話聞かないモードになってやがる」
四人部屋。一人はもうすでに寝息を立てている。
カロンの視界は揺らいでいた。
「なんで……なんであんなのに負けたのよッ!」
「……私達も、十分健闘したと思いますが」
「違うのッ! ——本当なら、わたしたちが圧勝してるはずだったのに……ッ」
「…………」
同室の二人は、少しだけ見合って、互いに肩をすくめた。
「こうなったら、明日の武闘大会でぶっ殺してやる」
「大会規定に引っかかりますよ」
「いいッ! 奴らを駆逐できるなら……も、もう私はどうなったって……っ」
その口調には、怒りと、少しの躊躇いが含まれているようで。
「迷ってんじゃねえか」
指摘されると、カロンの視界は再び揺らいだ。
——なんで、あのコーヒーの甘さが口に残っているんだろう。
——なんで、あの笑みに絆されそうになっているんだろう。
「ま、迷ってなんか——」
そう言おうとしたときだった。
「お困りですか? お嬢様方」
部屋の中央に、仮面の少女がいた。
「下がって。……何用ですか」
グレンダはポケットの中から素早く取り出したナイフを構え、仮面の少女に向ける。しかし。
「……ええ。お困りよ。……明日の大会で……はは、どうしても、勝ちたいの」
カロンが少しどもりつつも口走った。
「いけません。奴は悪魔かも——」
「ええ。では、この仮面を渡しませう」
その手に持っていたのは、目を覆うような形の黒い仮面。
グレンダには、仮面の少女が薄笑いを浮かべたように見えた。
「使うも使わないも、貴女方次第です。……では」
「お待ちなさ——」
グレンダが追おうとするが早いか、しかしその仮面はすうと闇の中に消えていった。
「……どうしましょう。これ」
床に散らばった、四つの仮面。それをカロンは手にとって。
「……ふふ。これで……アイツラを、殺せる」
口角を釣り上げた。
不気味に笑う彼女に、グレンダたちルームメイトは、もう止めることさえできなかった。
こうして静かな夜は更けていく。
朝日が昇れば——武闘大会、二日目の開幕である。
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