第4話 バクエンカ


 時間を告げる鐘が鳴った。

 無駄に長い渡り廊下の窓からめちゃくちゃにでかい校舎を望む。

「何度見てもスケール感がおかしくなるねー……ソーヤちゃん?」

 マーキュリーが僕の目を覗き込んだ。

「わっ。なに?」

「ソーヤちゃんってば、昨晩は眠れなかったの? クリスちゃんも……クマがひどいよ?」

 そう告げられ、僕はそばに歩くクリスと顔を見合った。

 ……言われた通り、クマがすごくて。

「ぷっ」

 クリスは吹きだした。

「なんだよ! クリスだって――」

 そう言いかけて、僕はふっと口をつぐんだ。

 ……いま、口調が男のそれになってた! 危ない……。

 息を吐く僕に、後ろから柔らかい何かが押し付けられる。

「なんですか~?」

 振り向くと、にやけ顔のアリアがいた。

「……昨夜ゆうべはお楽しみでしたねっ」

「なんで知って……ってかそういうのじゃないわよバカ! 色ボケ!」

 叫びつつアリアに腕を挙げるクリス。「わ~」とポカポカ叩かれながら逃げ回るアリア。仲良くなったようでなにより。

 僕は教科書の入ったリュックを背負いなおして、制服のブレザーの襟を軽く直した。


 ここは魔法学校。魔法ジャンキーどもが魔法を極めるために通う――女子校だ。


 そして僕は、女装した男子だ。

 もちろんバレてはいけない。武器を持てないほど弱々しい男に人権は与えられないから――。


 というわけで、いつものブリーフとは違う女の子物の下着の柔らかい感触に内心バックバクしながら登校している現在である。

 あああああ……こんなの変態だよ……。

 でも、これは昨日みたいに下着がチラ見えして男だとバレるのを防止するための措置であって……僕の意志では……いや、大義があってのことだし!

 悶々とする僕。そんな僕の横から、マーキュリーが「ねぇねぇ、ソーヤちゃん」と話しかける。

「今日の授業、さっそく実技だって。うまくできるかなぁ」

「なにやるんだろうね。楽しみだよ」

 息をついてけだるけに答えると、横からクリスが顔を出す。

「きっとまあどうにかなるわよ。……私の魔法を軽々と防いだり破ったりしたあなたなら、ね」

 ちらりと彼女の顔を覗くと、貼り付けたような笑顔だった。その笑顔がとても恐ろしくって、僕はそっと目をそらした。


「というわけでっ! 総合魔法基礎! 第一回はみんなの実力を測っていきますよぉ!」

 校舎から出て、集められた運動場。その中心にいたのは、胸を張って腰に手を当てた――。

「幼女だ……」

 ――幼女だった。

「せんせぇをよーじょとはしっけーな! わたしは立派な――」

「五歳児っすか?」

「違うよぉっ!」

 見かけは人間の五歳児、高く見積もっても七歳とかそこらへん。一桁年齢を出ない幼い少女に見えるその姿は、この魔法学校がある学園都市のどこかにある子供向けの教育施設しょうがっこうの生徒にしか見えないだろう。一目見ただけで先生だとはとても思えない。

小人族ハーヴィンの混血だからって、からかわないでくださいよぅ……」

 しょぼんと落ち込んだ幼女先生。かわいい。

「と、それはまあいいんです。きょうの授業内容!」

 パンパンと手を叩く先生。僕は耳を傾け。

「――向こうに見える的を、ぶっ壊しちゃってください!」

 彼女が指さした方向には、広大な――広大すぎる運動場の地平線。

 ぎりぎり地平線から顔を出す、めちゃくちゃ小さく見える丸いもの。

「あ、見えない人はズーム――遠視の魔法を使ってくださいね~」

 冗談みたいに告げた彼女の言葉。同じ授業を受けるクラスメイトが「ンな高度な魔法まだ覚えてないわ!」と文句を言うなか、僕は無言で魔法を発動させる。

 きん、というわずかな耳鳴りとともに、ずっと向こうに見える的に意識を凝らすと。

「見えたわ。あれね」

 先にクリスが告げた。どうやら僕と同じく遠視の魔法を使ったらしい。

 僕もそれにこくりと頷く。そして手を構え――「待ってくださいね? 二人とも、実技はこれからで――」

 遠視魔法を使っている間は周りの様子が分からないので、推測するしかないのだが、どうやらクリスも考えていることは同じらしい。

『詠唱終わっちゃった』

 先生の声に、二つの声が重なった。詠唱が終わったということは、魔法の発動はもう止められない。光が矢の形をとり――。


『――閃光のやじりッ!』


 強い耳鳴りとともに放たれた二つの攻撃魔法は、一瞬の間をおいて、遥か彼方にあった木製の丸い的を大爆発させたのだった。


 遠視魔法を解くと、小さい女の子――先生は、呆れた目で僕らを見ていた。

「やるわね」

 クリスが僕を横目に、小さめの拳を出してくる。僕はそれに。

「ありがと。……クリスも」

 一言で答え、小振りな拳をこつんと当てる。

「……とりあえず、的は何度でも出てくリポップするので、気にせずやっちゃってくださいね」

「できるか!」

 先生の声に、クラスメイトの総ツッコミが入った。


 にゅぽんと地面から生えてきた木製の的。どんな魔法を使えばあんなのができるのだろうか。ともかく。

 こうして、実力テストは始まった。


「すー、はー。……えーと、熱の精霊さん、おねがいっ」

 マーキュリーの放った精霊魔法。大きめの杖を振りかざして発動したそれは――果たして、的の根元に霜柱が生える程度。

「精霊の扱いは見事よ。でも、その『物の温度を奪う魔法』は残念ながら木にはあんまり効果がありません」

「そんなぁ……」

 涙目になったマーキュリーを、先生が一生懸命背伸びして撫でて慰めようとしていた。かわいい。


「……えい」

 人差し指を立てて、それを振り下ろす仕草をするアリア。ぼんっという音。

 的は消えていて。

「あら、花束ですか」

 アリアの手には何故か花束。

「ふふっ、プレゼントフォーユー」

 冗談めかして告げたアリア。しかし、花束から何かが落ちた。

 落ちたものは――アリア本人の水着写真。

「……いりませんよ?」

 微笑んで告げる先生。きゃーきゃーと黄色い悲鳴に包まれる運動場。

 当のアリアはというと――顔を真っ赤にしてプルプル震えていたのだった。


 三十人程度がいる同学年の生徒のうち、マーキュリーのように的にある程度干渉できたのはおよそ半分程度。後は魔法が不発だったり、発動しても届かなかったり。

 まして、的をぶっ壊したのは最後に回された僕らをのぞいて一人もいなかった。……アリアは的を「消した」のでノーカンで。


「――閃光のやじりッ!」

 さっきの魔法をぶっ放して軽々と的を破壊するクリス。

 周りから上がる歓声に、彼女は「ふんっ」とすまして見せる。

「当然よ。――努力は裏切らないもの」

 そして、一番最後が僕で。

 的を壊すだけならさっきの魔法でいいけど……外したらいやだな。命中率は高いけど、それでも必中ではないからね。必中で、あと……クリスに負けたくないし。

 そんなふうに軽く思考を巡らして、使う魔法を決めて。

 詠唱を始めた。


「――業の炎よごうごうと、渦巻き逆巻き燃え上がれ」

 遠く離れた的から、巨大な魔法陣が出現した。

「えっ、ちょ」

「――燃え爆ぜ、張り裂け、空を割き、後に残るは焼けた土くれ」

 幾重にも重なり現出する魔法陣は、もはや遠視の魔法を使わずとも容易く視認できる。

 戸惑う声は誰のものか。先生か生徒か、知る由もない。

「――焦がせ。揺るがせ。すべてを無に帰せ」

 緊張感に包まれる。「ちょっと、逃げてください! 危険! 飛ばされる!」と先生が喚きたて。

 風が吹き荒れた。

「クリスさん!? 逃げて! 逃げないと大変な目に――きゃっ」

 ひときわ強い風。先生の悲鳴。――一瞬横目に見えた、目を見開いたクリスの顔。

 強い耳鳴り。頭痛。歯を食いしばり、頭を押さえ。しかし、もう止められない。

 息を吸い――「爆ぜよっ!」叫んだ。腕を前に振って。


爆焔華バクエンカ――――――!」

 閃光が瞬いた。幾重にも展開された魔法陣は瞬間、極小の光の粒へと圧縮され――――


 どん、と太鼓を鳴らすような音が聞こえた。

 その一秒後、激しい衝撃が僕を襲った。


 しまった、やりすぎた。――後悔先に立たず。

 耳を壊すほどの轟音。想像を熱する熱と圧に、僕はなすすべなく弾き飛ばされる。

 滞空。もんどりを打って背中から地面に落ちるまでに見えた景色は――想像を絶するほどに美しい爆炎。――焔の華。

 本で見て試しにやってみたけど、うまく行き過ぎた。……どうしよ、これ。

「ああああぁぁぁぁぁ――――――っだッ、ぁッ、ガっ――――――――」

 自分の悲鳴。ボールのようにぽんぽんと跳ねた自分の身体。どうにか衝撃は軽減したが。

 どうやらここまでだったらしい。


 ――――――。

 ――――。

 ――。


 薄く目を開ける。

「ん……んぅ……」

 飛び込んだ照明の光に目をしばたかせ。

「ようやく起きたのね。……ばか」

 隣から聞こえたささやくような声に視線を向ける。

 鼻と鼻が触れあう距離。少女と目が合う。

「くり、す……?」

「せいかい。……魔力を分け与えるためなんだから。かんちがい、しないで……」

 甘い吐息。不思議なほどの温かさと、重なり合う二つの心音。

 裸ではない。けれど、制服越しに感じる彼女のぬくもりは本物で――。

「……ばか」

「~~~~!」

 僕はたちまち顔を真っ赤にした。


 ここは保健室らしく、白いベッドを囲うように間仕切りのカーテンが張ってある。

 薄暗いベッドサイドに腰掛けた僕。空間魔法にしまってあったカップに魔法で出したお湯を入れてすする。

「本当に息をするようにすごい魔法を使うわね、あんた」

「そうかなぁ……」

 呆れたようなクリスの声。そういう彼女は僕と背中合わせで、反対側のベッドサイドに座っている。

「やろうと思えば紅茶も淹れられるけど……いる?」

「いらない。……負けたような気分になるから」

 つっけんどんとした態度に、僕はうつむいてため息を吐く。


 沈黙が支配する室内。

「あの」

 気まずい雰囲気に耐えかねて口を開いた僕に、「なによ」とクリスの声。

「ありがと」

「あんたの無双劇の前座になってやったこと?」

「違う」

「なら何? あんた様の友達ごっこに付き合ってやったことかしら?」

「だから――」

「天才サマはいいわよね。……私みたいに、血のにじむような努力なんかしなくても、人様に簡単に認められて」

「――さっきからなにを」

「とぼけないでよ」

 叫ぶクリス。僕は何を言われているのかわからなくて、口をつぐみ。


「どうせ私たちを見下しているくせに」


 吐き捨てられた言葉に、僕は何も言えなくなる。

 何を言っても、言い訳にしかならないと悟って。


 再び沈黙が包み込む中。

 突如、カーテンが勢いよく開いた。


「無事に目覚めたようだな、爆破女」

 カーテンを開けた張本人が、高笑いしながら僕を見下す。

 燃えるような真っ赤な髪をポニーテールに結んだ彼女は、その豊満な体と真紅の瞳をこちらに向けて、不敵に笑った。


「ちょっとツラぁ貸しな。


 ――喧嘩、しようや」

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