第16話

「私は平和主義者なので、コトは穏便に済ませたいんですよ。質問には正直に答えてもらえるとありがたいです。あ、ちゃんと答えてもらえたら、オバさんの命だけは考えてあげてもいいですよ」



 そう冷たい微笑みを浮かべながらユダさんの後ろに回り込むルシアちゃん。


 左腕をうまく使ってユダさんの動きを封じ、右手に持ったナイフの刀身をを首根っこに沿わせながら脅迫を続けている。


 まるで暗殺者のような手慣れた行動。


 とても平和主義者のソレでないことだけは明白だ。


 って、今は冷静に心の中で解説を入れている場合ではないか。


 ユダさんのことは別に好きでもないんだけど、オトナとして、この状況を黙って見過ごすワケにはいかないな。


 とりあえず、ルシアちゃんのナイフには一旦ご退場いただかないと。


 さすがのユダさんでも、アレが喉に刺さったらんじゃうだろうし。



「……わかった。正直に答えよう。なんでも聞くがいい。私も命は惜しいのでな」


「物分かりのいいオバさんは好きですよ、私。それじゃあ、ひとつ目の質問」



 ルシアちゃんが尋問を開始しようとした時、何故か少しだけこちらをチラ見したので、一瞬視線が重なった。


 ん? なんかモノ言いたげだったな。


 なんだ?



「あの阿尻ダイシとかいうおじさん、いったい何者なんですか?」



 はい?


 いや、ルシアちゃん。


 そんなしょーもない質問が最初の質問なの?


 俺の事なんかより先に聞かなきゃいけないこと、いっぱいあるでしょ。


 ダンマスのこととか、ダ女神幼女様のこととか、ロリ神BBAのこととか……。


 まずはソレでしょ。



「……ふっ。いきなり話の核心を突いてくるとは、さすが国際本部のエリートさん。物事の本質をよくわかっているじゃないか」



 いや、なんでやねん。


 なんで俺の話題が話の核心なんだよ。


 おかしいだろ、それ。


 しかもなに「敵ながらアッパレ」みたいな顔してるんですか、ユダさん。


 そんな些末なことは後回しにしろよ。



「嘘だらけの報告書と配信偽装でうまくごまかしてたみたいですけど、さすがに阿尻さんの配信は巷で噂になっていましたからね。国際本部もバカじゃありません。真実を知るために独自でちゃんと調査しました」



 なんてダメな支部長なんだよ、ユダさん。


 その役職って、サラリーマン的にはエリアマネージャーみたいなものなんでしょ?


 社畜たるもの、本社にウソをついても絶対にバレる。


 と、過去の俺が言っている。



「ふむ。阿尻ダイシの知名度は、すでにワールドワイドだったということなのだな。確かにそこまですでに情報が拡散していたとするならば、偽装にはそもそも限界があったようだ」



 そういう問題でもない気がするけど。


 っていうか、ユダさん。


 首元にナイフを這わせられている割には、余裕の態度と発言だな。


 なにか、この難局を打開する画期的な作戦でもあるのかな?



「国際本部を舐めすぎですよ、オバさん。ただ、一般の配信記録とネットの情報だけじゃ真実性に疑問がありましてね。それで私に白羽の矢が立って、予言を使ってわざわざ阿尻さんに引っ付いて、ここまで足を運んだいうワケです……って私、なに余計なコト、ペラペラ話しているのでしょうか……」



 うん。それ俺も思った。


 別に国際本部の思惑とか経緯とか、そんなことイチイチ説明しなくてもいいよね?


 質問する側はそっちで、俺の真実を聞きたかったんじゃなかったの?



「ふむ。それで、国際本部は阿尻ダイシのことについて、どこまで調べがついているんだ? ああ、その前に……」


 

 いつの間にやら拘束されていたはずの右腕を上げ、脅しのナイフをツンツンしだすユダさん。

 


「いい加減、この首元のナイフを下げてもらえないか? 小娘」


「……えっと、あっ! ご、ごめんなさい!」



 なんの躊躇もなくナイフを下ろし、謝罪の言葉を口にするルシアちゃん。



 いやいやいやいや、ちょっと待って。


 ルシアちゃん、なんでナイフ下げちゃうの?


 なんかちょっとずつ行動がおかしくなってる気がするんだけど、どうしたのよ?



「オバ……じゃなかった、おねぇさま。私たちの調べだと、阿尻さんはなんらかの方法でダンジョンマスターと同等の力を分け与えられているのではないか、という仮説が有力です」



 しかもBBA呼びがおねぇさま呼びに格上げされてるし。


 もう、なにがなにやら……


 

 ガコッ!



 うお! なんか天井の業務用エアコンが急に横にズレて、誰か出てきたぞ!



「……よいしょっと」


「効果速度が遅ぎるぞ、レイ」


「申し訳ございません、ユダ様。散布量を微調整するのが難しくてですね……」



 天井から颯爽と飛び降り、ユダさんの前に降り立つ長身イケメン。


 エアコンの裏にずっと潜んでいたからなのか、黒の紳士用燕尾服がヨレヨレになっていて、至る所に埃を被っている。


 この男だれよ?


 てかそんな事より、今なんて言った?


 散布量などと言う不穏なワードが気になり過ぎて禿げそう。



「薬を撒くだけのことで、手こずり過ぎだ。ただの準備不足。マイナス2ポイント」


「いやいや。それは流石に厳しすぎるのでは……」


「うるさい。私の決定は絶対だ」


「そんなぁ……」



 どうやらレイという男はユダさんの部下らしい。


 いやいや、そんな事より薬ってなんぞ?


 ナニ撒いたのよ? この部屋に。


 なんかルシアちゃんも目の焦点が合ってなくてぼーっとなってるし……。


 俺は今のところ特に身体の異変はないけども、なんかヘンな気体を吸っちゃってるのは間違いなさそうよなぁ。



「案ずるな、阿尻ダイシ。レイの撒いた幻覚剤は、小娘にしか効かないよう、しっかり調整が為されている」


「そうなんですよ、阿尻ダイシ様。いま撒いていた幻覚剤はにしか効果がないモノなんです! だから、ダイシ様もユダ様もまったく問題なく……」


「レイ」


「いや、若い、女性……」


「マイナス1000ポイント」


「……」



 状況がまだイマイチ理解できていない俺は、ルシアちゃん同様、この夫婦漫才をただボケっと見続けるしかなかった。


 いや。でもまぁ。


 ひとまずユダさんの身の安全は確保されたので、ホッとしとけばいいのか。


 今度は逆に、ルシアちゃんがピンチになっていてなんとも言えない気分ではあるが。



「ここに来るとわかっていて、何の備えもなくただ招き入れたワケがないだろう。このバカ女が。さっきの舐めるなというセリフ、そっくりそのまま返してやろう」



 ほんわかしているルシアちゃんの頬にやさしく手を添え、吐き捨てるようにそう言い放つユダさん。


 その表情は、まさしく不敵そのものだった。

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