第7話 テトラアの森のアクトゥルフに育てられた灰色

 太陽が昇る方角を東とするなら。


 群れが暮らしていた森は南に、東西を山脈に挟まれ、中央を大きく蛇行する川に沿って集落が転々とある。東の山脈から流れ込む支流が削った高台に城と城下町がある。


 限られた土地の多くで、豆と芋と黒っぽい実をつける穀物を作っている。身体が大きく、白っぽい毛に、長い首と眠たげな目をした獣の言葉が通じない家畜がいることも母から聞いていた。


 決して狙ってはいけない獲物として。


 ヒトと争えば森が荒れる。


 何冊かあった手帳を丹念に調べた結果見つけた折りたたまれた地図。文字こそ読めなかったが、森から遠目に見てきた地形を具体的にイメージしやすくしてくれた。とりあえず海のない孤立した土地。南から森を切り拓いて攻められるとしても守りやすいとは言えるかも知れない。


 ここが終わりの国なのかどうなのか?


 よくよく考えると人里から離れた森の近くとは言え、自国内で手帳や装備を残して消える軍隊はどうなのだろうと思わなくもない。ただ、外から攻めてきた、という戦いではなかったようではある。内戦だったのだろうか。


 そんなことを考えながらオレは城へ向かう。


 フードのあるマントを被り、ぶかぶかのブーツを強引に紐で脚に縛って履き、ズボンは爪で裂いて丈を合わせ、シャツはかなりの腕まくり。まあ、怪しい。夜を選んでヒトとすれ違わないように進んだのも失敗だったかも知れない。


「怪しいヤツ! 止まれ!」


 当然、止められた。


 槍を持った二人が正面でクロスさせ道を塞ぎ、剣を抜いた二名が左右の背後に陣取った。さらに櫓からは弓を構えている様子も見える。十人ぐらいの人員が配置されてる。


 炎の灯りがオレを照らす。


 城のある高台が見えてきたぐらいにあった関所のような施設だ。畑のまんなかにぽつんとあったので迂回することもできそうだったが、結局のところ潜入しては怪しいヤツそのものである。


 敵対の意思はないのだ。


「顔を見せろ!」


 言葉はちゃんと理解できる。


「……」


 オレはフードを取った。


灰色グレーだ」


 だれかが驚いた様子だった。


 聞こえている言語は耳に覚えがない響きだが、オレが理解できる言葉に置き換えられているようだ。これはおそらく魔法だろう。前世での翻訳ソフトが脳内に埋め込まれてるとかでも、こう自然には聞こえないはずだ。


「生き残りだと……」


 どうやら灰色の肌のヒトは滅びているのか。


「敵ではないです」


 オレは言葉を喋ってみた。


「これを、拾ったので届けに来ました」


 懐に入れていた手帳と時計を地面に置く。


 両手を挙げる仕草が無抵抗を示してくれると信じたいが、文化が異なれば通じないかも知れない。ともかく武器の類は持っていない。爪はハッキリ言って鋭利なので危険性はあるが。


「捕らえろ!」


 言葉が通じたのかわからない。


 そのままオレは捕縛された。


 首と両手首に木の枷をはめられ、両脚は膝を曲げた状態にされて縄でぐるぐるに縛られた。目隠しまでされる。二人がかりで抱え上げられそのまま運ばれる。いくつか質問をしてみたが答えは返ってこない。


 抵抗する気は最初からなかったが乱暴だ。


 どこに連れて行かれるのだろう。


「陛下、ご報告の灰色です」


「!?」


 いや、陛下はおかしいだろ。


 いきなり王様と面会?


「灰色、何十年ぶりか。目隠しを取ってやれ」


 老人の声だった。


「……」


 まばゆい灯り、高い天井、真っ赤な絨毯。


 装飾に彩られた玉座には髭と冠の大男。


 王様だろう。


 白い肌には深い皺が刻まれている。胸元まである大きな白い髭、前世的にはサンタクロースを思わせる姿だが、禿げた頭の半分に、焼かれたような傷跡があり、険しい視線は殺気に満ちている。どうやら灰色にはいい印象がないようだ。


「名を名乗れ」


 重々しく告げられた。


「名は、ありません」


 オレは正直に答える。


「ふむ」


 王様は髭を握るように撫でた。


 言葉は通じてる?


「やはり、テトラアの森のアクトゥルフに育てられた灰色なのか、なんとも奇妙なことだ。目撃情報はいくつもあったが、しかし」


「森を切り拓いてヒトが攻めてきます」


 オレは言った。


 アクトゥルフがカノジョたちかはわからないが文脈的にそう理解すべきだろう。王様の前に引っ張り出される理由はわからないが、これは好機かもしれない。有益な情報を出せれば。


「群れは山脈を越えて逃げ……」


「聞かれてもいないことを勝手に喋るな!」


 背後に控えていた兵士が頭を床に押さえつけてくる。とりあえず言葉にはなってるみたいだ。やっぱり魔法だなこれは。


「よい、聞かせろ」


 そして食いついてくれた。


 これで話を聞いてくれるならなんとか。


「デカチンじゃない!」


 だが、広間に甲高い声が響いた。


「お爺様! デカチンを捕まえたのね! わらわの言った通りだったでしょう!?」


「これ、姫、勝手に入って」


「話は聞いていましたわ! 南の蛇の国が攻めてくるのでしょう! 斥候の得た情報とも一致するではありませんか! お爺様!」


 床に押さえつけられた顔の前にカツンと踵の高い靴が来る。見上げられないがその細くて白い足首までは視界に入った。


「お約束通り、わらわがデカチンは貰います」


「……え!?」


 なにがどうなってるんだ?

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