第5話 強さには魔が宿る
母を埋めた地には湖がある。
ある種、美しい湖だ。
まるでなにもないかのように透明な水面はひとつの揺らぎもなく湖底まで見通せる。魚も、虫もない。どこの川とも繋がっておらず、湖の周辺には草の一本も生えていない。遠くから見れば、黒い土にぽっかりと凹みがある。奇妙な場所だ。
要するに飲める水ではない。
前世の知識で言うならば生物の生存に適さない性質の水で、その周囲の土壌も汚染されている、というところだが、この世界では自然に存在するもののようである。
強い獣は死後、こうした場所に埋められる。
墓、ではない。
群れで言い伝えられていたことによれば、強さには魔が宿る。屍肉が蘇り、魔獣となるのを防ぐためにそうするのだそうだ。だれも見たことはなかったが、つまりきちんと埋められてきたということでもあるだろう。
「魔……魔法の魔だよな」
オレはつぶやく。
転生してから考えないようにしていたことだ。魔なるものが、この世界には存在している。獣の目線で語られていることによれば、それは死と密接に関係し、忌避されていた。だからオレが魔法で殺されたことについては相談できなかった。
しかし、向き合わなければならない。
魔法で殺された人間は転生する。
あの女が言ったことだ。
そして事実オレは転生した。つまり、元カノたちも転生しているだろう。生まれ変わって一緒になろうなどと、訳の分からないことを言った犯人も転生するつもりのはず。
ここからは慎重に生き方を選ぶ必要がある。
まず、元カノたちの転生後には会うべきではないだろう。なんのために殺したのかわからないが、転生したのだとすれば、この世界で平穏に暮らして欲しい。そのためにはオレと関わるべきではない。
犯人がいずれオレのところに来るはずだ。
殺された相手と知り合うなんて普通にごめんだ。一緒になろう、の意味は一般的に言えばプロポーズになるんだろうが、目的がわからない。前世で殺人なんかせずに普通に出会っていれば、オレは受け入れてたんじゃないかと思う。
上手くいったかどうかは別として。
「運命がどうとか?」
99人も無関係な人間を殺せる殺人鬼の思考なんて考えても仕方がないのだが、しかし、こうなってしまって、犯人の思惑通りになるのは癪なので、ヒトの社会へ入るのならばオレの女性への接し方も考え直す必要はある訳だ。
マーキングの匂いを辿る。
嗅覚は特別良くなったという感じはないが、群れで暮らし、獣たちと対話することでことで匂いの種類を判別する技術は得たと思う。それでなくてもカノジョの匂いを間違わないが。
そこには大きな金属製の箱があった。
「おお」
開けて思わず涙が出てきた。
中に納められていたのは、泥まみれの服や靴、ヒトの道具の類。用途がわからないままとりあえずヒトのものを集めたという具合だった。母の母の時代にはこの辺りでヒトの戦争があったのだと聞いていたので、その名残だろう。オレの未来を考えて集めてくれていた事実に感謝しかない。
ありがたく使わせてもらおう。
とりあえず洗濯は必要だろうが。
「火薬箱だったのか?」
オレぐらいだと完全に中に入れてしまう箱に潜り込み、そこの方に残っていた火薬の臭いにまみれながら、サイズはともかく着られそうなものと、この世界のことがわかりそうなものを選び、明らかに着られない服は爪で裂いて荷物を運ぶための風呂敷になるように広げる。
針と糸があれば元カノに教わった裁縫が使える。
こちらのヒトの世界で生きるヒントを見つけなければ。
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