第52話 もう一つの救出




 あの日助けられなかった友達を、ようやく救助することができた。


「エヴァ、無事で良かった」

「……ラルダは相変わらずね」


 そう泣きながら笑うエヴァの笑みこそ、昔の笑顔と何一つ変わらないものだった。


 話を聞けば、エヴァはオブタリア公爵家の養子になったという。どうやら実子が病で亡くなり、その代わりとなったようだった。


 上質な教育と環境のもと育ったエヴァだったが、ほとんど監禁状態で苦しい日々だったという。


(……どうかこれからは、自由に生きてほしい)


 ひとまず保護されたエヴァは今後どうするか、ゆっくり決めることになるだろう。


「必ずまた会おう。オデッサもエヴァに会いたがってる」

「オデッサ……久しぶりに会いたいわ」


 約束を交わすと、ガーランド卿にエヴァを任せることにした。


 私は一足先にオブタリア公爵家から出ると、勢いよくアシュフォードに両肩を掴まれた。


「怪我は!!」

「な、ない」

「本当か!?」

「……本当だ」


 あまりの剣幕にたじろぎながら答えたものの、アシュフォードによる確認が始まった。


「……ラルダ、この手首はどうした」

「あぁ、これは縄を」

「かけられたのか。オブタリア公爵……やはり無傷で連行させたのは間違いだったか」


 アシュフォードが怒りの形相になったのは、手首がほんのりと赤くなっていたからだった。


 確か捕えられていた状況を作るために自分で縄を結んだのだが、どうやらすこしきつく結びすぎたようだ。


「ア、アシュフォード。これは自分でやったもので」

「そうさせたのはオブタリア公爵だろう。ラルダに非はない」

「これも作戦なんだ……」


 怒りの収まらないアシュフォードをどうにかなだめていると、ローレンさんが助け船を出してくれた。


「オブタリア公爵を連行した今、我々も急ぎ王城へ向かいましょう。ノワール大公殿下もお待ちかと。それと、騎士団に指示をください」   


 オブタリア公爵邸の外には、王国騎士団とヴォルティス侯爵家の騎士団がそれぞれ待機をしていた。


 どうやらサルヴァドールは既に連行された後で、王国騎士団の数は少なかった。


 その様子を確認すると、アシュフォードは小さく息を吐いた。


「……わかった。ラルダ、少し待っていてくれ」

「あぁ。お疲れ様」

「ラルダも」


 アシュフォードを騎士団の方へ見送ると、私はルゼフとスティーブの元へ駆け寄った。


「スティーブ、無事か?」

「おかげさまで。……というか、それは私の台詞だよラルダ君。一人で残るだなんて無茶を」

「すまない」

「……君が実力者だということはよくわかっている。よかったよ、何事もなくて」


 軽く微笑むスティーブだが、ルゼフが横槍を入れた。


「随分落ち着きましたね。飛び降りた直後は中にまだラルダ君がって叫んでたのに」

「ルゼフ君、余計なことを言わなくていいんだよ」

「あぁ……なんなら飛び降りる時、うわぁぁって情けない声が聞こえた気が」

「君は耳が良すぎないか!?」


 私を人質にするという作戦を知らないスティーブからすれば、一連の流れは困惑そのものだっただろう。負担をかけたことに申し訳なさを覚えながらも、元気そうな様子に安堵する。


「あとスティーブさん。スティーブさんこそ無茶し過ぎです。何で一人で戦おうとしたんですか」

「あまりこんなことは言いたくないが、君達は貴族じゃない。下手に巻き込めば不利になってしまうのは明らかだった」

「だとしてもですよ。仲間なんだから、頼ってください」


 ルゼフの言葉に胸がじんわりと熱くなる。それはスティーブも同じで、どこか面食らった様子で下を向いてしまった。


「……そうだ。確かに仲間だ」


 そう呟くと、ふっと笑って顔を上げた。


「ありがとうルゼフ君、ラルダ君。助けに来てくれて」

「当たり前のことですよ」

「当然だ」


 ルゼフと二人でスティーブに返せば、スティーブの笑みは深まるのだった。


「それにスティーブさん。もう平民なのは俺だけなので」

「そうだ。一体何なんだ、その話は」

「あぁ。スティーブ、どうやら私は貴族の血が流れてるようでな」

「……なんだって?」


 初めて聞く話に、スティーブはこちらを見つめて固まった。


「それもただの貴族じゃないですよ。帝国の皇家ですから」

「何でルゼフが自慢そうにしてるんだ」

「そりゃ、自慢したくなるでしょ」


 ふふんと得意気な顔でスティーブに伝えるルゼフだったが、スティーブは片手を前に出した。


「待ちたまえ。話が見えてこない。ラルダ君が貴族? それに皇家? 頼むから順を追って話してくれ」


 制するように注文を受けると、ルゼフはまた得意気に一から説明をするのだった。


「……世の中には不思議なことがあるものだね」


 話を聞き追えたスティーブはまだ理解しきれていなかったものの、ようやく一言絞り出したのだった。


 説明が終わると、指示を終えたアシュフォードが戻ってきた。


「ラルダ、これから王城へ急ぐ。ノワール大公殿下もきっと心配されているからな」

「あぁ、わかった」


 すぐに頷くと、そのまま馬車へ急いだ。


 最後に振り返ると、オブタリア公爵邸を見つめる。


 小さく笑うと、もう一度馬車へ走るのだった。

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