第51話 彼の終着点



 殺すことだけが、敵討ちじゃない。

 陥れることだって、十分意味があるんだ。


 そう理解できたから、この作戦をとることができた。


(私の復讐は、これで終わる)


 心の中で息を吐くと、ゆっくりガーランド卿の方を見ながら頷いた。


「はい、怪我はありません」

「ガーランド卿、何の真似だ」


 私の反応に被るように、サルヴァドールは怒りに滲んだ声を漏らした。それに答えるように、ガーランド卿はサルヴァドールの方を振り向いた。


「サルヴァドール・オブタリア公爵。帝国の公女を誘拐した罪で貴方を捕らえます」

「なんだと?」

「国と国の関係を悪化させるとも言えるこの行動は、到底許されるものではありません。貴方には国家反逆罪の容疑もかかっていますので、同行拒否は認められません」


 わなわなと震え始めるサルヴァドールを、私は冷ややかに見下ろしていた。


「どこに帝国の公女がいる? ガーランド卿。こじつけはやめてくれ」

「わからないとは言わせませんよ。貴方が帝国の大公殿下に会い、殿下より捜索の願いをされていたとご本人様が証言されています。しかし貴方はそれを逆手にとって、公女様を誘拐された」


 ガーランド卿の丁寧な説明にも、意味がわからないと言う表情をするサルヴァドール。しかし、叔父様の存在が出たことから余裕はなくなっていた。


「現に公女様を縄にかけ、捕えている。これ程までに弁明が効かない状況はありませんね」

「ガーランド卿……まさか、その女が……ロザクが公女とでも言うのか?」

「ご存じでしょう。何を今さらーー」

「馬鹿なことを!」


 ガーランド卿の言葉を遮りながら、声をあらげる。

 

「この娘はただの暗殺者だぞ。それが公女? しかも帝国の大公殿下の娘だと? 冗談で捕えられる程、私の地位は落ちぶれていない」


 断言するサルヴァドールに、私はゆっくりと近付いた。


「理解しないのは構わないが、事実は一つだ。私はエスメラルダ・ノワール。オレリアン大公殿下の娘だ」


 姪だという詳細を、目の前の敵に話してやる義理はない。


「戯言を。ガーランド卿、この小娘こそ不敬かつ虚偽の罪で捕えるべきだ」

「生憎ですがオブタリア公爵、エスメラルダ様が公女であることは帝国の皇帝が認めている事実です。抗議は意味をなしません」

「貴様……」


 自分につかないガーランド卿に怒りを示しながらも、サルヴァドールの理性はまだ残っているようだった。


「愚かだな。仮にこの女が公女だとしても、その地位はすぐに剥奪される。何せ暗殺者だぞ? 帝国貴族が暗殺者を公女と認めるはずがない」


 カッと目を開いて、嘲笑うように主張するサルヴァドール。その煽りに乗ることなく、ふっと笑みをこぼした。


「問題がないのは貴方がよく知っているだろう。私は殺さない暗殺者。今まで一人足りたも殺したことはない」

「その証明はーー」

「可能だよ。何せ、全員もれなく生きてるからな」


 むしろ私が殺した人を見つけることこそ不可能だ。それをわかっているからこそ、サルヴァドールはぎりっと歯軋りをした。


「わからないなら教えよう、サルヴァドール・オブタリア。貴方は負けたんだ。王家派に」

「貴様っ……!」


 こちらに一歩踏み出したその瞬間、ガーランド卿によってサルヴァドールは取り押さえられた。


「放せっ、何をしているのかわかっているのか……!」


 床に押さえ付けられるサルヴァドールをただ見下ろしながら、私は小さく微笑むのだった。


「これで終わりだ」


 その呟きと共に、サルヴァドールは騎士達によって部屋の外へ連れ出された。


「触らないで! 私を誰だと思っているの!」

「俺は何もしていない!!」


 他の貴族派達も次々と捕獲され、連行されて行くのを眺めていた。


「ノワール様。今縄をほどきます」

「ありがとうございます」


 貴族派のいなくなった部屋を見渡しながら、ガーランド卿にお礼を告げる。


「ガーランド卿。一つ頼みたいことが」

「もちろんです」


 ガーランド卿に頼み事をすると、私は騎士と共に部屋で待機することにした。自分で動きたい気持ちもあったものの、公女という立場である以上、勝手な動きは騎士達の仕事を増やすことになる。


 そう理解していたので、椅子に座って待つのだった。 


 窓を突き破って外に飛び出た仲間を思い出す。


(銃声を合図にアシュフォード達は外に飛び出る。そうすれば、音を聞いた騎士団が救助に来る)


 この作戦は、叔父様の提案が無ければ成り立たないものだった。


(……貴重なものが見れたな)


 信頼できる横顔のアシュフォード、場馴れしているローレンさん、歯を食い縛るルゼフ、終始驚いた顔のスティーブ。


 もう二度と見ることがないであろう光景を、割れた窓に重ねて思い出していた。 


 しばらくすると、ガチャリという音と共にガーランド卿がドレスに包まれた女性を連れてやってきた。


 彼女の顔を見た瞬間、ガタリと勢いよく立ち上がる。


(……面影が、残ってる)


 泣きそうになる気持ちを押さえながら、女性に近付いた。


「……エヴァ」

「えぇ……貴女は、ラルダ?」

「あぁ……!!」


 不安そうに尋ねるエヴァに頷くと、私は駆け寄った。



▽▼▽▼


 更新を何度も止めてしまい大変申し訳ありません。本日より再開させていただきます。よろしくお願いいたします。

 

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