第49話 近付いてきた足音




「ラルダ」

「あぁ……」


 足音の数は二名。歩き方からして、貴族ではなさそうだ。


 アシュフォードと同じ看守姿の男が目に入る。


「ん? 何だ先に指示を受けたやつがいたのか?」

「俺は聞いてないぞ」


 二人組の看守は、どうやらスティーブに用があるようだった。


「まぁいい。ネルソン伯爵、立て。旦那様がお呼びだ」

「……おい待て。中にいるあいつは誰だ? 看守の格好もしていないーー」


 気付かれた。そう判断すると、弾き出されたかのように看守目掛けて飛び出す。一瞬で背後を取ると、思い切り首に打撃を与えた。


(もう一人……!)


 隣を見れば、既にアシュフォードがみぞおちに拳を入れた後だった。


(……さすがだな)


 看守をひとまず脇に片付けると、もう一度スティーブの元へ近付いた。


「素晴らしい手際だなラルダ君。……ところで彼は協力者か?」


 スティーブでさえ、髪色が隠された状態ではアシュフォードは認識できないようだった。


「初めまして、ネルソン伯爵。私はアシュフォード・ヴォルティスだ」

「!! あ、貴方が」


 大きく目を見開くスティーブは、しばらく動揺していた。


「スティーブ、話は後にしよう。今は脱出が先だから」

「あ、あぁ。頼むよ」


 はっと正気に戻ったスティーブは、アシュフォードと私に挟まれた状態で歩くことになった。これは取り敢えず、連行する形を取るためでもあった。


「スティーブ。牢から出たところ申し訳ないが、サルヴァドールの所に行きたい」

「オブタリア公爵の元に……?」

「スティーブは必ず屋敷から脱出させると約束した上で、案内してほしい」

「……何か理由があるようだね。わかった」

 

 多くは尋ねないスティーブに、むしろ不安を抱いてしまう。


「自分で聞いといてなんだが……いいのか?」

「あぁ。ラルダ君の頼みだ。聞かない理由がない」

「……ありがとう」


 信頼されているからこその選択だとわかると、嬉しさで胸が温かくなった。


 地下から本邸に戻ると、サルヴァドールのいるであろう部屋を目指した。スティーブを連行する形を取っていたからか、すれ違う使用人にも特段声をかけられることはなかった。


「あの先だ。突き当たり奥の部屋で、中は少し広い。私はあそこで尋問された。今回も同じ用件だろう」

「尋問……」


 内容はスティーブの頬が語っていた。


「安心してくれ。私は何も吐いていない」

「スティーブ……」

「ラルダの仲間はいいやつばかりだな」

 

 アシュフォードの評価に、反応したのはスティーブだった。


「待ってくれ。もしや、ルゼフ君も来ているのか?」

「あぁ。スティーブを助けるならと着いてきたんだ」


 そう答えれば、スティーブはどこかもどかしそうな顔になった。言いたいことは少しわかる。危険にさらしてしまったのを、悔やんでいるのだろう。

 

「ラルダ、準備はいいか?」

「……あぁ」


 叔父様から提案された作戦を実行するため、サルヴァドールが待つ部屋に足を踏み入れた。


「「「!!」」」


 そこには、サルヴァドールから銃を向けられたルゼフとローレンがいた。



◆◆◆


〈ルゼフ視点〉


 ラルダさんを見送ると、ローレンさんと屋敷内の捜索を始めた。


 ローレンさんほど気配を消すのが得意ではなかったものの、使用人程度なら欺けた。


 ある程度部屋を確認するものの、スティーブさんの姿はなかった。どうか無事であってくれと願う中、ローレンさんが突き当たりを指差した。


「ルゼフさん、奥の部屋を見てみましょう」

「はい、行きましょう」


 ローレンさんの後を着いて、奥の部屋へと侵入した。中は真っ暗で、一切電気がついていなかった。ここも外れか、そう思った矢先、突然部屋が明るくなった。


「これはこれは。見知らぬネズミが迷い混んだみたいですね」

「……オブタリア公爵」


 ローレンさんの呟きから、目の前の男性がサルヴァドールなのだとわかった。


 まさかここで、屋敷の主と会うとは。姿を見せた以上、下手には動けない。ここで逃げたとすれば、スティーブさんやラルダさん達の身に危険が迫る。


 それなら、するべきことはただ一つ。時間稼ぎだ。


 ローレンさんも思考は同じようで、小さく頷きあった。


 明るくなった部屋の中には、サルヴァドールの他にも何人かの貴族が控えていた。恐らく貴族派だろう。眩しい光を一身に浴びるものの、何を企んでいたのかはわからなかった。


「ねずみは排除しないといけませんね。すみません、お目汚しをしてしまいました」


 穏やかな口調ではあるが、放つ空気は冷ややかなものだった。


 張り詰めた空気の中、突然大きな声が発せられる。


「お、お前はルゼフ!!」

「……?」


 何だあの男は。首をかしげそうになるも、サルヴァドールは冷静だった。


「ドナード子爵、お知り合いですか?」

「は、はい! あいつは俺がロザクに暗殺を命じた芸術家です!!」


 何て運の悪いことだろうか。


 まさか、自分の暗殺を依頼した男とこんなところで出くわすだなんて。


「ロザクに命じた……ね。確かですか?」

「あの憎たらしい顔は忘れませんよ!!」


 興奮する男の声を今すぐにでも塞ぎたくなる。


「……あの話は本当でしたか。ロザクが依頼を受けても殺してないという話は」


 呟くように確認をするが、それは問い掛けではなく決定事項のように思えた。すると、サルヴァドールは服の内側に手を伸ばした。


 すると、彼は銃を取り出してこちらに向けたのだ。


「いけませんね。一度死んだことになったのなら、生きていてるのは許さないことですよ」

 

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