第45話 構築される関係



 大公が手を貸してくれることになったので、アシュフォードは書斎に待機している人達を呼びに向かった。


 室内には、私とノワール様が残されていた。


「大公殿下。助力いただけるのは嬉しいのですが、具体的に何か策があるのですか?」


 助けてもらえるのはありがたい。しかし、彼にできることは限られている気がした。帝国の大公殿下とはいえ、王国と交流がない外部の力では国内の揉め事への干渉は不可能に思えたのだ。


「大公殿下……エスメラルダ、もしよければ他の呼び方で呼んでいただけませんか」

「他の呼び方ですか?」

「はい。仮にも叔父なので……」


 切実そうな声に躊躇いが生まれた。私からすれば、真実を告げられたとはいえ、彼を叔父として認識した時間はまだわすわかなのだ。


(協力してもらえる以上、要望は呑むべきだな)


 戸惑いが消えたわけではないが、関係が明らかになった以上、もう少し距離の近い呼び方で呼ぶ方が好ましいだろう。


(……だがなんと呼ぶべきだ? ノワール様も大公と変わらんだろうし、オレリアン様と名前で呼ぶのもおかしい気がする)


 悩み始めると、一つ適した呼び方があることに気がついた。目線を大公に向ければ、恐る恐る口に出した。


「……叔父様?」

「!!」


 尋ねるように呼べば、大公は目を見開いた。その反応が予想外を示すものだとわかったので、慌てて撤回する。


「すみません、この呼び方は早計でしたよね。別の呼び方をーー」 

「最高です。エスメラルダ、ずっとそう呼んでください」 

「は、はい」 


 撤回を遮る勢いで喜ぶ大公ーー叔父様を見ると、どうやら正解を引いたようだった。


「先程のお話……どう助力するか、でしたね」

「はい」

「いくつか手段はありますよ。……そうですね。例えば、ヴォルティス侯爵経由で王家と皇家の繋がりを作ることもできます。間違いなく王家に利になるかと」

 

 確かに、国王陛下ないしは王太子殿下が直接繋がりを作ったとなれば、大きな追い風になる。


「ですが、この方法だと少し時間がかかることが難点です。私はハルラシオン王と面識がないので。それに貴族派を下せる材料に直接繋がるわけでもないというのが問題ですが」

「……時間」

 

 正直な話、スティーブを救出したら寒波入れずにサルバドールを断罪したいのが本音だった。


 スティーブを捕えたことから、サルバドールは王家派の動きを警戒しているはずだ。

 アシュフォードはこうなってしまった以上、早めに動かなくては手にした情報や証拠全てが台無しになると言っていた。


「時間を気にされているのですね」

「はい。スティーブを助けるとなると、短期決戦が有効な気がして」

「なるほど」


 短期決戦にしなくてはいけない理由を、叔父様に話していく。


「オブタリア公爵を裁ける材料がない、ということですね」

「はい。暗殺依頼の証拠をスティーブが持っていたので」

「今となっては、その証拠も消されている可能性があるということですね」

「……恐らく」


 王家派、主にクリフさん達が出力を上げてサルバドールの悪事にまつわる証拠を探したがなかなか見つからなかったのが現状だった。


「長年オブタリア公爵が権力を維持できた理由がわかる気がします。彼は隙がないようですね」

「……残念なことに」


 こうなっては打つ手がないのが現実だ。そ叔父様が助力したとしても、サルバドールを追い詰めることは不可能としか思えなかった。


「……ふむ。そうとなればオブタリア公爵の犯罪の現場を押さえるのが有効手段になりますかね」

(……現行犯ってことか)


 証拠がない相手を罰せられる唯一の方法だ。今サルバドールを詰められるとしたらスティーブ関連のことだが、彼もまた貴族派だ。上手く行く未来は見えない。


「現場と言えば……エスメラルダ、貴女はスティーブさんを助けに行くんですよね?」

「もちろんです」


 即答すれば、叔父様が心配そうに微笑んだ。


「本当は危険な場所に行ってほしくありませんが、貴女がお強いのは私も刃物を当てられて理解しております」

「! その節は大変申し訳ありません!!」

「警戒心が高いのは素晴らしいことですよ。誇ってください」

「ほ、誇る……ありがとうございます」


 誇れるものかはわからなかったが、叔父様が気にしてないのなら安心だ。どうやら海の向こう側にまで、ロザクの強さは知られていたようで、おかげで叔父様に実力を認めてもらえた。


「すみません、話がそれましたね」

「いえ」

「取り押さえることに関してですが、私には一つ案が浮かんでいます」

「案、ですか」


 ゆっくりと聞き返せば、叔父様は静かに頷いた。


「ただこれは、エスメラルダの意思次第です。利点だけではないので。……むしろ、貴女にとっては不利益を被るかもしれません」


 そう前置きをされたが、ヴォルティス侯爵家および王家派の現状を知っているからこそ、藁にもすがりたい思いだった。


「お聞かせ願いますか」


 もしも、私にできることがあるのなら。その一心で尋ねることにしたのだった。

 

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