あったかくないよ、そんなの。

水まんじゅう

暖かくして帰ろう。

寒いね、と彼は言った。私はそうだね、と返した。素っ気ない返事だとは自分でも思った。けど、寒いねって言って、そうだねって返ってくる、そこにある優しさを感じ取れるような気がして。暑いねっていう時は、そんなものは感じないのにな。

「手冷える〜…手握ろ」

彼は私に手を出した。私も彼の手に合うように手を出す。彼はそっと私の手を包む。手が冷えると言っていた割には、温かかった。

「全然冷えてないじゃん」

「お前の手が冷たすぎるだけだよ」

彼は鼻を赤くしながら言って笑った。学校から駅までの道。歩いて20分ほどだろうか。前は、その20分じゃ足りないくらい話をした気がする。今は、どうだろう。こうして、誰も何も話さない時間が増えた気がする。最初からそうだったように思えるし、そうじゃないように思える。車が発する光とか、信号の光とか、工事している所から見える光とか、そういうものが小さな花火みたいに見えた。白い息がすうっと溶けていくように上がっていく。魂が天に昇る様子にも見えた。冷たい風が当たって、マフラーの中を駆け巡る。少し緩く巻きすぎたな。

「最近調子どー?」

「ぼちぼち」

「そっか。最近話さないからさ」

「確かにね。前より話す数減ったよね」

「俺はまだちゃんとお前のこと好きだからね」

「うん、私も好き」

なぜ話す数が減ったか、なんて簡単な話だ。彼が私の教室に来ないからだ。不安になって探しに行ったとき、彼はほかの女子と楽しそうに話していた。嫉妬かな、そんなのしてるのも気持ちが悪いんだけど。私の教室に来ない日は、決まってその女子のところにいて、話していた。隠れて手を繋いでいるのも、隠れてハグをしているのも、隠れてキスをしているのも、私は全部知っている。全部、知っている。

「久しぶりに一緒に帰ろうって言ってくれて嬉しかった。最近は友達と帰ってることが多かったみたいだし」

「そうなんだよね。友達が一緒に帰ろうって断れなくてさ」

「友達は大事だよ。私なんかより優先した方がいいって」

「そんな言い方すんなよ。俺はお前を優先したかったんだから」

「それは嬉しいことを言ってくれるね」

「当たり前だろ」

彼の手がどんどん冷えていく。私も顔が冷えて仕方がない。彼の言う友達は、恐らくその女子。私に甘い言葉をかけてくるのは、私をキープしていたいから。また冷たい風が突き刺さる。痛い。苦しい。

なんで、こんな奴と別れないんだろう?

浮気していること、わかってるのに。まだこんな奴が好きだなんて、気持ちの悪い女がいたものだ。

「…駅ついたね」

「じゃあ俺チャリなんで帰るね」

「うん。バイバイ」

彼は私の方を見ることもなく、さっと自転車に乗って闇に消えていった。妙に安心感があって、そして孤独感があった。前は電車が来るまで待ってくれていたのだ。1人に慣れているつもりだったけど、そんなこともないらしい。寒い冬の夜。星がよく見えた。今日は綺麗な満月が見えた。

「……月が綺麗ですね、なんてなぁ…」

私はそう呟きながら、駅に入る。小さな駅。外の空気は常に入ってくる。あまりの寒さに、自販機でホットココアを買った。ガコ、という音と共に、ピピピ、と自販機の音がする。当たり付きの自販機だったらしい。……当たった。もう1本好きなものを貰えるようで、私は適当にカフェオレのボタンを押した。同じように音を立てて出てきた。2本もいらないや。なんであの人帰っちゃったんだろう。……浮気した奴にあげる飲み物なんてないよ?ってさ、すぐに思えないのが、悔しいよな。

ホットココアとホットカフェオレを手に持って、椅子に座った。足元に冷えが来る。寒いな、と思ったけど、手に持っている飲み物が温かくて、ぎゅっと握った。

彼の手は、こんなのよりずっと冷たかった。彼より、こんなものの方が、私の手を温めてくれた。

当たり前の話だ。でも、そう思ってしまったのが、すごく寂しくて、虚しくて、どうしようもなくて。泣きたくなっても泣けなくて。だって相手は浮気した奴だから。許しちゃいけない奴だから。

人の手なんて、あったかくないよ、そんなの。

踏切の音が聞こえた。無機質で、一定のリズムを刻んでいる。飲み物をしまって、改札を通った。電車に乗るまでに、どうしてもホットココアを飲みたくなって、蓋を開けて飲んだ。

すごくあったかかった。

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あったかくないよ、そんなの。 水まんじゅう @mizumannju

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