日常に牙を剥く理不尽な暴力を打ち破れ
甘宮 橙
第1話
「隊長もさあ、真剣に仕事してんのかって言うけど、こっちはそんな給料もらってないっての」
馴染の焼き鳥屋で、大きな体を小さく丸めた
「よく言ったぞ源太! シフトもキツいしよぉ。ガードマンなんてろくなもんじゃねぇよな」
源太の同僚である
源太と清は7階建てのオフィスビルに勤務する警備員だ。2人は20代で年齢も近く、話し相手としても馬が合うため、仕事終わりにはよくこの焼き鳥屋を利用している。
今日、源太は、見回りの際に会議室の鍵をかけ忘れるという失態を犯した。幸い、大事になる前に気づき事なきを得たが、隊長にはこっぴどく怒られた。
「おおし源太、今日はとことん呑むぞ!」
「いや清君、もう無理……。僕は気分が悪くなってきたんでそろそろ帰るわ」
茹でダコのように顔を真っ赤に染めた源太は、頭を押さえながら呻くようにつぶやく。仲間と喋りに来るのは好きなのだが、昔から酒はからっきしなのだ。
「ったく、おめえのための席だろうがよぉ。熊みたいな体してるくせに本当に酒に弱いよな」
「熊は酒飲まんて」
「源太はアニメの熊さんみたいに、ハチミツぶっかけたホットケーキが好物だもんな。ありゃ、男の食いもんじゃねぇだろ。男はだまってホルモン食って酒かっ食らうべし」
「清君みたいに飲めれば楽しいんだろうけどな。ごめんな。今日はありがとな」
自分の分のお代を机に残し、源太はふらつく足取りで席を立った。
店を出た源太は、夜風に当たるために近くの公園へと向かった。酔いをいくらか覚ましてから帰りたいと思ったからだ。ウォーキングコースがある中規模な公園であっても、夜になると人通りが途絶え、辺りは静まり返る。それ故、普段は聞こえないような遠くの声までが耳に入ってくる。
「聞いてないです! そんな話」
「関係ないねぇ、お嬢ちゃん。契約書にサインがある以上は、素直に金を払わねえと、雪だるま式に借金が増えてくだけだぜ。大学生ならそんくらい分かんだろ?」
「でも、返済がそんな大金になるなんておかしいです……」
「おかしかねぇんだよ、そういう契約を結んだんだからさ。まあでも、俺も鬼じゃないんだわ。金が無いならいい店紹介するぜぇ。あんたみたいな可愛い子ちゃんといいことしたいって男はいっぱいいるのよ。世の中捨てたもんじゃないねぇ。いひひひひ」
3人の男が若い女性を取り囲んでいた。逃さないように腕を捻り上げ、鋭い目つきで威嚇している。
多分酔っていたからであろう。あるいは今日の憤りが収まらなかったからなのか。
気づけば源太は男たちの前に歩み寄っていた。
「あの……何があったか分からないんですけど、大の男が寄って集って一人の女性をってのはイジメてるように見えてあんまり良くないかなって」
「あ? なんだてめえは?」
男達は振り返り、突然現れた大男を睨みつける。
源太は一瞬のやり取りで、関わっては行けない筋の人間だと直感する。血の気が引いて、酔いは急速に覚めていく。
スラリと背の高いリーダー格の男は、ポケットに手を入れたまま顔を突き出し、焦る源太の顔を覗き込む。
「ほう、でかい体だ。兄ちゃん、地元では幅きかせてた感じ? だがこっちはよぉ、商売邪魔されちゃ困るんだわ」
「い、いや、邪魔とかそんなんじゃないんですけど……」
争いごとが苦手な源太は恐怖に駆られ、まるで子供がイヤイヤをするように手を振り回した。
バキッ
「ぬおぉぉ!」
「あ、兄貴!」
男はボタボタと血を滴らせる鼻を押さえてしゃがみ込む。運悪く源太の手が彼の鼻にヒットしてしまったのだ。
「に、逃げよう!」
源太は数分前までは真っ赤だった顔を青く染め、女の子の手を引き、走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます