スクライブ・レジェーレの旅
そうざ
Scribe Legere's Journey
茫漠とした砂の大地に青白い光が容赦なく降り注ぐ。
振り返れば陽炎が目眩を、元に向き直れば逃げ水が幻覚を誘発する。
刺すような白日に身を焼かれながらも、年嵩の行者たるスクライブ・レジェーレには
小さな岩窟に逃げ込んだスクライブは、糸の切れた傀儡のように倒れ込んだ。
然れど、待つのは安息ではない。直ぐに備忘帳を取り出し、遠路の最中に降りて来た
言の葉は手段であって目的ではない。稀有な言の葉であればある程、栄えある
再び見上げた厚みのない空の彼方に、頑強な蔭が揺らいでいる。それは、スクライブの疲弊した眼にも確かな存在感を持って映った。
あれこそがビブリオンの門か――
どれだけの歳月を費やそうとも、どれだけの研鑽を積もうとも、資格を
「間尺に合わぬ夢を見たばかりに……」
最早、落涙すら許されぬ程、スクライブは渇き切っていた。
しかし、それを
俺はあんた達とは違う――反発を胸に秘め、気付いた時には旅の道筋を
「お困りのようだ。儂ならば力添えが出来るぞぇ」
いつの間にか昏倒していたスクライブの耳元に、ぬめっとした
逆光でスクライブを覗き込むその顔は、既知のものだった。
「……また、お前か……」
それはアステ売りとの何度目かの邂逅だった。
八芒星を安価で売り歩く行商人、通称〔アステ売り〕。言の葉の内実を問わず無分別に八芒星をばら撒こうとするそのやり方は往々にして侮蔑の対象となるが、その需要が途絶えた
「あんたの顔馴染みは、
「商売繁盛、何よりだな……」
スクライブは驚きもせず、なけなしの笑みで応える。
予感は常にあった。儕輩が挙って口にする崇高な標榜に隠された背徳の匂い。抜け駆け、取り引き、
「それでも未だビブリオンの門に遭遇する事さえ出来ぬ者ばかりだがね。ふっはっは……」
スクライブは安堵を覚える。下卑た連中が日の目を見ては、天網が
その泰然とした様子に、アステ売りの悪戯心が頭を
「あんた、この大地を覆う砂をよくよく見詰めた事がないね」
「砂がどうだと言うのだ」
スクライブは怠惰な掌で砂を握り取ったが、眼を
「ふっはっはっ、これを使うと良い」
見兼ねたアステ売りが、年季の入った天眼鏡を差し出す。
「……これはっ……」
眼を見開いたスクライブの総身が、わなわなと震え始める。
「そう、あんたが追い求めていた代物……その成れの果てさね」
無数の砂は、無数の欠片でもあった。その一欠片ずつが八芒星の名残りを留め、鈍く輝いていた。
「この大地を覆う全てが八芒星……?!」
凪いでいた空気が一陣の風を呼び込み、見飽きた筈の風景が別様の姿で押し寄せる。
「脱落者が打ち捨てた八芒星が粉々になって出来た大地さね」
「俺は、死屍累々の上を彷徨っていたようなものか……」
スクライブの
「儂の
「……ご免
「
「自らの手で掴まねば意味がない」
「この期に及んで未だ初志貫徹か。そんな事だから……ふふっ、余計なお世話か」
アステ売りが立ち上がると、彼方のビブリオンの門が遠退くように見えた。
「一つ、教えてくれっ……」
スクライブの
「実際にビブリオンの門を潜った者など居るのか?」
「狭き門と言えど、それが存在する以上、潜る者は居ろう」
「そうか……希望は
「
「……?」
「
「旅はいつ終わる……?」
「あんたが終わらせれば終わる」
アステ売りはそれだけ言うと足早に去って行った。
アステ売りの来歴は判然としない。一説には、旅を忘れた行者の転身とも幻影とも謂われる。
スクライブの末路は
晴れてビブリオンの門を潜れたとしても、その先に待つのは遥かに茫洋とした歴史の海原であり、八芒星の効力など及ばぬ始まりである。
スクライブ・レジェーレの名は、一個人を特定する為に使われるべきではない。今この瞬間にも現れては消え行く無数の行者一人一人の全てを指し示し、見知らぬ個人史の主役として語り継がれるべきなのだ。
スクライブ・レジェーレの旅 そうざ @so-za
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