個人経営定食屋店主飯田真の血闘 ~店の客全員持っていかれたので残虐悪徳料理店を殲滅しに征く~
粟沿曼珠
第1話 ビースレイヴアブダクション、そして飯田真の慟哭
「はいらっしゃいッ!」
俺は
飯田飯店を開いてから早三年、ありがたいことに毎日沢山の人が来店して繁盛しているッ! アニメの影響でガキの頃から料理を作り続けてきたが、それがこうやって活かされるなんて仕事を辞めるまで思わなかったッ!
大変なこともたまにあるが、自分の好きなこと、得意なことを仕事にできて、毎日が充実した日々であるッ!
「おっすー、真ちゃん」
「その声はッ——!」
軽快な声が聞こえてきた方を見遣るッ——そこにおわしまするは
彼女は軽い足取りで厨房前のカウンター席まで歩き、回転椅子に座って半回転してこちらを向くッ!
高鳴る心臓の鼓動を堪えつつ、コップに水を注いで彼女に手渡すッ!
「ありがと」
微笑んで受け取ると、彼女は前髪を払ってから口に運んで口に水を含むッ! そして彼女はコップを置き、回転椅子を回して店の繁盛した景色を見るッ!
「本当に繁盛してるねー。きっとみーんな、真ちゃんの味が好きなんだろうねー。実際、私も好きだし」
客が口に各々の料理を口に運んでは舌鼓を打っては微笑み、談笑する光景——彼女もまた、その光景を見て微笑んでいるッ!
そして「好き」という言葉——それが俺を狂わせるッ! 突き動かすッ!
これは——彼女が俺のことが好きだという証ッ! なればこそッ! その愛に応えなければならないッ!
「よーしッ! 真ちゃん、ミーちゃんの為に料理を作っちゃうゾーッ! 勿論、俺の奢りだッ!」
「えーっ、今日もいいのー? じゃ、遠慮せずに貰っちゃおうかなー?」
彼女は目を細めて微笑を零し、両肘をテーブルに突いてこちらをじっと見つめてくるッ!
「楽しみにしてるね」
「ああッ! 少し待っててくれたまえッ——」
店のドアのガラスが割れる音が響き、賑やかだった店には一瞬にして静寂が満ちるッ!
「何だッ!?」
この場にいる皆の視線が入口に集まり——そこにいた怪しげな男達に視線が集まるッ!
真ん中に立つのは白衣を着た白髪白髭の白人男性——白豪主義の権化ッ! そして作務衣を着たいかにも和食の料理を提供しそうな日本人男性が二人ッ!
奇妙ッ! 作務衣二人はともかく、白衣と作務衣は普通に考えれば出会うことの無いであろう組み合わせッ! そして飯田飯店の顔で神聖なるドアを破壊するという悪行ッ! この奇天烈な空間、状況に俺の思考はこんがらがっていたッ!
「誰だお前はッ!?」
「——残虐悪徳料理店、という噂は聞いたことがあるかね?」
「残虐悪徳料理店ッ……!?」
そういえば聞いたことがあるッ! 日本各地で頻発する料理店の火事は、残虐悪徳料理店によるものだとッ!
その狙いは、料理店に集まった客や料理人を拉致し、自分達の料理店で奴隷として働かせるのだというッ! そしてそれを裏付けるかの如く、火事になった料理店の尽くが客足が多く、また優秀な料理人を抱えた料理店であるッ!
大方頭にアルミホイルを巻き、5GガーだのBluetoothガーだの叫んでいる連中の戯言だと思っていたが——しかしその噂はッ! 現実として俺の前に立ちはだかっているッ!
これが意味することは、つまりッ——!
「——うちが客足が多く、優秀な料理人を抱えた店であるということッ!」
「やれ!」
白衣の男が叫び——そして続々と特殊部隊のような装備を見に纏った奴らが店に入ってくるッ!
その手に持っているのは——何か太くて大きいチューブッ!? そのチューブの真っ暗な穴が、俺をじっと睨んでくるッ!
「ちょっとッ! うちが美味しい店だってことは認めるが、だからといって神様たるお客様を困惑させるような行為は——」
「吸い込め!」
突如ッ! さながら暴風雨の如き勢いでチューブに吸い寄せられるッ!
「ウワーッ!?」
咄嗟に屈み、カウンターを盾にするかのように隠れるッ! 鉄製のカウンターは店にくっついており、例え暴風雨の如き吸引でも負けはしないッ!
——だからこそ、気付くのが遅れてしまったッ!
「キャーッ!」
「ア~レ~ッ!」
そうッ! 奴らの狙いは俺だけでは無いッ! 客も対象ッ! つまり客も吸い込まれてしまうッ!
顔を少しばかりカウンターから覗かせると、客が宙を舞ってチューブに舞い込んでいく光景が広がっていたッ!
「あーッ! お客様ーッ! お会計前に吸い込まれては困りますーッ! あーお客様ーッ!」
いかに繁盛している飯田飯店とはいえ、毎日来ているお客様とて無銭飲食は許せぬッ! 咄嗟に手を伸ばす——が、カウンターの中、この隔絶された空間ではその手が届くことは決して無いッ!
そしてそれは、彼女とて例外では無いッ!
「真ちゃーんっ!」
回転椅子に長い爪を引っかけて、ミーちゃんが吸い込まれまいと耐えていたッ!
「ミーちゃーんッ!」
そのネイル煌めく手に己の油のついた手を伸ばし——
届くことは無かった。
ネイルの煌めきが小さくなっていく。さながら俺の希望の光が、どこか遠くへ行って消えてしまうかのように。
カウンターと椅子の距離——たかだか数十センチ。目と鼻の先。しかし、そんな宇宙に比べたらちっぽけな間隔が、無限のように感じてしまった。
暴風雨の如き吸引——その勢いは凄まじいはずなのに、他の客は一瞬にして吸引されていくのに、彼女だけはゆっくりと吸われていった。
涙を流す、苦しみに満ちた顔。それが遠のくにつれて、彼女との思い出が心の奥からどんどん湧き上がってくる。
——俺は、彼女に何をした? 何ができた?
同時に湧き上がってきたのは、後悔であった。
俺が彼女にしてきたことは、彼女に料理を振る舞ったことだけ。それ以外は何もしていない。
それは俺が料理人として——そして、彼女を愛する者として、やって当然のことなのだ。
——俺はまだ、彼女に何もできていないじゃないか——!
彼女はチューブに吸い込まれ、俺はカウンターに体が吸い込まれた。
カウンターの上に倒れるように項垂れる。自然と両目から涙が零れ、また体はまるで何もできないか弱い生き物のように震えている。
「くそ……くそっ、くそぉ————————っっっ!!!」
慟哭が口を衝いて出た。
何もしなかった自分への後悔、何もできなかった自分の非力さへの怒り、彼女を連れ去られてしまったことの悲しみ——そして、残虐悪徳料理店への憎しみ。
ぐちゃぐちゃで暗く黒い感情に満ちた咆哮が店に響いた。
——この咆哮が届いて欲しかった君は、もういない。
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