【悲報】旅行初日、放置されるワイ

才式レイ

本文

 ここはどこ。私は誰。

 疑問ばかりが錯綜している辺りから、恐らく私は現実逃避しているでしょう。うん、冷静に分析しておいて実際に今絶賛現実逃避中だ。間違えるはずもない。


「なんでこんなことに……」


 私の質問に答える代わりにざぶんと砕けた白い波が美しい砂浜を駆け登る。

 大体、“そこそこ英語できる要員”として無理矢理有休を取って付いて来たのにまさかの放置プレイされるという仕打ち。

 ここまで来たらいよいよ彼らの常識を疑わざるを得なくなってきたが。私の中にも彼らと同じ血が流れていたのでこれ以上複雑な思いをするのは多分一生ないだろう。


「やっぱ繋がらない。いや、繋がるわけもないもんな……」


 スマホをポケットに仕舞って、はあと大きく溜息を吐く。

 いっそのことホテルに戻った方が賢明ではあるが、ここから動かないでなんて言われたらもうどうすりゃええねん。おまけに連絡が付かないままだ。勝手に動いたら今度は向こうの方がパニックになるに違いない。


「暑い……」


 そう呟きつつも楽しそうに私の前を行き過ぎる親子連れを眺める。

 総合にして何語で喋っているのかよく聞き取れなかったが、時々英語やら中国語やら香港語やらマレー語を混ぜて会話していらっしゃる。だから多くの観光客がここに訪れるんだろうけど。

 いや、改めて地元民の言語能力に畏怖するわ。こちとらたった一つの日本語を喋るだけでも怪しいのに。……感心する暇があるなら、なんとかしてこのピンチをどうにかしないと。



 青い空。碧い海。日本とは異なる、乾燥した空気。避寒するにはもってこいの場所だ。そんな外国人に囲まれる中、偶々見つけたヤシの樹下で次作のアイデアをまとめる私。

 うん、寂しい絵面ですなあと思うわけですよ。


「旅行初日でこれじゃあ幸先悪いなぁ……ハハハ」


 大体、旅行はリラックスするか楽しいイベントのはずだろう?

 どうしてこんなハラハラさせるような展開からスタートからしたんだよ。

 はあもう、日本に帰りたい。


 そもそも“そこそこ英語できる”とは言っても、何度も翻訳機を通してやっと理解できるレベルだ。日常会話で英語を話すとか、そんな芸当私にはできっこない。

 事の発端は、あの常識外れの一言から始まった。


『お前、そこそこ英語できたんだったよな? んじゃあ、通訳よろしく』


 私の肩にごっつい手を置く父はニッと白い歯を輝かせた。

 きっと何かの聞き間違いだ。

 そんな現実逃避がぽつりと思い浮かんだ。そこで姉が『いやあ~、うっかりレイの分のチケットも買っちゃったんだよねー。テヘ♪』と乗っかかったのが尚性質が悪い。母なんて『名案よ~』みたいな顔して終始ウフフと笑っていただけだし。

 まあ、家族の無茶は今になって始まったものではないし、何回付き合わされたのかも数え切れないし、ここまでは一旦良しとしよう。


「けどその要員をほったらかしにするか? 普通」


 返答するように、打ち寄せる波。

 ほら見て、もう返事してくれるのは海だけだ。友達にするのはやはり大自然に限るな。うんうん。


「ヘイ! ユー、一人?」(脳内修正が掛かったものです)


 現実逃避を二人の白人男性の声が破る。

 地元でも存在感が薄いと言われ続けてきた私が、家の中でもずっと『枯れ期』といじられ続けてきたこの私が、異国でナンパされるとは。もしかして遂に私にも『モテ期』が来たのでは――。

 とうの昔に乾涸びたと思っていた女心が高鳴りかける――その時。


「ソーリーソーリー」


 片手を上げながら私を立たせた弟の登場に『実に遺憾です』みたいな顔をする白人男性達。二人が去って行くのを確認してから私の方に振り向く。


「大丈夫、レイ姉ちゃん」

「うん。てか、よく見つけたね。皆は?」

「二人は撮影中。父さんは知らない間にどっか行った」

「マジか……」


 異国の地に来ても一人で冒険するのか、父よ。


「それよりも弟よ。どうやらこの私にもついにモテ期が来たぞ~? ふふん、嬉しいでしょ?」

「詐欺の間違いでは?」

「おいこら、姉のモテっぷりに嫉妬して事実曲げようとすんな」

「いやだって、レイ姉ちゃんブ――コホン、なんでもないですさあ早くみんなと合流しよう」

「おい今なんて言おうとした、おい」


 ナイスタイミングで現れた弟のおかげで他の二人と無事合流。

 いやあー、最初はどうなるのかと思ったら案外なんとかなるものだな、としみじみ思いつつ水で喉を潤すところで、


「あそういや、さっきレイ姉ちゃんがナンパされた」


 予想外の差し金で噴き出そうになり咽た。そんな私を冷やかしな目で見つめる姉とあらあらと頬に手を添える母。


「ええ~。見る目ないねえその人達」

「ウフフ、そうねえ~。節穴じゃないかしらあの人達」


 この人達、本人に向かって容赦ないなあおい。


「まあ見るからに詐欺っぽいので助かりました。ご褒美ください」

「ウフフ、いいわよ~。後でアイスを買ってあげるからね~」

「ワーイヤッター」

「あー、やっぱ詐欺かー。ドンマイよレイ。きっと次があるからね」


 何故か姉にぽんぽんと肩が叩かれ、おまけに慰めのサムズアップまでされる始末。

 覚えとけよ。いつかお前ら全員を物語にするからな!






あとがき


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

慣れない一人称視点で書いてみましたが、思いのほかスルッと書けて安心しました。このエピソードは私が去年の12月末に家族と一緒に海外旅行に行った話です。

もし楽しんで頂けましたら幸いです。

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