02.あなたも、こちら側なの?
今日、高校生活が始まった。
そして今からクラスの自己紹介が行われる。
苗字が「あ」の人から順番に、席を立って皆に己をアピールする時間だ。人の目が気になるタイプの人間からすれば拷問だろうけど、僕は全く気にならない。
むしろワクワクしている。
刮目せよ。これが春休みを通して考え抜いた自己紹介だ!
「我が名は
うーん、心地よい視線だ。
ヤベェ奴が出ちゃったよ……みたいな空気。最高だね。
「お察しの通り、僕は中二病だ。喜べ。お前達モブに、愉快でハッピーな青春を提供することを約束する。以上だ」
僕は優雅に着席した。
反応は最悪って感じかな。
いいね! 逆境からのスタートだ。
これを跳ね除けて明るい青春を手に入れる。実に主人公っぽいムーブだよ。
「は、はーい。ユニークな自己紹介でしたね。次の方どうぞ」
先生の下手なフォローも心地よい。
彼女、新人さんかな? 良いね。日常系アニメなら生徒達から愛される属性だよ。ラブコメだったらヒロイン候補だ。
こうして僕は上々のスタートを切った。
その日は、まあ特にイベントも無く帰宅したわけだけど……。
夜、なんだか目が冴えて眠れなかった。
僕は睡眠を諦め、外を散歩することにした。
「……月が赤い」
わぁ、満月だぁ、と思いながら、それっぽい台詞を口にした。因みに月はちっとも赤くない。
「知らない道を歩いてみよう」
深夜徘徊ってワクワクするよね。
中学生の頃、アニメのコラボグッズを求めてコンビニへ行き、警察に補導されたのは良い思い出だよ。
夜は危ないって言われるけど、こんな田舎で何が危ないんだろうね。
僕が美少女だったら襲われるかもしれないけど、普通の男子高校生だもの。不審者と遭遇する可能性に怯えるよりも好奇心を優先したい。
「迷った」
お散歩は迷子になってからが本番だ。
スマホを使えば一発で現在地が分かるだろうけど、あえて直感だけで歩くのがマイルール。
「こんな道もあったんだ」
住宅街を抜けたところ。
海と面した道路があって、四月とは思えない程に夜風が冷たい。
「……はぁ」
僕は海岸と道路を分ける柵に肘を乗せ、溜息を吐いた。
「どうやったらラノベ主人公になれるのかな」
とりあえず中二病になった。
主人公っぽいムーブができる機会があれば、積極的に行動している。だけど、現状はただの奇人ムーブにしかなっていない。
大人になれよ。
冷静な自分が語りかけてくる。
僕は高校生になった。
年齢は十五。国や時代が違えば成人だ。
「残された時間は、あと僅か」
大学に入って四年間うぇーい……なんて時代はもう終わった。
令和は大学一年生から就活とか実績作りとかして将来の基盤を作る時代。高校生は子供だと油断してたら周囲に取り残され、ブラック企業の社畜になる未来へ一直線。
スタートダッシュはもう始まってる。
むしろ遅いくらいだ。チラッと耳にした話によると、一流の学校は中一の段階から大学受験の準備を始めるそうだ。すごいよね。
ラノベ主人公になりたい。
そんな夢を本気で追いかけてる高校生など、もはや絶滅危惧種だ。
でも追いかける。
だって好きだからね。
良いじゃないか、ラノベ主人公。
異能バトルでもラブコメでもウェルカム。
僕は清楚な美少女とイチャイチャして、超重量級の愛を育む未来を諦めない。
もちろん夢を摑むために努力している。
運動、勉強、武術、話術、芸術……ラノベ主人公っぽいスキルは網羅した。
だって僕は知っている。
彼らは主人公だから特別なのではない。特別だから主人公なのだ。
だけど……。
「現実は世知辛い」
非日常は始まらない。
僕が求める清楚な美少女とは未だ出会えていない。
「可愛い子、居たっけな?」
クラスメイトの姿を思い出す。
何人かピンと来る子も居た気がする。
──脳内で回想を始めた直後だった。
コン、という足音。
振り返る。わぁ、黒髪ロングの美少女だ。
「……あなた、何をしているの?」
わぁ、ヒロインっぽい台詞。
今の言い回し、現実で聞いたのは初めてだ。
あっ、思い出した。
同じクラスの
いやぁ、すごい名前だよね。
カゲロウと書いてヒカリ。彼女の両親とは気が合いそうだよ。
さて、どうしようかな。
ラノベ主人公っぽく返事をするなら「普通に散歩してて……」とかだろうけど、僕は中二病的な設定を取り入れている。
よし、決めた。
ここは無駄に意味深なことを言ってみよう。
「今宵は、月がよく見える」
なるべく低い声を作って、ゆっくり喋る。
「神楽
「……まさか、あなたも、こちら側なの?」
わぁ、すごいや。乗ってきた。
いや待て焦るな。チャンスだぞ。
陽炎さん、普通に可愛い。
中二病ムーブに乗ってくれたことで美少女レベルが五割増しに感じられるよ。
しかも清楚な黒髪ロングで寡黙な感じ。
これも良い。素晴らしい。ヒロインっぽい。
「あなたのライフはいくつ?」
ライフ……? 何それ、彼女の設定かな?
いやぁ、困るなぁ、そういうのは事前に共有してくれないとダメだよ。
とりあえず意味深に笑っておこう。
「……ふっ(ごめん、分かんない)」
「そう、教えてはくれないのね」
わぁ、黒髪ロングっぽい喋り方!
神楽さん、ラノベとか読むのかな?
絶対そうだよね。外見とキャラ作り、あえて寄せなきゃこうはならないでしょ!
「あなた、
「ああ、気軽にひーくんとでも呼んでくれ」
「……そう」
やっべ。ちょっと滑ったかも。
いやこれ笑ってるのかな? 俯いて、何かを呟いてる?
「……どうせ、裏切られるくらいなら」
彼女は顔を上げた。
そして急に僕の手を摑んだ。
「ひーくん、あなたを道連れにしてあげる」
突然、足元が七色に発光する。
「えっ、えっ、えっ?」
僕は情けない声を出して困惑した。
何これ怖い。手品かな。手品だと言って!
「始めましょう。月夜のゲームを」
彼女はヤンデレみたいな雰囲気で言った。
「ちょ、ま──」
僕の声は途切れた。
そして次に気が付いた時──そこは、見知らぬ世界だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます