第2話 おはようござ… バタン

「おはようござ…」

柴田は,目を疑った.ドアを開けると後輩が家の前に立っていたのだ.後輩を見た柴田は,ドア速攻で閉めることにした.


「何で閉じるんですか?先輩」

朝から明るい声がこの辺りに響いた.


「……何でっていきなり,昨日初めて喋って,フッた後輩が家の前にいたから.」


「まだ,フラれてません.ふふふ,ビックリしました?先輩.」

後輩は,得意げにドヤ顔をして,胸を張っていた.


「ビックリしてる.通報を迷ってる.」

柴田は,ストーカーを疑った.昨日の彼だったら,こんな自意識過剰な事は思わないが,昨日の『顔が好きです』っていう告白を受けて,今,目の前に後輩がいる状況,疑うには十分だった.


「……違いますよ.違います.先輩.誤解です.」

ドヤ顔から焦り顔になり,死ぬほど焦っている後輩は,少し早口で,手を謎に動かしながら答えた.後輩は,昨日から想定外の連続だった.今の状況も,柴田が出てくるまでにしていた想定していた状況から完全にズレていた.


「えっと,じゃあ,何で家の前にいるの?」


「それは,調べました.」

ストーカーの可能性が上がった.


「同じでしょ.ストーカーじゃん.」


「違いますよ.私は,正当な方法でこの情報を手に入れました.」

後輩は,少し落ち着きを取り戻して,自信満々にそう言っていた.柴田は,感情が忙しい人だなと,何処か他人事のように思いつつ,その彼女の言葉の意味を数秒考えた.それで,友人のことを思い出した.


「いや……ああ,誰だ.誰が僕を売った.」

柴田の友人は,まあ聞かれたら家ぐらい教えるタイプだ.もちろん,全ての人間にではないが,信用できる人間だと思った人には教えるだろう.

(あいつら,美人や可愛い人は,全員善い人だと思ってるだろうしな.何人かは.)

柴田は,小さくため息をついた.


「うーん,ざっくり言えば.全員ですよ.先輩.たくさんいます.」


「全員.」


「皆さん,応援してくれるって言ってましたよ,良かったですね嫉妬じゃなくて先輩.可愛い私に好かれてる何て,みんなの嫉妬の対象になっちゃいますね.」

後輩は,そう言ってニヤニヤ笑っていた.


(ウザいな.)

柴田はシンプルにそう思いつつも,たぶん冗談なのだと解釈して

「うわ,優しい友人.優しい,優しい.」

棒読み適当な返事をした.


「そうですね,優しい友人の皆さんですね.ふふふ.私頑張ったんですよ.凄くないですか?先輩.」


「凄いですね.では」

柴田は,機械のように棒読みで適当に答えた.凄いと思ったが,こんなところにそんな凄さは要らないと心底思っていた.それから,彼女の横を通り過ぎて学校に向かって歩き始めた.


「……えっ,先輩.一緒に登校しましょう.」


「嫌ですけど.」


「何でですか?」


「いや,えっと怖いので.」

いろいろ理由があったが,やっぱりストーカー候補生と一緒に登校できるぐらいの度胸が柴田には無かった.


「ストーカーじゃないですよ.純愛です先輩.」

解釈の不一致だった.


「顔が好きなやつが純愛って言うなよ.むしろ嘘でも別の理由を考えろよ.」

思わず,柴田は,言葉を返してしまった.ここでの正解は,無視して学校に行くことだった.


「私は,嘘つきじゃないないので,先輩.なので純愛です.」


「何処をどうしたら純愛に繋がるんですかね.」


「純愛ですよ.ケチつけないで下さい.まあ,先輩は多分,私から告白された衝撃が強すぎて,そんな経験無かった先輩は,昨日告白を断っただろうですけど.」

後輩が妄言を吐いた.


「ポジティブ,そして失礼.」

柴田は,これを受けて方針を変えることにした.後輩が顔が好きと言うなら,それでカバー出来ないほどの性格の悪さを出せば良いのだと.


「まあ,先輩だからあれですよ.早く告白をOKした方が良いですよ.今なら,それで許します.早くしないと自分から告白するって恥ずかしい感じになりますよ.」

後輩の妄言は続いた.


「何を言っているんですか?まあ,はぁ.大丈夫です.」


「……後悔しても知らないですよ.先輩.」

後輩はプライドが高かった.告白して駄目だったという敗北感を認めたくなかったのだ.それで強がって,そう言ったのだ.


「そもそも,告白が恥ずかしい感じになる意味が良く分からない.」


「えっ,それは.」


「それに,純愛って言ってるけどさ.例えば君はさ,誰かが壁に落書きしてたらどう思う?」


「落書き?急に,先輩何の話をしてるんですか?落書きは駄目ですよ.」


「じゃあ,それがバンクシーだったら」


「えっ,アートですかね.何の話ですか?先輩.」


「ああ,そう.でも僕は落書きだと思う.まあ,つまり,僕は君が顔が綺麗って理由でストーカー行為を純愛とは呼びません.てか,顔で全て決まる訳じゃないんですよ.」

柴田は勝ちを確信した.これでヤバい人を追い払えると.流石に家を調べて次の日の朝にやって来る人は怖くて仕方ないのだ.


「なるほど,確かに.じゃあ,私は先輩的には,ストーカーですね.以後気を付けます.本当に性格重視なんですね.」


柴田は目を見開いた想定と違った.

「……何で?普通にドン引きして泣くとかで,これが終わりで良いじゃん.」

思わず,口に出るほどのには動揺していた.


「私は,先輩の顔が好きなんですよ.別にちょっと性格悪くても気になりませんから,でも確かに方法を間違っていました.」

後輩は,そう言うと小さく頭を下げた.


「……はぁあ.とりあえず,誰が僕の家を教えてか詳しく聞かせて貰おうか.」


「……一緒に行ってくれるんですね.先輩」

後輩は,ニヤリと笑った.


(まあ,方向は同じだし,そのうち諦めるか.とりあえず,教えてたやつは後で殴ろう.それと,絶対に横並びには歩かない.)

柴田はそんなことを思いながら,後輩の少し前を歩き始めた.遠くから見ると身長が同じぐらいに見えた.

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