【短編】始まりの予報〜ずぶ濡れ高校生と旧校舎の美少女

渡月鏡花

第1話

 旧校舎の門には、古い制服を着た美しい少女がいる。

 この噂を初めて知ったのは、桜が舞い散る4月のことだった。

 高校に入学してからすぐのことだ。

 まあ、どこにでもある高校に伝わる噂話の類だ。


 いつからかわからないが、気がついたら噂というものは流れるのだろう。

 誰がなんのために流したのか、そんなことはどうでもいいと思っていた。

 

 だから今日———4月28日(月)までは単なるつまらない噂の類だと思っていた。

 と言うよりも、そんな噂はとっくにボクの脳内からは抜け落ちていたと言うのが正しいだろう。


 でも、本日、今日、この日。

 その噂は本当だった。


 なぜならば——彼女は確かにボクの目の前に存在しているのだから。


「ねえ、きみは今年の新入生なのかしら」

「……いえ、ボクは2年生ですけど」

「へえ、今まで見た事ない顔だけれども……何組なの?」

「2年C組です。あなたこそ、なんですかその制服?コスプレってやつですか?」

「ふふ、お姉ちゃんのお下がりなの。数年前まではみんなこれを着ていたのよ」


 彼女はくるっと一回転をした。

 少し短いスカートの裾が翻って、色白い足が見えた。


 少し長い黒い髪をかきあげて、色白いうなじが見える。


『どう?似合う?』とでも言いたげに彼女は綺麗な笑みを浮かべた。


「……」

「きみ、どうしてそんなにもずぶ濡れなの?今日はこんなにも晴れているのに。それとも私が知らないだけで、今日は局所的な雨でも降る予報でもあったのかしら」

「いや、それは——」


 偶然にも今日は、日直だった。だから日直の日誌を教員室へと提出しに向かっていた。その時だった。新校舎から旧校舎へと続く渡り廊下を歩いていると、たまたま3階の校舎から降ってきたバケツの水に引っかかったんだ。


 なんてことを言ったところで、そんなミラクルというか不運を信じてはもらえないだろう。


 そもそも、そんなことを話したら、まるで目の前のこの女の子の気を引くため……というよりも口説くための誘い文句みたいではないか。


 まあ、つまり知らない女の子にボクの不運を話したところで何にもならないだろう。むしろ面倒なことになることは明らかだと言うことだ。


 だから、ボクはこう答える。


「ちょっと暑かったからかな」

「……え?」

「……え?」

「……っぷ」と彼女は口元に手を当てて、ケラケラとおかしそうに笑った。


 ……くっそ、これでは本当にこの女の子の気を引きたいために変なことを言っているみたいではないか。


「いえ、なんでもないです」

「ふふ、なんで無駄にカッコつけたの?」

「決してカッコつけてなんかいない。少し口が滑っただけだ」

「へえ、そう」


 彼女はジトーっと冷めた視線を向けた気がした。


 これが彼女——春乃さくらとボク——晴見春樹はるみはるきの出会いだった。

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