アルトゥリストと殄滅の魔女 〜異世界転移しても最強にはなれなかったしむしろ厳しい現実が待ち受けていましたが、天才魔術師に愛されすぎてなんとかやっていけそうです〜

化皮上着 a.k.a NuBRa

第1話 異世界転移のリアル


 思えば、昔から何かと裏目に出てしまう人生だった。

 電車で何の気なしにお爺さんに席を譲ろうとしたら、断られた上に生意気だと怒られたり。

 迷子になって泣いている女の子に声をかけたら、後から来た母親に変質者扱いされて睨まれてしまったり。

 このように、良かれと思って起こした行動がことごとくマイナスな結果をもたらししてきた。


 たった今もそうだ。深夜でも律儀に信号を待っていたせいで、何故か歩道に突っ込んできた車に轢かれてしまうだなんて。無視して渡っておけばこんな事にならずに済んだのに……全く以ってままならないものである。

 ルールや規則は無闇に遵守するのではなく、時には破る事も肝要なのだと今更痛感しつつ。


「……どこだここ」


 ──さて、前置きはこんなものだろう。

 先程まで横断歩道にいたはずの僕、松山まつやま 悠里ゆうりは現在、どういう訳か鬱蒼とした森の中に突っ立っていた。

 草を踏みしめる感触はやたらリアルで、木々の隙間を通り抜ける涼やかな風も、それらが運んでくる新緑の香りも、全てがクリアな現実味を伴っている。


(……血が付いてない。痛みも無いし、服にも身体にも傷が付いてないな)


 ぽふぽふとパーカーの布地越しに身体を触診しながらそう考える。突飛な展開だが、頭の中は案外と冷静だった。

 状況から考えて僕は恐らく死んだのだろうが、ここは地獄にしては緑が多いし、天国にしては緑が多い。一体どういう場所だ、ここは。

 一度死んだ事により、人生の第二ステージに進んだとでも解釈すれば良いのだろうか?


(まぁ考えても仕方ないか……どっかに他の人がいないか、探してみよ)


 一度大きく伸びをしてから歩き出す。

 まさか死んで森の中を探索する事になるとは想定していなかった為、コンビニ攻略用のラフな装備で来てしまったが、幸いここら一帯は起伏の少ない地形のようだ。

 整備された道などは見当たらないが、木漏れ日を頼りに道なき道を慎重に進む。


「お、あれは?」


 それから数分ほど辺りを見渡しながら歩いていると、樹葉の天井の無い、ひらけた空間が現れる。するとそこには、珍しい装いの男女数人組の姿があった。

 とはいえ、彼らの纏うそれらは決して得体の知れない格好などではなく……やたらと見覚えのあるような、杖やらマントやらのファンタジーなアイテムの数々だった。


(おや……? もしかしてここって)


 この世界の正体がなんとなく分かったような気がするが、それはともかくとして、これでこの森から脱出できるかもしれない。ほっと胸を撫で下ろし、ごほん、と喉のチューニングをしてから、


「……す、すみませーん! 助けてくださーい!」


 叫んだ後で、そもそも言語が通じるのかどうかも分からない事に気付いたが、彼らはその声に反応してこちらへぞろぞろとやってくる。


 剣を持った男性、大きな帽子を被った女性、鎧を着込んだ大柄な男性……ああもう間違いねえや、これは異世界転移だ。やったぜ。

 その中で、聖職者風のローブを纏った女性が周囲に何か指示をした後でもう一歩近付いてきた。


「フフ、今日はツイてるわね」


「わざわざすみません、ちょっと色々聞きたい事があっでぇ゛……っ!?」


 そして微塵の迷いも無く、彼女は手に持ったメイスで僕の頭をぶん殴ったのだった。

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