溶ける、冬
砂々波
第1話
彼女は、翅のない天使のようだった。
冬の粒子が、彼女の頬に溶け、紅く染める。
彼女の笑った唇から漏れる白い煙が愛おしかった。
なによりも、綺麗だった。
四月の初めだったわ。
早朝にバルコニーで入れる紅茶からまだ湯気が立っていた頃。
私は彼女が本物の天使でないことを恨めしく思ったわ。
自分の思考に囚われる私は愚かに見えるかもしれない、
でも、
何故かって、
さらさらになった彼女が、もし天使だったら、人間じゃなかったら
こんな形骸化した場所じゃなくて、
誰よりもあなたを愛している、私を愛していると言った私の部屋で、
その羽をきれいに開いて、刺して、止めて、
飾っておけたかもしれない。
きっと、どんな標本より綺麗にするわ。
虫嫌いなあなただもの、壁蝨の一つも寄せ付けないと約束する。
どんな標本よりも綺麗になるわ。
「天使が生きるには汚すぎる世界だった。」
あまりに綺麗に片付けられた言葉を、私は馬鹿らしいと笑ったわ。
あなたはいつも通り、そうだね。とほほ笑んだ。
その、ほんの少し後で、貴方は本当の天使になってしまった。
いとも簡単に、天に連れ戻されたわ。
海に費えた体が、天に上るかと言われれば、分からない。
海中で揺らめく日光のヴェールを纏った貴方もきっと綺麗だから。
でも、彼女は天使になると思った。
あなたが生きるにはこの世界は汚れ過ぎているから。
貴方には真っ白な世界で、紅く染めた頬だけが色を持つ世界で、生きていてほしい。
私は天使にはなれないから。
「…貴方が天使じゃなくて良かった」
だって、羽があったら私はきっとその羽を片方切り落としてしまうもの。
誰の仕業かも分からないように、そっと。
そして、上手く飛べないあなたを見て、腕を掴んで、体を支えて私は安堵するんだわ。
「ねぇ、もしあなたに羽があったら
貴方は私のそばを離れていったかしら?」
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海は何も答えてはくれない。
ただ、寄せては返す音の連続が、足をいざなうだけ。
「ねぇ、貴方はどちらへ行ったの?」
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…でも、きっと同じね。
あの紅色が見えないなら。どちらもきっと、代わりはしないわ。
拝啓 あなたへ。
あなたが死んだあと、あなたが選んだ海に行ったわ。
手紙も、不老不死の薬も、言葉も、何も残さなかったあなたと違って
私は全部用意して、
膝まで水につかったけれども、
以外と寒いじゃない。辞めてしまったわ。
私は、やっぱり人間みたい。
きっとどこまでも、人間なんだわ。
だからね、しばらくは生きていようと思う。
私は人間だから、
この世界で生きるのがお似合いなの。
貴方を忘れるわ。
あなたがいないここで生きるために。
この思考も、言葉も、あなたが好きな私も、
いつかぜんぶ波が攫いに来るその日まで、
溶ける、冬 砂々波 @koko_22
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