87.探索から始まる令嬢活動
最初に叩いた拠点を皮切りに、次々と近くの別の拠点にいたモンスター達が押し寄せてきた。
それでも当初は、本当に近くの拠点から集まってきているだけだろう、とタカをくくっていたのだけれど――とんでもない。
下手をすればエリア全体の敵がリンクしてきたのではないか、というほどの数が襲ってきたのだ。
あとになって掲示板を再確認してみたところ、本当に一つの拠点を殲滅すると、その後時間差でエリア中の各拠点の敵が警戒状態となり、殲滅した拠点へと押し寄せてくるらしいことが書かれていた。
単純に私達が見落としていただけだったらしい。
どうりで敵一体一体が弱いはずだよ。
並大抵のMPじゃ、あの数の大群を前に押しつぶされてしまうこと間違いなし。
少なくともレベル30程度では、やや苦戦を強いられてしまうことだろう。
まぁ、苦戦するというだけで、最終的にはエリア全体の敵と戦うことになるので、戦果はゼロか百かのどちらかしかない。
勝てばしばらくはエリア全体で敵がリポップしなくなることだけは救いか。
「はぁ……やっと敵の襲撃が収まったね……」
「結局、この辺り一帯の敵がほとんどすべてリンクして襲って来たね」
「周辺の敵は一掃できたようだし、日付が変わるまでは安心できますね」
「私が普通のクラスだったらね……」
「あぁ、その問題があったっ!? ……っと、危ないところだった……」
安心しきっていた鈴の背後から投擲ナイフが飛んできて、慌てて鈴が横に跳んで躱す。
投擲ナイフは、ちょうどその先に立っていた私に見事に突き刺さり、結構痛いダメージを受けてしまった。
しかも、【麻痺無効38】では防ぎきれなかったようで、久しぶりに麻痺が入ってしまった。
「ひゃっ!? や、ば……久々に麻痺った……」
相手の暗殺系スキルが高いと、【麻痺無効】スキルも麻痺を受ける確率を減らすだけになってしまうので、結果として運が悪ければ普通に麻痺をもらってしまうのだ。
「お嬢様大丈夫ですか!?」
「う、うん、なんとか……」
ミリスさんが慌てて私に駆け寄って、リフレッシュポーションで麻痺を治してくれた。
私がそうして立ち上がるころには、私の特性でポップした暗部系NPCはというと、私が倒れている間にフィーナさんやヴィータさん、それにサイファさんが倒してしまったようだ。
う~ん、頼もしい。サイファさんは元々だったけど、フィーナさんやヴィータさんも結構成長してきてて、弓使いのサイファさんとは趣が異なるものの、強さ的には同じくらいになりそうな感じだ。
「油断禁物ですよ、二人とも」
「ごめんなさい……」
「気を付けます」
サイファさんにたしなめられてしまった。
まぁ、今のは完全に私達が悪いか。
さて、それじゃ気を取り直してルルキアの丘の探索を再開しましょうかね。
「公式イベントの期間が楽過ぎた……」
「仕方がない。ハンナのユニーククラスは元々そういうクラスだったんだから。一緒にいると経験値が美味しいから、私的には問題なし」
「なぁんかマナさんみたいなこと言うね」
「事実ですからね」
「むぅ、アスミさんまで……」
まぁ、私も経験値的にはおいしい思いをしているからいいんだけど。
「草原地帯が続いているし、草花系の素材がいっぱい手に入りそう」
「大半は薬効成分もない、雑草や観賞用のものなので、きちんと見極めは必要ですけれどね」
「まぁ、そのあたりはどうにかなるでしょ……」
というか、今もまさに、私が欲しいと思っているものがここにある、と【観光】スキルの吹き出しで主張してきているし。
こういう時、本当に【観光】スキルって便利だよね。
「…………むぅ……。でも、なんかここにあるのって、薬効成分がある素材でも毒素を含んでいたりとかしてて、意外と扱いが難しそう……」
「そのあたりは本当に取り扱いに注意が必要ですね。下手をすれば、せっかく出来上がったVTポーションに毒の追加効果が付与されてしまったり、などということもあり得ますし」
なんだそれは。
「一応、VTポーションであることに違いはないですが……たとえ品質が良くても、毒素が入っていては使い物になりませんからね。そう言った素材で作る際には、ひと際注意が必要です」
「うん……十分に気を付けるよ……」
とはいえ、ここで手に入る素材は、そのほとんどが『VT回復・大』だったり、『MP回復・大』だったりと、これまでよりも効果がさらに1ランク上の素材ばかりが手に入る。
あとは、毒素ではなく、むしろ『DEFブーストII・中』とか、『最大VTブーストIII・長』とか、回復系の効果とは別にバフ効果もついている素材もあったりなんかして、割とよさげな素材が目白押しだった。
これらの素材はぜひ持ち帰ってPOTベースに作り替えて、安定してそれらの効果を付与できるようにしておきたいよね。
というわけで、バフ効果付きの回復ポーション素材は、見つけ次第内容を吟味して採取して回った。
「ふぃー、苦労した分収穫も大きかったよ……。さすがは主要都市、というか王都から結構離れた土地だね」
王都を出発したのが昼過ぎで、ルーカッドに到着したのがほぼ夕方。
場所的には、ヴェグガナークから宿場町ポトルガと同じくらいの距離が離れていた。
でも、ポトルガ周辺では薬草系の素材は手に入らなくて、大体が食材になる野草類しか手に入らなかったからなぁ。
この辺りは今後も、要チェックかもしれないね。
「この辺りで取れる素材は、モルガニアガーデンではいつでも入手できるようにと、育てている農家も結構多いのですが……」
「そうだったの!?」
それは知らなかった!
知ってたらこんな苦労はせずにもっとランクの高い素材とか入手で来てたかもしれないのに。
「ですが、栽培方法が難しいのか、環境の変化を受けやすいのか……。人の手を介すると大体、付加価値のつかない物しか育たないんですよね」
「あ~、そういうこと……」
ん~、でも言い換えると、付加価値をほかの材料で補うことさえできれば、別に問題はないということになる。
どちらにせよ、損してしまったことに違いはないか……。
「ちなみに、お値段はどれくらいなんでしょう」
「個人で使うとなれば一束当たり5本で2000Gといったところでしょうか……」
「結構値が張るね」
「まぁ、薬効成分がいい分、値が張るのは確かですけれどね。ただ、お嬢様のようにお店で大量に使うとなれば、契約を結ぶことになると思いますので、また変わってくるかと思いますが……」
あぁ、確かにそりゃそうなるかぁ。毎日店頭で買い占めされたんじゃあ、農家のNPCもかなり困るだろうし。そうなるのは必至か。
「いざとなれば温室で育てる素材を見直せばいいだろうし、しばらくは保留かな……」
「それもいいんじゃないかな。ただ、ここで採取する場合は、毎回さっきみたいに大量のモンスターと戦う羽目になるだろうけど」
「それだよねぇ、ほんと……」
それさえなければここはすごくよさそうな採取場所なんだろうけど……リンク特性のある拠点の密集地帯だからなぁ。
「敵のレベルが控えめだからスキル経験値的にもちょっとしょっぱいし……」
「手間のわりに得るモノが少ないし……私的には、この付加価値付きの素材は魅力的なんだけどなぁ」
なんだかんだで、今まではバフ効果付きの回復系ポーション素材って手に入ったことないから、できれば数は増やしたいんだけど……栽培して手に入ったものには付かなくなっちゃいそうっていうのがネックなんだよねぇ。
そこさえなんとかできれば、ここに足を運ぶ必要もなくなりそうなんだけど……。
どうにかいい方法がないものか……。
悩ましい思いを抱えながら、探索を終えた私達は一旦ヴェグガナークの屋敷へと戻ることにした。
どうにかしてバフ効果付きの回復系ポーション用の素材を量産できないだろうか。
そのことを翌日、私はエレノーラさんとのお茶会練習の席で、世間話的な話題の一つとして持ち出してみた。
すると、思った以上の反応が返ってきて、ちょっとだけ虚を突かれてしまった。
「バフ効果付きの、薬草の生育方法の確立ね……。確かに、面白そうではあるわね。今度のモルガン家で行われるお茶会の手土産にするには時間的に難しいものがあるでしょうけど、臭わせる程度なら話しても大丈夫そうかしら」
「えと、どうなんでしょう。まだ初めてもいないことですし」
そっかぁ、モルガン家でのお茶会が控えている今、そこで話題にできそうなことがあれば目を付けられるのは当然の話だったね。
すっかり失念していたなぁ。
「まぁ、とりあえずお茶会の日には話すだけ話してみなさい。うまくすればモルガン家の協力を得ることもできるし、相手の既得権益を無暗に侵害するようなことも抑制できるでしょう。話しておいて損はないはずよ。ミリス、あなたはどう思うかしら」
「そうですね……モルガン家でも、話に上がっている薬草類の生育方法については目下研究中です。バフ効果の薬効を保ったまま収穫期まで育てることに成功すれば、ドリスさんはじめ、伯父様も喜ばれるかと。総じて、ヴェグガナルデ家のご協力が得られるのであれば、諸手を上げて喜ばれるかと存じ上げます」
「そうよね。ドリスさんだけではなく、モルガン伯爵もきっと喜んでくださるわよね。まぁ、農業のことに関しては私はちょっとわからないけれど、【野草鑑定】スキルや【作物鑑定】があれば栽培中の作物が持ってる特性を調べることはできると聞いたことはあるし。ダメもとで試してみるのはいいかもしれないわね。私も手伝えることは手伝ってあげるわ」
「ありがとうございます、エレノーラさん」
ということで、バフ効果付きの薬草については、一応の研究の目途が立つのであった。
エレノーラさんは早速そのことについて考えを巡らせているらしく。
若干間をおいて、早速だけどと前置きをしてからこう切り出してきた。
「まず、欲しい人材としては品種改良が簡単にできそうな人材は欲しいわね」
「品種改良が簡単にできそうな人材……」
「まぁ、わかりやすく言えば農家かしらね。今度のお茶会で、ドリスさんを通じてモルガン領の農家の人を派遣してもらえる可能性もあるでしょうけど、それまでの間にできることをやっておくことも必要でしょうから、雇っておいて損はないわね。あとは、錬金術師もあまり品質が良くないけど、ある程度改良を加えた種を作ることができると聞いたことがあるし、いてくれると助かるわね」
「錬金術師……ミリスさんも確かできるんですよね」
「できますが、私にはお嬢様のお世話もありますので、あまり研究にばかり時間をかけるわけにもいきませんから。その辺りは、アスミさんに頼んでもいいかと思います」
アスミさんか……。
そういえば、種を錬金術で作れるっていうのは初耳だったけど、それが可能ならアスミさんに作ってもらうという手もあったんじゃないかな。ちょっとうっかりが過ぎたなぁ、私。
「あら。すでにそれらしい人が身近にいるのね」
「はい。アスミさんなんですけど……」
「あぁ、ここ最近あなたと一緒に行動している、あの新しい娘ね。……ふむ。身近な人がそうだというのならそれに越したことはないのだけれど……ちょっと彼女を引き入れるには問題があるわね」
「問題?」
「彼女、レクィアシス家に借金があるでしょ?」
「レクィアシス家?」
「レクィアシス伯爵家。レクィアスの公営カジノの経営者であり、またレクィアスの街の支配者ね。あなたがアスミさんと友人として接する分には問題ないけれど、借金がある状態で当家に出入りするのは問題がないわけではないのよ……」
「意図しないとはいえ、スパイ活動みたいなことをさせられる可能性があるから、ですか?」
「そういうことね」
ん~、確かにそういうクエストが発生しない、とは言い切れないか……。
でも、100万Gの借金だから、すぐに返せるとも言い難いんだよねぇ。
とはいえ、現状ではユニーククラスを引いたアスミさんほどに錬金術師として進んだ場所にいる人なんていないし……。
やっぱり、アスミさんの協力は欲しいところだけど……。
「いっそのこと、当家で肩代わりしちゃうのもありといえばありなのだけれどね……」
「何か問題でも?」
「いえ……あるというほどのことでもないのだけれど。確か、100万Gだったわよね」
「そうですね。それくらいだったと聞いてます」
利息が月割計算で毎月加算されていくけど、まだ月が替わっていないからそれプラススタート準備金代わりの借金で5000Gが加算されているくらいだったはず。
「払えないわけでもないし、公爵家の資金力からすれば端金だけれど、それでも大金であることに違いはないわね……。実行するなら本人とも面談をする必要はあるから、すぐにとはいかないわ」
「やっぱりそうなりますか」
面談でどんな条件を掲示されるかどうかはわからないし、そもそも彼女のクラスのシナリオもあるから、実行に移したとして成功するかどうかもわからないし。
「まぁ、彼女には私から話を持って行ってみるから、あなたは農家の人を引き入れておいてちょうだい。ついでに、街の西区にある農業地区が手つかずになっているから、あのあたりに土地を持っておくのもいいかもしれないわね」
「西区の農業地区……ですか」
「そうなのよ……もともと農用地のはずだったんだけど、持ち主のいない土地は前の地主がいなくなって以来、荒れ放題だったのよね……。異邦人が現れ始めてからは定期的に公爵家で人を用意して手入れをしてはいるのだけれど、ここ最近は買い手もつかない土地に投資し続けることに疑問視する声も公爵家の内部では上がってきているの」
だから、この際に私達がいっそのことその農用地を使ってしまおうというわけか。
まぁ、使えるものは使ってしまっても問題ないだろうし、そこは私も反対する理由はない。
「土地を使うとなれば土地代とかが必要になってくると思うんですけど……」
「地主がなくなって久しいと言ったでしょう。今あそこの所有者兼管理者はうちなの。公爵家所有の土地を、公爵家がどう使おうと問題はないわ」
なるほど。抜かりはないというわけか。
う~ん、そうなると私がルルキアの丘の素材を栽培するにあたって最初にやるべきは、農家の人の雇用になるわけか。
何気に公爵令嬢として動くことになったらしく、クラスクエストとして扱われたようだ。
どうやって動けばいいのかナビゲーションがあるのはいいよね。問題はその裏で隠しポイント的な別ルートがあった場合なんだけど……はてさて、どうなることやら。
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