82.再び、公爵令嬢として
さて、その後の話をしよう。
イベントボスの余韻に浸っていた私達だったが、イベント自体が終わったわけではない。
夕食や入浴を終えてからはやり残したクエストだったり、レクィアスを中心にタ・ロースの騒動で被害を受けた都市で新たに発行されたクエストだったりをこなしつつ、イベント終了までの時間をある人はランキング報酬目当てにせかせかと、またある人はイベントポイントやプレゼントコイン目当てにコツコツと。
またある人はそんな人達に影響されずにマイペースにのんびりと過ごしたりしていた。
かくいう私はというとマイペース派。というわけではなく。
「あいたッ、姉様、足を踏みましたよ。気をつけてください」
「……あぁ、残念。パートナーの脚を踏んでしまいましたね。では、もう最初からやってみましょうか。はい、ミュージックスタートです」
サイファさんが、ちょっと小さめのホールの壁際に用意された、何かしらのアイテムを操作して、曲を流す。
洋楽っぽいそれが流れると同時に、私はゲーム内の弟君であるオリバー・ヴェグガナルデ君にリードされて、リズムをとりながら社交ダンスを踊り始める。いや、踊らされている、というべきなのかなこれは。
「うわぁん、私もまだクエストやりたいですよ~」
「だから受けているではありませんか、奥様からのクエストを」
「サボっていたものは姉様ではありませんか。潔くダンスレッスンに集中してください」
というサイファさんやオリバー君とのやり取りを見てもらえればわかるように、滞りがちになっていた令嬢教育を、今晩からみっちりをやらされている状態である。
ちなみにこれ、サイファさんが言うようにエレノーラさんからのクエストという扱いには一応なっている。
ログインして、リスポーン地点が王都に設定されてるままになっていたためにログイン地点も王都の屋敷になっていることに気づいて。
イベントボスも終わったことだし、王都の構造も大体把握できたから、そろそろヴェグガナークに戻ろうかという話になって、ヴェグガナークの屋敷に戻ったら、エレノーラさんからの遣い――例によってエレノーラさん付きの次女リサさんである――がやってきた。
それでエレノーラさんが何か用があるらしいので行ってみたら――今やってる令嬢教育を、クエストという形で掲示されたわけである。
や、私もクエストなら、まだ受けなくても大丈夫かなぁ、とは思ってたんだけどね……。
エレノーラさんに倍プッシュされたイベントポイントやプレゼントコインなどの報酬。そしてサイファさんからの圧力に負けた次第です、はい。
「わざわざご褒美を用意してまで、受けなさいと言っているのよ? なのに再開してもらえないだなんて……もしかして、ご褒美が足りないのかしら。これならどう?」
「ハンナ様が今回の一件で、異邦人としてやらねばならないことも、一通り終わったとみてよいのでしょう? でしたら、此度の襲撃などで街に生じた被害などは下々の者に任せて、ハンナ様はしっかりと令嬢教育にお励みくださいませ。……よもや、何か理由をつけて逃げるような卑怯者ではありませんものね?」
などと、札束ビンタならぬ報酬ビンタをくらわされた挙句、サイファさんに元々切れ長な鋭い目を眇めて、厳しい視線を向けられれば私に否と言えるわけがなかった。
かくして、イベント終了間際のクエストの駆け込み受注に走る鈴やアスミさんを尻目に、私は屋敷でくるくると回らないといけなくなったのである。
そんなこんなで、イベントボスと戦ったその日の夜と、開けて翌日のイベント九日目。
結局、最後の最後でようやっと
時間的にお昼ご飯の時間間際だったので、結局街に繰り出すことはできなかったんだけどね!
なんとなくむしゃくしゃした気持ちを抑えるために昼食休憩のために一旦ログアウトしたところで、私は出かけ支度を整えている母さんと出くわした。
「あら、華。お昼ごはんなら用意してあるから、温めて食べてね」
「は~い……」
「あら、どうしたの元気ないわね……あ、さてはまたゲーム内で令嬢教育っていうのやってたんだ」
「そんなとこかなぁ。私もまだいろいろクエストやりたかったんだけど……」
「あはは……まぁ貴重な体験ってことで、割り切りなさい。最悪ゲームなんだし、どうしてもいやだったらログインしなきゃいいだけの話なんだから」
「それだけは絶対にや。せっかくあそこまでキャラ育てたんだもん、もったいないよ」
「それもそっか。それじゃ、私はちょっとお父さんと買い出しに行ってくるから」
「行ってらっしゃ~い」
鈴の配信のアーカイブを介して、お母さんたちも私のゲーム内での状況はある程度把握しているらしく。
私がゲーム内で令嬢教育に励んでいることも、すでに知っている。だからこその、今の会話である。
まぁ、お母さんが言うように、最悪ログインを少し控えたり、別のキャラを作ったりしちゃえば気分転換はできるのは確かなんだけどねぇ。
別のキャラを作ってゲームをするのも、なんだか今更かなぁ、などと思ってしまう今日この頃。
結局、キーアイテム欄にある『キャラリメイクチケット』は、未だに眠ったままになっている状態だ。
というわけで、なんだかんだぶー垂れても、私はこれからもゲーム内ではMtn.ハンナ・ヴェグガナルデ公爵令嬢として活動・活躍していくつもりである。
さて、気分転換も兼ねて昼ご飯も食べたし、軽いストレッチも終わった。
私は改めてファルティアオンラインを起動し、ログインルームへと移動した。
今回は、ゲーム内にはログインしない。
なぜなら――もうすぐ、今回のイベントの目玉の一つである、シグナル・9のゲーム内ライブが開園されるからである。
今はイベント九日目の、正午過ぎ。
厳密には、午後一時過ぎ。
ファルティアオンラインの記念すべき第一回公式イベントの、オープニングセレモニーが行われた時にもアクセスした特設サーバへと移動して、私はあの時と同じように周囲を見渡した。
オープニングセレモニーの時と同じように、サーバはいくつかに分けられているらしく、今回も参加しているであろう人数に比べてかなり少ない人数しかいなかった。
多分、あの時と同じように、鈴達側からはすべてのサーバが見えるような工夫がされているんだろうな、と思いつつ、私は鈴達が出てくるのを周囲のプレイヤー達と一緒に待ち続けた。
やがて、ミュージックのスタートともに袖から登壇してきた鈴達が、一斉にダンスパフォーマンスを魅せながら、オープニングセレモニーの時と同じように、『Mine times』を披露し始める。
『――♪――――♪』
「う~ん、やっぱりのせ方が上手だなぁ。これは私達も、見習わないといけないことだよね……」
「あれ……なんか見覚えのある人が……」
「おっと、それを言うのは野暮ですよ、ここにいるのは一プレイヤーであって、決してどこかのアイドルグループのメンバーということはありませんよ」
いや、そのリアルそのまんまのアバターでここにいたら、そんなこと言っても無駄でしょ。
まぁ、この人がそう言うなら私は特に何も言わないけど。本人も鈴達のライブを楽しみに来ているだけみたいだし。
『――♪――♪――♪』
「……そういや、検証班の一部が調合錬成とやらの習得の検証に入ったみたいですね」
なんか言われたし。
まぁ、露骨に話題をそらされた感はぬぐえないけれど、鈴達をライバル視しているユニットのメンバーだからといって無視するのも今はちょっと違う気がしたので、普通に受け答えするんだけど。
「検証班が動き出しましたか」
「まぁね。あいつら、ゲーム内のあらゆる物事を検証することにこそ命を懸けているって言っても過言じゃない、酔狂な連中だからね。まぁ、鈴さんやアスミさんの配信であれだけ大々的にヒントが広められたわけだから、調合錬成への道筋が丸裸にされるのも、時間の問題じゃないかな」
「まぁ、その前に【調合】スキルレベル100という大きな壁が立ちはだかるわけですけど」
「それですよね、問題は。俺も、上位クラスになるにあたって一番ネックになっているのがそこなんですよ」
確かに、と私は彼女に同調するように頷く。
『――――♪――♪――――――♪』
今回、クエストの一環でルケミカ融和剤を納品することになり、それが調合錬成をする際の必須アイテムであることに偶然か必然か、たどり着くことができてしまった。
しかし、それで一歩歩み出せたのはアスミさんただ一人であり、私達ほぼすべてのプレイヤーは、【調合錬成】というシステムに到達するにあたって、まずは乗り越えないといけないハードルが一つ立ちはだかっている。
それが、私が今言った【調合100】という条件である。
「ファルオンはクラスチェンジすると、それが上位クラスへのクラスアップであろうとも、PCレベルもろともクラスレベルが初期化される。だから、スキルレベル100を目指すとなると、必然的に上位クラスへのクラスアップを先延ばしにする必要がある」
「でもそれは、オンラインゲームというコンテンツにおいては、他のプレイヤー達に後れを取ることに繋がります。ジレンマですよね……」
「まったくだよ……」
しかも、一度ついたことがあるクラスですらそれなのだ。
一応、保険程度にサブクラスに旧クラスを移すことで、保存すること自体はできるんだけど……そんなことをしていれば、ただでさえ少ない通常スキルを取得するためのスキルポイントをより多く消費することに繋がってしまうことになり――まぁ、後は言わなくてもわかるだろう。
サブクラス枠をそんなことのために使うという行為は、総じて後々自分を苦しめる行為に繋がって来るので、忌避するプレイヤーが多い。
サブクラスは、メインクラスの得意分野により奥行きを持たせるためだったり、逆に苦手分野を克服するためだったり、そういうことのために用意されたような枠だからね。
あとは、普通に【調合】スキルを通常スキルとして取得するか、だ。
通常スキルなら、クラスレベルに関係なく育てられるからね。
多分、【調合錬成】を目指すなら、この方法が一番弊害が少ないだろう。
『――♪…………』
私達がそんな感じで、今回のイベントを通じて思ったことを話していると、気が付けば鈴達の新曲はもうアウトロに入ってしまった。
「いえ~いっ! シグ9、さいっこう! ハッピーなシグナル、どんどん送っちゃうよ!」
「…………、」
なんだこの人、ただの私達じゃん。
ライバルユニットの人だからって身内的にちょっと気を張ってたけど、なんか損した気分だ。
『特設サーバに集まってくれているプレイヤーのみんな、公式イベントお疲れさまでした! みんなは今回の公式イベント、楽しめましたか?』
「――――ッ!」
シグ9を代表して全プレイヤーにそう問いかける鈴。に、プレイヤー達は雄たけびをもって返答する。
う~ん、いろいろな声が合わさって、聞き取れないな……。
『あはは、声が多すぎて誰がなんて言ってるかさっぱりわからないですね……。さて、楽しかった公式イベントも気付けばもう終了の時間を過ぎてしまいましたね』
『ですが、公式イベントは終わってしまいましたが、まだ祭は終わってはいません。イベントの最後を彩る私達のライブ。ぜひとも、最後の一曲まで楽しんで行ってくださいね!』
『では、早速ですが次の曲、行ってみましょう。次の曲は――です。では、どうぞお聞きください』
ちょっとしたマイクパフォーマンスの後に、鈴達は早々に次の曲を繰り出していく。
そうして一つか二つ曲を歌ってはマイクパフォーマンスを披露して、それからまた曲を歌って――というのを繰り返して、大体2時間くらい、そのライブは続いた。
ライブ中は楽曲はもちろんだけれど、合間にはさまれたマイクパフォーマンスも実に盛り上がった。
メンバーたちがそれぞれの公式イベントでの立ち回りを振り返ったり、特別ゲストと称してゲームのプロデューサーである浅木さんが登場して、イベント期間中の裏話を披露して会場をわかせたりと、これがなかなかに箸休めになったのだ。
なかでも裏話の一つである、『タ・ロース・レプリカ』戦の裏話はプレイヤー達側にとってもちょっぴり『あぁ~』と思わされるような内容だった。
あの『タ・ロース・レプリカ』、実は当初はロボット物のアニメが好きなプログラマーの趣味が、ファンタジーという枠を超えない範囲でこれでもか、と盛り込まれていたらしい。
しかしさすがにそれはやり過ぎだ、どう考えても攻略させる気がないだろうと浅木さんがNGを出したんだとか。
ただ、発想自体はどれも捨てがたいものでもあったらしく、運営陣でも紛糾しまくった挙句、『投石魔法』『発熱』『目からビーム』という三つに絞り込んだんだとか。
ちなみに『投石魔法』『発熱』はタロスをモチーフにするのだから絶対に必要だとして浅木プロデューサーが盛り込んだもので、件のプログラマーが出したアイデアの中からは、『目からビーム』しか選ばれていないという。
それでもあの都市部への直接攻撃は運営陣も難易度がかなり高かろうということで、都市防衛率のランクはかなりガバガバの設定にすることで一応のバランスは保たせたのだ、という話に繋がった。
まぁ、ホントにね。あの目からビームの攻撃は防ぎようがなかったからね。
サイファさんを連れていたから、彼女の機転で止めることができたけど、それまでは止める手段すら考え付かなかったもんねぇ。
そうして、合間のマイクパフォーマンスでも楽しませてもらいながらも、鈴達のライブは大好評のうちに幕を閉じた。
何気にラストナンバーが新曲だったことも、盛り上がった要因の一つだった。
ラストナンバーで披露された新曲は、新しい世界とIFの自分をテーマにした、実にファルティアオンラインとのタイアップにふさわしい一曲だったと言っておこう。
さて、そうして公式イベント最後の大目玉であったイベントライブも何事もなく終了し、翌日にはまたゲーム内でもいつも通りの一日が始まることになる。
イベント翌日の今日は、月曜日ということもあり元々はフリーの日。だったのだけれど――
「おはようございます、ハンナ様。それでは、本日もフォーマルドレスにお召替えいただき、そうですね……本日はお茶会のマナーを実践を交えて履修していきましょう」
「わかりました。本日もお願いします」
イベント期間中で、すっかり令嬢らしさが損なわれてしまった可能性があるから、という名目で、今日から数日間は、夕方まで令嬢教育をやらされる羽目になった。
まぁ、お茶菓子はおいしそうなものがケーキスタンドに山ほど載せられてるし、ミリスさんが入れてくれる紅茶も最高だったから、とやかく言うことはなかったんだけど。
「ハンナだけずるい…………私も食べたい」
「一応テーブルマナーの講習ですので、鈴様もご同席なさるというのであれば、鈴様に設けていただくことになりますが……いかがいたします?」
「……いえ、ヤメテオキマス」
さすがにスイーツは気ままに食べるのが一番おいしいからと、後ろ髪を引かれるようにして去っていく鈴を見送りながら、私は再び始まった仮初の令嬢生活を謳歌し始めるのであった。
――ん~、ケーキ最高、ゲーム内だからいくら食べても太らない。ある意味、最高の贅沢だよね。
やっぱりユニーククラス継続してて、よかったぁ。
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