76.VSタ・ロースは意外とさっくり?
タ・ロースの攻撃は、その巨体を生かした地響きによる土属性攻撃のほか、ギリシア神話の自動人形タロスをモチーフにしているからか、魔法による投石攻撃も仕掛けてくる。
投石攻撃とはいうが実際には射撃攻撃にほぼ近く、放たれたそれは岩とは言えないほどの速さで私達に迫ってくる。
当たれば大ダメージは確定で、それだけにとどまらずノックバックとスタンによる一定時間の行動不能というおまけつき。
それが私達後方部隊に向けて撃たれるのだから、近距離戦で全身を発熱させることによる熱波ダメージも相まって、全距離対応型のボスといったところである。
いずれも当たれば甚大な被害がもたらされる、まさにレイドボス。
イベントのラストを飾るのにふさわしい、強大な敵だった。
「レイドボスというだけあって、VTもこれだけいっぱい攻撃当ててるのに全然減る気配ないし……本当にタフだね、こいつ」
「でも、水属性の攻撃は結構聞いてるみたいだよ」
「それはいいんだけどね。〈アイスランス〉、〈アイスランス〉」
隣で、MPポーションを飲みつつ水属性の攻撃魔法を放ち続ける鈴を横目に、私も同じように今使える中で最も強い水属性の魔法をどんどん連発していく。
といっても、元々【水魔法】はスキルレベルがまだそれほど成長しきっていないので、使える魔法も少ないのだけれど。
今回のレイドボス中に、より強い魔法が発現すればそれに切り替えることも考えているが、それはさすがに高望み。
今私にできるのは、下級魔法の中でも比較的威力が高い魔法を連発することである。
現在進行形で連発している〈アイスランス〉は、水属性の攻撃魔法の中ではやはり下級であることに違いないが、その中でも一つ抜きんでた威力を持っている。
反面、クールタイムも下級魔法ということがあってか、高い威力の反動でそれなりに長く設定されているようだ。
私の場合は、それでも貴族令嬢ということもあって上昇しやすいTLK値のおかげで、ほぼノータイムで〈アイスランス〉を連射できているのだけどね。
事前情報に合った通り、タ・ロースは金属製のゴーレムなのに弱点は火属性というちょっと変わった使用。
もちろん、アスミさんが使っている毒魔法も弱点ボーナスが入っているようだし、弱点自体は割と多く設定されているのかもしれない。
ただ、やはりイベントボスという役割は伊達ではなく、高すぎるVTに加えて、熱波ダメージの存在が、前衛組が弱点であるはずのかかと部分の釘に打撃を与えるのを巧みに防ぎきっている。
熱波ダメージはかなり高めに設定されているらしく、少し近づくだけで見る見るうちに前衛組のVTが減っていったのを、私も含めた多くのプレイヤーが愕然とした表情で見ていた。
ゆえに、今は前衛組には防御に徹してもらって、私達後衛組が魔法や弓矢でちまちまと削っているような状態である。
「あ、まず――」
「私に任せて。――それっ!」
扇子の真骨頂である、パリィボーナス。
攻撃を被弾する直前、私の体感時間は引き延ばされ、パリィに最適のタイミングでエフェクトがかかって、そのタイミングで弾けばうまい感じに打ち返せるということが視覚的にあらわされる。
そのエフェクトが表示されるのは、敵が放った投石魔法の弾速も相まって、ほんの一瞬の間しかない。それを見逃してしまえば、例え弾いたとしてもこのプレイヤーたちが密集した状態では、周囲のプレイヤーに被害が及んでしまう。
ゆえに、私はその一瞬のチャンスを逃せなかった。
果たして、投石魔法のパリィは――
「うまく、弾き返した――!」
タ・ロースが、自らが放った投石魔法をもろにその身に受けてしまい、押し倒される。そのアバターの上には、いくつかの星が円を描いて回っていた。
魔法の効果に含まれていたスタンが、発動した証拠である。
そしてその巨体ゆえに、ここからでもわかるその倒れ込んだ際の様相。
タ・ロースの巨体のは、分厚い氷が纏わりついていた。
まさかの、『お仕置きロンググローブ』に新しくついた、全身凍結のおまけまで発動してしまったようだ。
「やった、投石魔法の効果でタ・ロースのスタンをとった! チャンスだよ!」
投石魔法自体はタ・ロースが放った魔法。これに違いはない。
けれど、パリィをしたことで攻撃者がタ・ロースから私に切り替わった――つまり、魔法を奪った、とでもいうんだろうか、とにかくそんな感じのことが起こって、『お仕置きロンググローブ』の効果が発動したということなのだろう。
全身凍結の効果は、このゲームでは思った以上にえげつないことが、ヘルプを読んだことで判明している。
全身凍結状態が解除されるまで、スタンや眠りなど、行動不能系のデバフ効果を、『凍結が付与された後』に付与された者も含めて解除までの時間カウントを停止。そして、その上で凍結状態事態にも行動不能と各種回復阻害効果が付いているので、事実上行動不能時間を倍近く引き伸ばされたも同然の状態ということになる。
これで、ここのレイドボスはしばらくの間、起き上がることもできない。
まさしく、まな板の鯉といった状態だ。
「全身凍結だ。全身凍結が付いたぞ!?」
「うっそだろ、おい。あいつ、俺達の水属性魔法受けても全然凍結受けなかったのに……」
「ハンナ、注目集めてない?
「あはは……そうみたいだね…………」
イベントの最後を飾るボスということもあり、デバフへの耐性をてんこ盛りにされていたのだろう。
しかし、私の場合は『お仕置きロンググローブ』の効果により、全身凍結のデバフの最低発動確率が20%保証されている。しかも、それが二つ。つまり、期待値で言えば3割以上の確率で相手に凍結を付与することができるということになる。
一部凍結か、全身凍結かはわからなかったけれど、どうやら大当たりを引いてしまったらしい。
「皆さん、とにかく今はチャンスです。ボスが行動不能になっているうちに、どんどんVT減らしちゃいましょう!」
「……あぁ、それもそうだな!」
「行動不能系になったってことは、ダメージアップもついてるってことだし、こりゃボーナスタイムじゃねぇか。ここで貢献度稼がなきゃプレイヤー失格だろ」
「【激励】全員、総攻撃だ!」
「【激励】私達も行くよ!」
「言われなくても」
「どんどんやっちゃいましょう。〈アシッドブレッド〉!」
切れかかっていた声援系バフを、【激励】スキルで延長して、それで私もその総攻撃に加わる。
周囲のプレイヤー達とは野良ユニットを組んでいるわけではないものの、声援系バフはあって困るようなものでもなし。
私達は、凍結して動けなくなったタ・ロースに向けて一斉にそれぞれが持つ最大威力の魔法をどんどん放ちまくった。
やがて、全身凍結の時間が終了し、そしてその後にスタンの時間も終了。
成果としては上々で、タ・ロースのVTは今の短い時間の中でも3割ほど減らすことに成功しており、残りはおおよそ半分といったところになっていた。
そしてそれだけではない。
全身凍結が付いたおかげでタ・ロースの発熱による熱波ダメージもストップしていたらしく、前衛組は弱点の釘に集中攻撃を加えていたらしく、タ・ロースには新たに出血状態が付与されていた。
その出血状態の効果時間は、まさかの∞。そして南京錠のマークもついている。
南京錠のマークは、先ほどの全身凍結+スタン状態の時にも見たものだ。あれは多分、その状態異常が何らかの条件でロックされており、それがなくなるまで解除されないということだろう。
ほかに新たに掛かっているデバフもない以上、倒れるまで解除無しということになる。
おそらくは、モチーフとなったギリシア神話の『自動人形タロス』の弱点を、如実に再現しているのだろう。
なるほど、天使族の里の長が自信をもってそれが弱点だというわけである。
これで、私達の勝ちはほぼ確定したも同然である。
あとは、守りに徹するだけでこのタ・ロースは倒れることだろう。
「難所を超えたかな。あとは作業ゲーだね」
「だね。う~ん、元の状態の堅さが堅さだっただけに、ようやっとここまで来たか、って感じだよ」
「まったくですね」
とかく、これで王都へと向かうタ・ロースの討伐のめどは立ったし。
これだけ早く倒せたとなれば、もしかしたらダブル討伐も狙えるかもしれない。
皮算用に終わるかもしれないけれど、可能性があるならば狙わない手もなしということで、私は再度の全身凍結を狙って、再び〈アイスランス〉の連射をし始めた。
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