家族の肖像(「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス)

和泉将樹@猫部

どこにでもある始まり (お題「スタート」)

 書類一枚。

 それだけを提出して、いくつか確認があってそれが受理されると、それで終わり。

 何のことはないごく普通のお役所の対応。

 時間にしても十分もかからなかった。


「なんか……ものすごいあっさり終わっちゃったね」

「そうだね……拍子抜けするくらいだった」


 人生の一大イベント。

 たいていの人は一度しか行わないそれが、今終わった。


 それと同時に、これまでの関係も終わる。


 それは新しい関係の始まりでもあった。


「これで君と私は夫婦なわけだ」

「そう……だね。なんか実感……いや、それ自体はあるんだけどさ」


 数歩先を歩く彼女は、少しだけ弾む様に歩く。


 小規模ながら結婚式をやったのはほんの二日前。

 そして婚姻届けを出したのが、今日。


 それまでの恋人という関係が終わり、新たに夫婦という関係が始まった。

 それは、どこにでもある、誰にでもあるごく普通の変化で、世間的に見れば珍しいものではない。


 それが自分たちに起きた、というだけだ。

 何か大掛かりなイベントのように思えたそれも、その最後の手続きは本当に拍子抜けするほどあっさりとしていて。


 ただ同時に、それはとてつもなく特別なものだった。


「――くん?」


 呼ばれて、顔を上げる。

 ちょっと呆けていたらしい。


「大丈夫?」

「……うん、大丈夫。なんていうか……うん。これからもよろしくね」


 それに対する彼女の答えは、満面の笑み。


 家族も友人も全て祝福してくれた。

 何の迷いもないはずの、次のステップ結婚という段階に進むこと。

 その、ある意味あまりにも現実感のなかったそれは、本当にいいのかという迷いが、最後まで付きまとっていた。


 ただ、それが。

 その笑みで全て氷解する。

 この選択が間違いではないのだと。

 そして彼女とこの先も生きていくという選択が、正しかったと――。


 それだけは、確信できた。


「うん、私の方こそ、よろしくね。旦那様♪」


 突然変わった呼び方に、思わず戸惑いつつ――新たな門出にはいいのかもしれないと思わされた。


 ここから、おそらく有史以来幾度となく、そして無数に誕生してきた夫婦が、また一つ増えた。

 それはどこにでもあることであり、同時に一つの奇跡。


「きっと幸せになろう、一緒に」


 誰もが願う当たり前の願いを、この、新たな関係の始まりに願う。


 そうして。

 差し出した手を、彼女は迷いなく取ってくれた。



――――――――――――――

イメージは『天体観測』の二人ですが、名前は出してないので誰でもないかも。

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