ヤンデレ系陰キャ後輩と愛妻弁当
絹鍵杖
バトルスタート! 愛する(?)後輩を護れ!
「せんぱい。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
昼休み。学年が違うにもかかわらず、居場所なんて教えていないにもかかわらず――例によって例の如く、少年は後輩少女の襲来に遭っていた。
「だまれ。おれはこれから戦場に向かわなければいけないんだ」
いつもと変わりない後輩の姿を前にして、先輩と呼ばれた彼は拳を握りしめる。
その視線はまるで敵を前にしている勇者のように勇ましくもあり、追い詰められ、奮い立った臆病者のようでもある。
即ち、彼の言動が意味するものとは、
「なら、ちょうどよかったです。せんぱいの為にお昼を用意しましたので、ぜひどうぞっ!」
『ああん!?』
現実からの逃避だ。しかし、逃げること能はず。
(……今のでほぼ全員が反応したな)
チリチリと自分の背中に刺さっていくクラスメイト達による敵意の視線。それを受けながらも、彼は後輩の彼女にだけ向き合う。……そうすることで、彼は気づいた。
「わたしの手作りお弁当です。前回の生魚御膳の反省を活かして今回は乾きもの重にしてみました。せんぱいの好みはじゅくちしてますので、今回も気に入ってもらえると思います!」
「――――」
涙というか、頑張りに弱い彼である。
先輩に向ける瞳だけはキラキラと輝かせているくせに、その肩は緊張で震えていた。
彼のいる教室にやってくるため、彼女としては相当な無理をしている。それを悟った彼は、後輩から弁当箱を受け取りつつ、彼女の手を取った。
「……ありがとう。……その、まぁ……いくか」
彼女の作る料理は美味い。しかもただ上手というわけではなく、料理サイトを巡ったり料理本を購入したりして、日々料理スキルの向上に取り組んでいる。それは、毎日を彼女のために過ごしているつもりの彼には決してできないこと。
「おにゅ? やけにせんぱい素直ですね。でも匂いはせんぱいです……ぅ」
「ここでくっつくんじゃねえ」
元々料理をすることに興味なんて無かった筈だが、彼女によるそれらの好意はすべて、先輩である彼のため。
「ボディーガード」として後輩の好意を受け止めて良いものか。その答えについて悩んだこともあったが、いつか必ず来るであろう彼女の『本番』のため、彼は「練習役」としてその立場に甘んじることを決めていた。
覚悟の始まり、【スタート】はすでに置いてきている。
『覚悟! 嫉妬漆刀ぅぅぅ!!』
「名前が安直だっ!」
反撃を素直に喰らったクラスメイトは武器ごと吹っ飛んでいったが、生憎と彼に敵意を向けるのは今襲ってきたクラスメイトだけではない。
『名前が安直、だと……! シンプルイズベスト! 安直のどこが悪いっ!』
何より、彼ら嫉妬に狂うクラスメイトは吹き飛ばされた程度で気絶するようなものでもない。
少年は、拳を握りしめた。今度はより堅く、強固に。せめて、気絶くらいはさせられるように。
「せ、せんぱい。……あ、あの、……そ、の」
と、彼の身体を盾にして彼に抱きしめられるようにクラスメイトの襲撃から護られていた後輩が、顔を真っ赤にして彼の制服のボタンに指をかけた。
先輩に声をかけ、誘うまでが彼女の精一杯らしい。彼の腕の中で彼に声をかけた時よりも一回り以上小さくなった少女は、彼の存在をより強く感じながら、ただあたふたと目を回していた。
『テメェ人ん前でイチャイチャしてんじゃねえぞコルァ!』
それを目にしてさらにヒートアップするクラスメイト。
少年は後輩を解放しながら、「先に行ってちょっと待っててくれ」と制服のネクタイを緩める。ようやく、臨戦態勢だ。
『上等だ! テメェが次に食べんのは愛妻弁当じゃなくて病院食だってことを教えてやラァ!!』
「……あ、あいさいべんと……」
さらに燃えて熱くなる敵を前に、背後に照れて赤くなる後輩を背にしながら。
「食前の軽い運動、スタート……ってな」
炎神の如き火力で始まったこの騒動は、翌日の朝礼で取り上げられるほど話題になり、風紀委員会の介入がなければ校舎が半壊していたかもしれない、とかなんとか。
ヤンデレ系陰キャ後輩と愛妻弁当 絹鍵杖 @kinukagitue
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