第32話 乂阿戦記1 第六章- 灰燼の覇者阿烈とケルビムべロスの虎-6

その日ナイトホテップことサタン・ドアーダは普通の身なりをしていた。


いつも全身に巻いている修行用の呪術包帯とナイトホテップの仮面を取り外し高級なスーツを着て獅鳳達の来席を待っていた。


獅鳳は恐怖なのか緊張なのかわからなかったがとにかく嫌な感じがしていた。


だがここで逃げ帰るわけにはいかない。


彼は覚悟を決めて応接室へと向かった。


ドアをノックすると中から返事が返ってきたので中に入った。


そこにいたのは40代くらいの男だった。


口髭を生やした身なりの良い紳士だ。


その男は獅鳳に気付くと立ち上がり、笑顔で手を差し出してきた。


「…お前が獅鳳か?俺がお前の父親サタン・ドアーダだ。地球では永遠田・左丹と名乗っている」


とても優しそうな笑顔だった。


それが逆に怖かった。


だが獅鳳は勇気を出して握手をした。


手が汗ばんでいることに気付かれないか不安だったが彼は何も言わなかったのでほっとした。


獅鳳に続き彼の兄貴分狗鬼漢児や絵里洲も入ってくる。


「ようこそはじめましてだな。我が又甥狗鬼漢児、又姪狗鬼絵里洲」


そう言って笑う父親を見て皆少しホッとした様子だった。


どうやらみんな緊張していたようだ。


それもそのはず、相手はドアダの真の首領と言われるナイトホテップなのだ。


だがその雰囲気に臆することなく話を切り出す少女がいた。


その少女とは絵里洲である。


彼女はまずこう切り出した。


「あ、あの不躾だと思うけどごめんなさい。どうして今まで獅鳳君に会ってあげられなかったんですか?彼ずっとお父さんに会いたがってました……」


いきなり核心をつく質問にその場の空気が凍ったように感じた。


その空気の中父親はゆっくりと口を開いた。


「……それはな、俺が家族より自分の野心を優先させたからだ」


その一言に全員が凍りついたようだった。


いや全員ではなく一人だけ反応が違った。


獅鳳はその真実を知っていたのか驚いた様子はなかった。


むしろ納得したような表情をしている。


そしてそのまま父親の言葉を黙って聞いていた。


その場に居た誰もが彼の言葉を待った。


しばらく沈黙が続いた後ようやく続きの言葉が発せられた。


「……クカカ、リュエルの事は愛していたがそれ以上に俺は自分自身の野望、天下取りを優先したのさ!自分のやりたい事が忙し過ぎてガキにかまってる暇なんざなかったってわけさ……ククククク」


突然笑い出した父親に対し一同唖然とした表情で見つめていた。


だがそんな中でも獅鳳だけは真っ直ぐ前を見つめていた。


そんな獅鳳の様子を見た父親が彼に話しかけた。


「獅鳳よ俺が憎いか?」


獅鳳は即答した。


「父さんの事はガープお祖父ちゃんからある程度聞かされていたからあまり驚かない。だけど許せないことがあるんだ」


その言葉に父親は興味深そうな表情を浮かべた。


「ほう、なんだ言ってみろ」


獅鳳は一息ついてから答えた。


「母さんの事だよ。なんで母さんを死なせたんだよ!」


そう叫んだ瞬間部屋全体が揺れた気がした。


それほど大きな声だった。


だがその言葉を聞いた父親は平然とした顔で言った。


「そうかそれがお前の本音か、ならば言おう。俺は全宇宙の勢力を相手に圧倒的優位たてるエクリプスと言う軍事兵器を欲した。それを制御し復活させる過程でエクリプスは暴走し結果リュエルは死んだ。以上だ…」その答えに獅鳳は怒りを露わにして怒鳴った。


「なんだよそれ!!そんな理由で母さんが死んだのかよ!?ふざけんな、そんなの納得できるかよ!!!」


獅鳳はその場で立ち上がり今にも飛びかかりそうだった。


だがそんな彼に対して父親は冷たい声で言い放った。


「ならどうする?この俺を殴り殺すか?お前にその覚悟があるのならやってみろ!」


その瞬間獅鳳の中で何かが切れたような気がした。


彼は拳を握りしめると思いっきり振りかぶって父親に向かっていった。


「うおおおおぉぉぉぉ!!!!!」


彼の拳が勢いよく振り下ろされた次の瞬間、彼の拳がナイトホテップの顔面を捉えた。


だがナイトホテップはその一撃をモロに受けても微動だにしない。


「……ぬるい!リュエルなら今の一撃で俺をノックアウトしてたぜ……もういいお前はもう俺の息子じゃない出ていけ。そして精々地球で普通の暮らしを送るんだな。」


そう言って彼を部屋から追い出したのだった。




(くそっなんなんだよあのクソ親父)


そう思いながら廊下を歩いていると曲がり角で誰かとぶつかった。


それは赤い髪の女の子だった。


彼女は尻餅をついた状態で痛そうにしていた。


それを見た獅鳳は慌てて彼女に手を差し出した。


「大丈夫かい?」


「あ、うん大丈夫!」


その少女は雷華だった。


雷華は獅鳳が実の父と面会すると聞いて、気になって会いに来たのだった。


そしてちょうどそこに獅鳳とぶつかってしまったのである。


雷華は差し伸べられた彼の手を掴み立ち上がった。


その時、雷華はある事に気が付いた。


「あ、あの獅鳳どうしたんだ?泣いてたのか?目が真っ赤だぞ!?もしかしてお前の父さんに何か言われたのか!?」


雷華は心配そうに彼を見つめた。


そんな雷華に対し獅鳳は涙ぐみながら答えた。


「いや、なんでもないんだちょっと目にゴミが入っただけさ」


「そうなのか?でも何かあったら相談してくれよな私達友達だろ?」


「ああ、ありがとう雷華ちゃん、じゃ!」


そう言うと彼はその場を後にした。


残された雷華は彼が去った後、一人呟いた。


「あいつきっと何かあったんだ!一緒にいた絵里洲に聞いてみよう!なんか分かるかもだし…」




一方その頃獅鳳と別れた後の狗鬼漢児はと言うと……


「よう、大叔父貴……」


「フン、なんのようだ漢児?」


彼は人気のない廊下でナイトホテップに声をかけた。


「……あんたひょっとして獅鳳に勇者をやめて普通に生きて欲しいのか?だからわざとあんな厳しい事言ったんじゃないのか?」


するとそれを聞いたナイトホテップは少し驚いた顔をした後、小さく笑った。


「……フハハハハ、まさかこの俺がそんな事を考えているとでも思っているのか?そんなはずないだろう俺はただ奴に俺の生き方を語っただけだ。奴が俺と同じ道を進むか敵対するかはあいつが決める事だ」


それを聞いて狗鬼は言った。


「……そうか、つまりアンタは獅鳳を舌先三寸で丸め込むんじゃなく、堂々と自分の生き様をぶつけアイツに選択をさせたってわけだ……」


「フン、あんなヒヨッコ舌先で丸め込んだところで何の得がある?」


「ん?アイツ翠の勇者で現時点の実力もかなりのもんだぜ?多分ボマーあたりなら封獣抜きでも結構戦える戦力だ…。仮面で隠しちゃいるがその顔大分腫れてんじゃないかい?」


それを聞くとナイトホテップは顔に手を当てた。


そしてしばらく考えこむと言った。


「……まあ、そうかもな……だが死んだリュエルは獅鳳が勇者になる事は拒んでた。俺の野望にゃ理解を示したが息子がエクリプスにかかわるのは断固反対だったようだ……」


「それを獅鳳に言ってやれよ!!なんで言わないんだよ!?」


「くだらん、アイツにも言ったが家庭なんぞより自分の野望が大事なのさ。……お前、まさかと思うが俺のことを実はいい奴だとか甘っちろいこと思っちゃいねぇだろうな?」


そう言われると狗鬼は答えた。


「ああ、思ってないよ。何せエクリプスだなんて物騒なもん復活させようって極悪人だ」


「ククク、その通りだ。だが覚えておけ漢児、この世界にゃ俺みたいな悪党がゴロゴロ転がってる。ここスラルは平和な地球じゃなく戦国時代真っ只中だ!どこの勢力も大義名分をそれらしく掲げた上で相手を出し抜き天下を取ろうと色めきたっている。忘れるな。ここは修羅地獄世界だ。そんな中じゃあ甘いことは言ってらんないぜ?なんせ俺等みたいな奴はどんな手を使っても勝たなきゃいけねえんだからな。弱肉強食、それがこの世界の理だ」


「……ここはいつ戦争が起きてもおかしくない世界か……戦争はいざ始まったたら善悪関係なしに勝たなきゃならねぇ、負けたら何もかも丸ごと全部かっさわられちまう……認識が甘かったな……まさに修羅地獄世界だ……」


「そう言う事だ。だがな漢児よ、こんな世界に生まれ合わせたのなら、天下の覇権を狙ってみるのが”男”ってもんだろ?」


そう言われて狗鬼は思った。


(なるほど、大叔父貴は自分の妻の仇さえ利用して熾烈な覇権争いを勝ち抜こうとしているわけか……そりゃ獅鳳に親父面出来ないわな)


そう思いながら二人は互いに背を向け歩き出した。


「さてと、これからどうするかなぁ~……大叔父貴の言うことも一理あるけどやっぱり気になるしなぁ~」




その日ドアダでは大掛かりな緊急会議が行われていた。


ドアダが尖兵として利用しているタイラント族の領地で、乂族の民が反乱を起こしたのだ。


それに呼応するように阿烈の兵がタイラント族の領地に向け進軍を開始した。


乂族が保有する超大型移動要塞セリィラスヴェード号と20メートル級の戦闘ロボ100体がタイラント族の首都ティタントに迫ったのである。


これは阿烈が現在保有するほぼ全ての兵力だ。


「フン、乂阿烈め!こっちにはテメーの弟妹がいるってのにお構い無しにタイラントを攻めやがった!」


「先程乂族陣営より電報が届きました。かいつまんで話しますと遭難した弟達を保護していただき感謝する。これより我等は乂族の同志達の救済に向かう。事が終われば弟達を保護していただいたドアダと良き関係を築きたい。しばらく弟達をお預かり願いたい。じき迎えをよこす。…とあります。」


「やっこさんあくまで戦闘対象はタイラント族で俺達ドアダと事を構える気はないってか?」


「だがこのままタイラント族を見捨てるわけにはいかぬぞ?タイラント族とは戦闘協力の条約がある。それにここでタイラント族を見放せばドアダの傘下にある他の勢力はドアダの下から離れることになる…」


「旗艦パープルサキュバスと20メートル級ロボ200機を発進させろ!敵軍がティタントに攻め入ったら応戦しろ!反乱を起こした乂族の数は少ない。セリィラスヴェードからの援軍が無ければタイラント族だけで鎮圧できるはずだ。我らは協定に基づき防衛の手助けをするだけだ。まぁ表向きの話だがな……。阿烈が前線に出張ってくるかもしれん!7将軍の誰が出撃する?」


「はいはーい!私が出るわ!」


そう言って名乗りを上げたのは邪神ナイアルラトホテップであった。


「よかろう!行ってこい!ただし負けることは許さんからな!」


「任せてちょうだい!あのバカ筋肉ダルマに身の程を思い知らせてやるわ!!」


そう言うと彼女は格納庫に向かった。


そして数十分後、紫紺の巨大飛行戦艦が動き出した。


全長1000メートルの巨大な船体に6本の主砲を装備。


さらにその巨体に見合うように多数の砲塔を備えたその姿は圧巻である。


その艦橋では艦長席に座るナイアルラトホテップの姿があった。


「おいナイア、本当に大丈夫であるか?相手は阿烈だぞ?」


副官に任命されたボマーが心配そうにナイアに声をかける。


だがナイアルラトホテップは余裕の表情を見せた。


「あら心配してるのね?でも大丈夫よ、私に考えがあるから」


「……そうか」


(まあ確かにどれだけ阿烈が強かろうと武道家1人で巨大戦艦や巨大ロボットの軍勢がどうこう出来るわけ無いのであるが……)


不安げな表情を見せるボマーをよそにナイアルラトホテップは一人ほくそ笑んでいた。

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