第30話 乂阿戦記1 第六章- 灰燼の覇者阿烈とケルビムべロスの虎-4

一方、狗鬼漢児は変に暴れることもなく、部屋で大引いびきをかいて眠っていた。


ノックがなり部屋に老人が入ってくる。


ドアダ首領ガープである。


「ふぉっふぉ、よく眠っておるわい」


狗鬼漢児の顔をのぞき込むガープ、どうやら漢児の顔を気に入っているようだ。


何せ曽孫だ。


漢児の頬を優しく撫でるガープだったが……次の瞬間漢児の姿が消えた。


「っ!?」


否、漢児が目にも止まらぬ速さでガープの真後ろに移動したのである。


「っとまあ、こんな感じかな爺さん?あんたが見せてくれた瞬間移動術はさ?」


漢児はニカっと愛嬌ある顔で笑う。


そしてガープの肩を軽く叩く。


「お前さんも使えたのか……」


流石のガープもこれには驚いた様子であった。


「ああ、そうだぜ。あの時爺さん使った足捌きを真似たんだ。いや俺格闘技とか武術が大好きでさ、あんな凄い移動術見せられたもんだからずっと頭の中であの動き方をトレースしてたんだ。あれは単純なスピードだけじゃないなぁ。絶妙に相手を困惑するフェイントがあって、相手に瞬間移動を錯覚させる高等技術だ」


「なるほどのう、確かに付け焼刃にしてはよくできてる。じゃが歩法は付け焼き刃で得られるものではないぞ?」


「歩法か……うん、そうだな、より模倣の練度を上げなきゃな……」


そう言うと漢児は目をつむり、ガープの歩法の模倣について考えを巡らす。


(やれやれ、とんでもない化け物が生まれてしまったようじゃな)


そう思いつつガープは漢児に本題を切り出す。


「わが曽孫狗鬼漢児、いやHEROアーレスタロスよ!うぬに問いたい。ヌシは正義のヒーローとして、あくまで我ら秘密結社ドアダに敵対するのか?それとも共にこの腐りきった世界を変えるために戦うのか!?」


ガープの問いに漢児は即答する。


「え?ドアダってマジで世界征服とか考えちゃってるの?俺のドアダに対する正直な印象はなんちゃって悪の組織なんだけど?」


「へ?」


ガープが素頓狂な顔で呆ける。


「え?だってドアダの世界征服戦略ってあれだろ?ユキチューブで人気を獲得して組織の誰かがアメリカ大統領なりましょうってやつだろ?それってただの動画配信サイトじゃん!」


「あ~やっぱりそこツッコんじゃうか……あのアホな案はヨクラートルとボマーの案なんじゃ」


「ぶっちゃけ俺、ドアダに対して敵対する理由がないんだけど?7将軍のヨクラートルは俺の親父でお袋が今もゾッコンだし、ボマーはアホだがいい修行相手でバイトで稼がせて貰ったし、ユキルちゃんは妹の親友で可愛いいし、イブさんは美人巨乳メイドロボで俺の性癖ドストライクだし、爺さんからは武術を教わりたいし……俺がドアダとガチで敵対するのっておかしくね?絵里洲も見つかったし後は地球に帰るだけなんだけど?……ってかむしろ敵対したくないんだけど?」


「……マジ?」


「うん」


しばし沈黙の後、今度は逆にガープが尋ねる。


「じゃったら、なんでワシらと戦おうとしておるのじゃ?」


「ん~最初はただ単に強くなりたかっただけなんだけどな……」


漢児は少し考えた後に答える。


「まあ今は単純に仲間のために戦いたいと思ってるよ。雷音、雷華、オーム、エドナ、アイツらとつるむのが楽しくて旅してたら、なんかここまで来てしまったんだわ」


「ふむ……そうか……正直ワシ個人はあの子供等を大人の争いに巻き込みたくない。だが悲しいことにあの子らはワシ等と敵対する組織のボスの身内なんじゃよ。まだ10代なりたての子供なのにな……ならお主はどうしたいんじゃ?」


すると、再び少し考えてから答えた。


「んーそうだなぁ……雷音とオームの後ろにいる大人たちを和平交渉だとかで説得できないかな?……いやいや、コレは門外漢の俺が口出しすべき問題じゃないな。多分お互い主張したい正義があって対立してるとかなんだろうし……いやでもやっぱり大人同士で話し合うべきだよなーうーん……とりあえず話し合いの場を設けてくれねぇか?まずはちゃんと現状を把握したい」


「……分かった、この話は一旦保留としよう。まずはお互いに誤解を解くことから始めようじゃないか。とりあえず雷音やオーム達は狂気山脈に登山に来てたが遭難したので保護してるって建前で乂家と覇星の使徒に電報を送ろう。そしてその上で会談を設けて改めて話合いをしようぞ!」


そう言って二人は握手を交わしたのだった。




その日乂家末弟阿乱は羅刹の部屋に呼び出された。


羅刹の部屋は広く、家具なども高級感溢れるものばかりだった。


羅刹は阿乱に椅子に座るように促し話を始めた。


羅刹の話はこうだ。


乂家の軍勢を率い和平交渉に見せかけて狂気山脈のドアダ秘密基地を強襲する。


「阿乱、乂家随一の頭脳を誇るお前の意見を聞きたい。」


羅刹は真剣な眼差しを阿乱に向ける。


阿乱は少し考えたのち口を開いた。


「まず大前提として、僕はもう戦争なんかしたくないです」


阿乱の発言を聞き羅刹の顔が険しくなる。


阿乱はその変化を見て慌てて補足をする。


「あ、いえ、別に戦いたくないわけじゃないんです。ただ僕が今やっているエクリプスに関する研究は争いじゃなくて平和の為の話し合いに使いたいだけなんです」


「そうか、お前はやはり優しいな。だが私はお前とは逆の意見なのだ。だから私の考えを聞いてくれるか?もちろん無理にとは言わないが……」


「はい」


「ありがとう。では早速本題に入るとしよう。私が思うに、今の我々はあまりにも力が足りていないと思うのだ」


「力ですか」


「そうだ、武力という意味だけではない。例えば情報力も、財力も、権力も、政治力も、経済力も何もかも足りない」


「でもそれだったら今までだって何もしてこなかったじゃないですか」


「まあ、そうなのだがな。ただ今回は少し状況が違うのだよ」


「どういうことですか?」


「今回我々がしようとしているはのは、あくまで交渉に過ぎないということだよ。」


「交渉……確かにそうかもしれませんけど、相手が応じるかどうか分からないですよね」


「ああ、その通りだ。しかしこれはチャンスでもあるんだ」


「どうしてですか?」


「もし仮に我々の要求を受け入れてくれるなら、それはすなわち奴らにとって脅威になり得る存在になるということに他ならないからだ」


「なるほど、そういうことですね!」


阿乱は納得したように頷く。


しかし羅刹は首を横に振りながらこう続けた。


「だがそれだけではない。今回の交渉でうまく行けば我々は強大な戦力を手に入れることができるかもしれないんだぞ」


「え、それってもしかして……」


「そうだ、スラルどころか地球にいる全種族を支配下に置くことさえできるかもしれんぞ」


羅刹の言葉に阿乱の背筋がざわつく。


「それはつまり僕達がエクリプスの力を得る為、神羅姉様を利用しようと言う事ですか?そんなのダメですよ!!」


「落ち着け阿乱、別にそういうわけではない。あくまでも可能性の話だ。それに、もしかしたらこの交渉自体が罠だという可能性もあるしな」


羅刹はそう言って阿乱を落ち着かせる。


阿乱は少し落ち着きを取り戻したのか、そのまま黙ってしまった。


そしてしばらくしてから再び口を開いた。


「……わかりました。それで具体的には何をするつもりなんですか?」


「そうだな、まずは我が軍の最強戦力を狂気山脈にあるドアダの秘密基地に乗り込ませてみるのはどうだろう?」


「乗り込むってどうやってですか?」


阿乱の問いに羅刹は意味深な笑みを浮かべ答えるのだった。






雷華は半泣きになりながら軟禁されてる部屋で膝を抱えていた。


乂家では特記戦力として期待されていたし、自分ならばドアダに攫われた羅漢を取り戻す事が出来るとも信じていた。


皆の期待に応えられると思っていただけに虜囚の身となった自分の姿がショックだった。


(私は……どうすればいいんだろう)


そんなことを考えていると突然部屋のドアが開いた。


そこには獅鳳が立っていた。


彼は雷華を見つけるとこう言った。


「雷華ちゃん、どうしたの?」


兄雷音と瓜二つだがまるで性格の違う少年。


雷華はそんな彼の顔を見て少し落ち着いたようだ。


雷華は彼に今までの経緯を説明することにした。


すると獅鳳は真面目な顔をして言った。


「大丈夫、俺が何とかするよ!」


その言葉を聞いた雷華は目に涙を浮かべながら頷いた。


それから暫くして獅鳳は部屋から出て行った。


雷華はその後ろ姿を見ながら呟いた。


「……あいつ雷音と同じ顔なのに優しいな」


そして何故か彼の事を考えると胸が高鳴る自分に驚きを覚えていた。




獅鳳は自分の部屋に戻ると、すぐにスマホを取り出した。


「もしもしイブさん?ちょっと相談があるんだけどいいかな?」


獅鳳はイブに連絡を取った。


イブとは以前連絡先を交換していたのだ。


イブは電話に出ると、いきなり要件を聞いてきた。


『あら獅鳳おぼっちゃま、一体どんな用事デスカ?』


「実はさ、雷華ちゃんがちょっとナーバスになってて、出来たらユキルさんや絵里洲ちゃん達と同じ部屋に移してあげて欲しいんだ。ほら、一人だと色々気が滅入るし雷華ちゃん真面目で考え過ぎちゃうとこあるし……」


『かしこまりまシタ。すぐ手配いたしマス』


電話越しに聞こえる声に獅鳳は違和感を抱いた。


彼女は全身機械のアンドロイドだと言う。


けどその声は機械の合成音声とはとても思えず、人間となんら変わりない温かみを感じる。


特に自分に対してそれは顕著な気がする。


そして自分は彼女と昔会った事がある気がした。


だがそれがいつどこでだったのか思い出せない。


そんな事を考えているうちに、部屋割りの変更が終わったようだった。


「ありがとうイブさん。助かったよ」


『どういたしまして、いつでも頼ってくだサイ!』


そう言ってイブは電話を切った。


獅鳳は自分のベッドに横になると目を閉じた。


これからの事を考えながら眠りについたのだ。


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