◆第二章㉕ 魔霊鎧装

 蛇の霊薬はザハールによって精製された呪いの霊薬エリクサーである。


 かつてダンケルは『蠱毒の試練』と呼ばれる地獄の苦痛を伴う試練を受けた経験があり、体質的にある程度の毒物を除去できるようになっていた。そのため、蛇の霊薬の恩恵を受け易い。ただ、そもそもが蛇の呪いが籠められた霊薬。本質的には、身体に良い物ではないのだが……。


 


「ハァアアァアァ‼ 気分はァッ‼ 最ッ高ッだッ……‼」


 一瞬、「ブンッ……」と、ダンケルの魔霊気はまるで全身を包む甲冑のような形を現した。


「……‼」


 グレースはコールソンに回復魔法をかけ続けていたが、初めて見たダンケルの姿に驚き、目を見開いて言葉を失う。


 トーマスとザハールも目を見開き、驚く。


「あ……あれは⁉ あれが、『魔霊鎧装まれいがいそう』⁉」


 誰に問うわけでもなく、トーマスが口にした。


「けひっ……ひぇっひぇっひぇっ……研ぎ澄まされた魔霊気は、各々が持つ魂の鎧を顕現化する事がある……。魔法使いだろうが戦士だろうが、真の強者が重武装を必要としない理由じゃ……‼」


 ザハールは目を見開いて、興奮気味に得意気に語り出した。


「魔霊気は本来、卓越した魔導師が視覚に魔力を重ね、集中した時に見えるもの。通常の視覚で見えるものではない……。爆発的発動が起きた時、魔力の波動が広がって、一瞬見える事がある……」


 ザハールがダンケルを指差す。


「波動が落ち着いた今、貴様には見えておらんじゃろうが、常にあの見えない鎧がダンケル様を包んでおるぞ……‼」


 ザハールが魔力を視覚に集中すれば、ダンケルが常に魔霊気の鎧=魔霊鎧装まれいがいそうを身に纏っているのがかろうじて見える。それが魔法を得意としないトーマスにも一瞬見えたのだ。それだけのエネルギーを放ったという事である。


 


 サイクロプスは一瞬、ダンケルから発せられた魔力の波動に気圧されたが、一瞬ニヤリとした。魔物にも表情があるのだ。サイクロプスの1つ目は高い魔力を有する目。

 サイクロプスには常にダンケルが魔霊鎧装まれいがいそうで包まれているのが見える。それは即ち、魔霊鎧装まれいがいそうの脆い部分も見えているという事だ。


 ブンッ‼ ズザンッ‼


 サイクロプスが渾身の斬撃を薙ぎ振るう。サイクロプスの斬撃は速く、先程はダンケルですら油断して直撃したが、ダンケルは難なく躱し、斬撃は地面を割った。


 ブンッ! ブンッ‼


 サイクロプスの斬撃をダンケルは次々と回避する。「躱すだけか⁉ それでは俺を倒せんぞ!」とでもサイクロプスは言いたげに見える。ダンケルも歯を見せて嗤っている。


 サイクロプスは地面の岩石を狙ってフルスイングした。


 バゴオォンッ‼


 岩石が流星群のように飛び散り、ダンケルはノーガードで直撃を受けた。


 ガガガガガガ…‼


 質量によって少し後退しているが、ダンケルの魔霊鎧装まれいがいそうは、ほぼノーガードで岩石の直撃を防ぎ、ダメージが通らない。

 細かく飛散した岩石の粉塵によって、再びダンケルの魔霊鎧装まれいがいそうが姿を現したように見える。飛んで来る岩石には魔力が〈籠められていない〉ため、ダンケルの魔霊鎧装まれいがいそうを貫通できないのだ。


「クハハッ‼ 今はシャワーを浴びる気分じゃねぇよ‼」


 鎮静魔法を解除し、蛇の霊薬を使用したダンケルは、別人のようにテンションが上がっている。


 ダンケルは、サイクロプスに向かってジグザグにステップを踏みながら接近して行く。


 シュンッ! シュンシュンシュンシュンッ‼


 突然、ダンケルの姿が闇に紛れた。闇の帷魔法『ヴェルム・ソンブラ』を使ったのだ。闇の帷=闇の衣で光を吸収し、光の拡散をゼロにして暗闇に紛れる魔法だ。


 しかし、これはサイクロプスも落下してくる時に使用した魔法。サイクロプスはこの状況に適応できる。しかも高い魔力を有する『サイクロプスの目』にはあまり意味がない。サイクロプスの目には、サーモグラフィのようにダンケルから発せられる魔霊気が見えている。


 一瞬、ダンケルの魔霊気のシルエットが強い閃光を放った。サイクロプスは瞬時に大鉈を振り下ろす。


 バゴオォンッ‼


 そこにはダンケルの姿はなかった。サイクロプスはダンケルを見失っている。優れた魔力の目を持つあまり、視覚に頼り過ぎていたのだ。


 ダンケルはサイクロプスが魔霊気を見ている事に気付いていた。そのため、一瞬出力を高め、閃光を放つように魔力を発し、直後に魔力の出力を抑えてゼロにし、魔霊気のシルエットを見えなくしたのだ。


 魔力を使わない状態では、純粋な身体能力に頼るしかない。しかしダンケルは魔力を使わずとも、高い身体能力を誇る。

 さらに足音も限りなくゼロにするスキルを持っていた。『デッド・サイレンス』である。闇に紛れ、足音も出さず、魔力の痕跡も残さない。これがダンケルが盗賊団の頭領たる所以だ。


 ダンケルは魔力出力ゼロの状態で素早くサイクロプスの後ろに回り込んでいた。


 闇の帷の暗闇の奥底にダンケルは潜む。蛇の霊薬でテンションが上がっているとはいえ、無駄に騒ぐ事はない。彼は至極冷静で無表情である。


 ダンケルはサイクロプスを確実に仕留めるため、後ろから脚を切断する事も考えたが、それは止めた。ザハールのオーダーはサイクロプスをできるだけ傷付けずに殺す事だ。


 ダンケルは確実かつ、最も傷付けない方法でサイクロプスを殺す事に決めた。


 ここから瞬間的かつ爆発的に、『月下の剣』に最大出力の魔力を籠め、背中側から一気に心臓を突き刺すつもりだ。


 シュンッ と静かに跳び上がり、5メートル以上の高さにあるサイクロプスの心臓目掛け、剣先に最大限の魔力を籠めて一気に突き刺す。


 ブシュウゥッ‼


「グォオォオオォオォ……‼」


 背後から心臓を突き刺され、サイクロプスは前のめりに倒れた。「ズズン‼」と地響きが鳴る。そのままダンケルはサイクロプスに乗り上げた状態だ。


「ククッ。残念だったなぁ。魔物。生憎、正々堂々と勝負するつもりはないんでね……」

 

 

 

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