◆第二章③ 俺とボク

「ン! ン~!」


 俺はそこでようやく、初めて見るパグ犬くらいの大きさの動物に気付いた。


 クッションか何かと思っていた。


(何だこいつ? かわいいけど初めて見たな……ぬいぐるみみたいでかわいいな)


 そのかわいい動物を見て、俺はホッコリした。撫で撫でしてみた。


「ふ、ふわふわだぁ……」


「ン~!」


 俺は心の底からホッコリして癒された。撫でられたこの子も嬉しそうだ。


(あれ……? なんか見覚えある顔してるなぁ……まぁいっか)


 癒された俺は、小難しい事は考えず、楽観的に考えるようにした。


(今深く考えても無駄だ。これはきっとゲームだ! 新しい体験型のゲームに違いない! 今だけだから、アレが無くなってたって、きっと元に戻るさ‼)


「この子、お名前は何て言うんですか?」


 何気なく聞いたその一言にお姉さんはショックを受けたようで、少し後ずさりして心配そうに俺を見つめた。


「ど、どうしよう……アルル。アルルの事も忘れちゃったの?」


 お姉さんが絶望的な眼差しで呟いたが、俺はアルルに夢中だった。


「……アルル……アルルかぁ~。よろしくな~」


「く~ん……」


 気持ち、アルルも悲しそうな表情をしたように見えたが、俺はアルルの手触りが気持ちよくて『もふもふ』して、少し気遣いがなかったかも知れない。


「も、もしかして、私の事も覚えて……ない?」


 お姉さんが絶望的な表情で言った。


「……ご、ごめんなさい。本当に……記憶喪失……みたいで……」


 お姉さんは今にも泣き出しそうだったが、気丈に振舞ってくれた。


「……あっ、ごめん。ごめんねレイリア。泣きたいのはレイリアの方だよね……ごめん。わ、私は……私はブラダ……私達は姉妹のように育ってきたの……」


 俺は咄嗟に閃いた。覚えていた事にしよう。嘘も方便だ。


「ブラダ……あ! ブラダ! ブラダの事は覚えてるよ! ごめん! 頭打って一瞬飛んじゃっただけなの! 大丈夫だよブラダ!」


 俺は手を合わせて「ごめんなさい」のポーズをした。


「……ほ、本当に? そ、それなら良かった……」


 ブラダは一瞬戸惑いの表情を見せたが、そう応えた。


 俺自身はかわいいアルルを撫でた事で気分が癒されて、気持ち的にも落ち着いてきた。


(そう言えば『あの子』……あの子は無事だっただろうか……)


 俺はこの世界に飛ばされてきたのだろうと理解はした。だが、元の世界で最後に出会った少女の事を思い出し、心配になった。


 だけど、今はそれを考えている余裕はない。とにかく動かないと。


 俺は立ち上がって、衣服をポンポンと叩き、周囲を見回してみた。


「うぉ!」


 今更、魔物の死体がある事に気付いた。そういや、何かくせぇ気はしてたんだ……。


「うわ! うわ! ななな、何アレ⁉」


 魔物とはいえ、人型の生き物の死体を初めて見た俺は、軽くパニックになり、慌ててブラダの方に向き直した。血の気が引いて行く思いがして、また気絶しそうだった。


「レ、レイリア、落ち着いて! あのトロールはもう死んでるから! 大丈夫!」


「え? え? ト、トロール⁉ し、死んでるから大丈夫……⁉」


(死んでるから大丈夫って何だよ⁉ 死んでるの大問題だよ! 死体だよ⁉ 死体! 初めて見た! 恐い! 気持ち悪い!)


 俺は頭の中がグルングルン混乱を起こしたが、「……あ、でも魔物だから死んでた方が安全か! そうだ! ここはそういう世界なんだ!」と思い直した。


 この間、体感では結構長かったが、案外数秒と短い時間で頭が回転していたようだ。


 そ~っと改めて見てみる事にした。恐る恐る後ろを振り向く。


「うわぁ……グロぉい……」


(ブラダちゃん……こんなヤベェ場所にずっといたんスか……? ブラダ、スゲ~)


 と、ブラダをリスペクトする気持ちが湧き上がった。


「立ち上がって大丈夫? 目眩はない?」


 ブラダは母親のように過剰に心配してくれていた。


「だ、大丈夫ッス! 俺、この通り元気!」


 俺は両手でガッツポーズして手を上げ下げして元気をアピールした。


 考えてみたら、今の俺は、こんな言葉遣いは似合わない可憐な美少女だった。


「それなら良いけど……もう~! 何なの~? その喋り方~!」


「あ……わ、私は元気よ!」


「……。レイリアぁ~」


 再びブラダは泣きそうになった。


「あ、ごめん! ほんと、記憶喪失みたい……なんです! ワタシ、いつも、何て自分の事を呼んでましたっけ⁉」


 少しテンパって、カタコトになる。


「……。本当に忘れたの?」


(俺でも私でもない……まぁ俺のわけないけど……)


「うち?」


 ブラダは首を振る。


「あたい?」


 ブラダは下を向いてリアクションも取らず、黙って聴いている。


「え~、えーっと……、あーし⁉ ワシ⁉ わらわ? あた……ボク?」


 適当に思いつく一人称を言ってみた。『あたい』を二回言いかけて、最後の『ボク』の辺りでブラダがハッとしたように見えた。


「ぼ……ボクって、ボクだよね⁉ ね?」


 ブラダは無言で頷き、涙を拭った。良かった。『ボク』なら俺も普段から真面目ぶって喋る時に使ってたから、言い易い。これなら上手く話せそうだ。


 相当参っていたのか、ブラダはこんな適当に連呼しても受け入れてくれた。


 話の内容を理解していたのかわからないが、アルルも嬉しそうに飛び跳ねていた。


(いや、そもそもこの世界の一人称、日本語と同じ数あんのか? とりあえず、『ボク』に対応する一人称がこの世界にもあるって事だな……)


 どうやら、この世界にない言葉を発した場合は、日本語の発音のまま聴こえているようだ。そして、レイリアというこの肉体が学習してきた言語は無意識的に自分で発する事ができているのだと気付いた。


(バイリンガルの人の思考ってこんな感じなのかな? てか、ボクっ子で草)


 と、俺は心の中で呟いた。悪い癖だ。


「ねぇ、改めて聞くけど、ブラダ。どうしてボクの耳、尖ってるの? 髪も白いし……」


「レイリアはね、ハーフエルフなんだよ?」


「……は? ハーフエルフぅ~⁉」


 俺は目がグルグル回るような感覚を覚えた。


「あはは……自分の事なのに、そんなに驚く?」


(エルフとか、そんなのマジでいるのかよ⁉)


 色々と理解が追い付かないが、少しずつ自分自身の事と、この世界の事を学んでいくしかなさそうだ。


 とりあえず、トロールの死骸が気持ち悪いし、こんな場所には居続けられないので、この不気味な大広間=『祭壇の間』から出る事にした。

 

 

 

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