◆第一章② 魔狼(First BATTLE)

 日中、ハイマー村の周辺の森を、警戒しながら男3人と女1人の冒険者パーティーが歩いている。鬱蒼と茂った森の中は薄暗く、木漏れ日がわずかに地面を照らし、苔についた水滴がキラキラと光り輝いて見える。

 ここから見える山あいの谷の周囲には、空を浮かぶ【浮遊岩】が見え、不思議な光景を作り出していた。

 この地域の浮遊岩には植物の根や蔦が絡み、空中で固定されているものが多く、風に流されて落ちたりする事はなかった。

 木々の隙間からは3つの月が見える。地球の月と同程度の月と、より大きな蒼碧色と緋色の月が、それぞれ半月となって空に浮かんでいる。


 


「キャー――――――ッッ‼」


 山奥の森に女性の叫び声が響き渡り、森の中を歩いていた男達は即座に叫び声の方に向かった。紅一点のスプレンディッドがリーダーのハーディーに声をかける。


「ハーディー、今の声って⁉」


「あぁ! さっきの行商達だ!」


 4人は物凄いスピードで山中の森を走り抜ける。


 


 先頭を走るハーディーと呼ばれる男は28歳の若きリーダーだ。

 背が高く、日焼けした肌に無精髭で端正な顔立ちをしている。短めの髪型で側頭部を刈り上げ、襟足には3本、15cmほどの細い三つ編みがある。

 全身は茶褐色に青紫の差し色が使われた冒険者の装束に身を包む。

 腰の両側に『鶻影こつえい』と『鷹鸇ようせん』という剣を下げ、背中に2本、『鳳翼双剣ほうよくそうけん』を交差させて差し、合計4本装備している。


 ハーディーに声をかけた女は、魔女のスプレンディッド。24歳。

 全身黒とワインレッドを基調とした装束で、黒髪のロング、色白の肌でキリッとした顔の美女だ。紅い口紅で色気がある。

 二の腕、胸元、腹部、太腿は肌が露出し、短いスカートにニーハイのタイツ、ブーツを履き、先端に紅い宝石が付いた魔法の杖『紅玉こうぎょく魔杖まじょう』を手にしている。


 三番目を走るランバートは最年少の小柄な青年で、19歳。

 アーチャー(弓矢の射手)である。少しパーマがかったアッシュグリーンの髪で、目が大きくかわいらしい顔をしている。

 高級な糸で編まれたオリーブグリーンの装束に身を包み、手には銀色で高級感のある『銀隼ぎんしゅんの弓』を持ち、背中に〈魔法の矢筒〉を背負っている。


 最後尾のアインハードは細身で金髪の26歳の貴公子である。美男子だが、そこそこ鋭い目つきをしている。

 全身、青とシルバーを基調とし、差し色にゴールドが入った貴族的な高級感のある装束に身を包み、左腰に細身の剣『白鳥のレイピア』を下げている。


 


 4人が声の場所に着くと行商の馬車があり、男女1人ずつ犠牲者が出ていた。2頭の馬は倒れているがまだ息がある。残った2人の男が剣を構え、周囲を警戒している。犠牲者の女性は上半身が無く、男性は顔から腰にかけて大きな爪痕が残り、顔面はグチャグチャで判別不能だ。


「クソッ……」


 ハーディー達は眉間に皺を寄せ、悔しそうな顔をしている。


 ランバートが行商達に声をかける。


「一体何があったんですか?」


 髭を生やした行商の1人が震えながら応える。


「あ……あ……き、巨大な獣のモンスターだ。まだきっとそこら辺にいる……! あ、あんたら、どうにかしてくれ! 金なら出すから……!」


「あ‼ ……あ! あ!」


 もう1人の行商が怯えた顔で指を差した。


「グルルルルルルルルル……」


 全身黒っぽい光沢のある筋肉質な肌の、巨大な黒豹……いや、毛のない狼のようなモンスターが数十メートルほど離れた岩の上からこちらを威嚇している。体長は5メートル程で肉食獣としては規格外の大きさであり、体中に突起があるように見える。


「あれは……魔狼だ。どうしてこんな場所に? 村の結界が弱まってるってのか……?」


 ハーディーは不思議がった。


(いや、結界云々ではなく、この地域にいてはいけない魔物だ……まさか魔人が――)


「グルルルァアアッ‼」


 そうこう考えているうちに、数十メートルの距離を一瞬で詰めてくるほどの速度で魔狼が飛び掛かってきた。


 既にランバートは矢を放っていて、ビュッ!と魔狼の肩をかする。


「クソッ」


 ランバートは自分の腕に苛立つ。ハーディーが仲間達に指示を出す。


「ランバートとスプレンディッドは行商を護れ! アインハードは近接攻撃! 魔霊気を全開にしろ‼」


 3人は「了解!」と応えた。


「アミナ・ムルス!」


 スプレンディッドが防壁魔法の呪文を唱えた。「ガンガンガンガン!」と音を立て、〈六角形のハニカム構造が連続して組み合わさった魔法の防壁〉が現れる。魔法の防壁は全体が湾曲しており、囲い込むように行商達を護る。


「イクレア!」


 連続して、スプレンディッドは杖の先から電撃魔法を放つ。「パキィイィン!」とガラスが割れるような音が鳴り響き、空気を切り裂く〈青白い電光〉が放たれた。しかし魔狼はギリギリでかわしてしまう。


「ちっ!」


 スプレンディッドは悔しがる。


「ヴェノム・ショット!」


 ランバートは続けて矢を素早く連続で放ち、何本かの矢が魔狼に突き刺さった。


「あれっ⁉ 毒は無効か……」


 本来ならば一瞬で効果が出る強力な毒だったが、魔狼は毒に対して耐性があるのか、効かないようだ。依然、素早く動き続けている。


 そもそも刺さりはしたが、皮膚が分厚いため、矢が深く突き刺さっていない。しかも、皮膚が分厚いだけではなかった。


 【魔霊気】という魔力のオーラが魔狼の身を包んでいるため、深手を負わないのだ。



「エペ・ド・グラス!」


 アインハードが自身のレイピアに氷結魔法をかけると、ドライアイスのような冷たく白い煙とダイヤモンドダストがキラキラと発生した。そして、獲物を狙うように鋭い目で睨みつけ、力を抜いてレイピアを構えた。


「グルァッ!」


 魔狼がアインハードを爪で切り裂こうとした。


 ザシュッ! アインハードの氷のレイピアがそれを弾きつつ斬りつける。


 魔狼の前脚の一部が凍結し、一瞬、地面に貼り付いた。魔狼は力ずくで地面から前脚を剥がすが、指先と爪の一部が地面に貼り付き、前脚に怪我を負い出血した。


 魔狼の血の色は、人間のような深紅の血の色と比べると、深紅に群青色が混じったような濃い紫色をしている。


 アインハードはニヤリとした。


 ハーディーは……ハーディーの姿が見えない。


 魔狼が再びアインハードに襲いかかる。


 刹那。上空からまるでミサイルが着弾するような速度で飛翔体が落ちて来て、魔狼の首が斬り飛ばされた。


 目撃した者達には、まるでゆっくりと魔狼の首が飛んでいくように感じられ、魔狼の首の断面から大量の鮮血が舞う。一同、血飛沫を浴びないように回避した。


 飛翔体はハーディーである。


 ハーディーは上空高く飛び上がり、まるでハヤブサが獲物を狩る瞬間のように魔狼めがけて高速で落下し、腰に下げていた2本の剣で魔狼の首を斬り落としたのだ。

 その時のハーディーの動きは、まるで空中で見えない壁を蹴ったような動きで突撃していた。


 


 戦闘を終えたハーディー達が行商に近付くと、行商は何度も何度も頭を下げた。


「あ、あ、ありがとうございます! ありがとうございます! な、何とお礼をして良いものやら……」 


「いやぁ、当然の事をしただけよ……。それより犠牲者が出て残念だ……」


「いえ、私達の命だけでも……うぅ……」


 行商達は涙を流す。


「エレメ・ピセラ!」


 スプレンディッドは馬2頭に中級回復魔法『エレメ・ピセラ』を使った。馬がボワッと薄緑色の光に包まれ、傷がみるみる治っていく。


「お馬さんはしばらくしたら元気が出ると思います」


 続けてスプレンディッドは提案する。


「ご遺体は埋葬してあげましょう」     


 


 犠牲者が埋葬され、墓が作られた。馬は回復魔法で元気になっている。


「あ、あの……本当にありがとうございました。お礼をさせて頂きたいのですが……何か必要な物等あれば遠慮なくおっしゃって下さい」


「そうだなぁ……」


 ハーディーは腕を軽く組みつつ、顎に手を当てて考える。


「スプレンディッド。圧縮魔法であの魔狼、小さくできる?」


 ハーディーがスプレンディッドに問う。


「え? 本気で言ってるの?」


 スプレンディッドは腕を組んで訝しげに聞く。


「そりゃ本気さ。村に死骸を持ち帰って、学者のキーガンに調べてもらおう」


「りょーかい。生物は圧縮できないけど、魂が空っぽな死骸ならできるはず……」


 スプレンディッドは魔狼の死骸に向かって杖先を向け、「コンプレッサオ!」と呪文を唱えた。すると魔狼が、体積的に4分の1程の大きさに縮小されてしまった。


「まだデカいね……二重がけできるか?」


「え~? どうだろう……。コンプレッサオ!」


 魔狼の死骸は20%程度小さくなった。


「ん~、まぁこんくらいなら持ち帰れるか。行商さん。何か適当な袋に詰めてくれ。こいつを俺達と一緒にハイマー村まで届けて欲しい」


「承知しました」


「あとは……ゴホン。さ、酒を何本か……と、薬草とか回復薬ポーションが欲しいね。霊薬エリクサーある?」


「いえ、霊薬は切らしておりまして……」


「そっか。……あ、そういや怪我人いる? 特にアインは大丈夫だったか?」


「心配するの遅くないですか?」


 アインハードはニヤリと笑って言った。


「まぁ、大丈夫だろうと思ったしな……。しかしこいつ、レベル250程度と見たんだが、どう思う?」


 ハーディーがアインハードに問う。


「そうですね……私もそれくらいだと思います。私の攻撃がギリギリ通用するかどうかって感じでしたからね……もしや魔界から来たのでは……」


 そこにランバートがウキウキで声をかける。


「いやぁ~! やっぱりお2人凄いですよ! ボクとスプレ姉さんの攻撃が全然通用しなかったのに! そのレベルだと納得ですよ~!」


「あ、あんたねぇ……あたしはみんなを護る方に集中してたの! 攻撃魔法が当たれば倒せるんだからね!」


「えぇ~? そうですかぁ? レベル250以上ですよ? ちょっと足りてな……」


 ランバートが少し舐め腐った顔をして言ったので、スプレンディッドはイラッとして、「ゴツンッ」とランバートの頭をグーパンした。


「いでっ」


 アインハードは気まずそうな顔をしている。少し目が泳いで冷や汗が出ているようだ。


「あ、あんた……あたしの実力舐めてるでしょ……」


 スプレンディッドが不機嫌になり、何故かアインハードが申し訳なさそうにしている。


「よし。じゃあ、帰るぞ。魔狼が出没したのは異常事態だ。村が気がかりだ」


 ハーディーがパンッと手を叩き、その場を取り仕切った。


         ◇         ◇         ◇


 ハーディー達がその場を去った後、数人の盗賊のような雰囲気を醸し出しているガラの悪い男達がやって来た。

 各々左腕に蛇柄の刺青を入れている。平仮名の『の』を上下反転させたような形状で、平仮名の『す』のように尾部が下方に貫通しているデザインだ。

 腕が露出していない者も、衣装に蛇柄の紋様が入っている。


「おい、逃げた魔狼の『魔痕』(魔力痕跡)があるぞ。そこの地面が濡れているのは、血溜まりだ……」


「死骸は?」


「見当たらんな」


「まだ生きてて、どこか遠くに行ったとしたらマズいぞ。かなり危険だ」


「いや、しかしこれほどのダメージ……死骸になら圧縮魔法が使えたはずだ……」


「マズいな……」


「一先ず、アジトに戻って報告だ」

 

 

 

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