50%なら100%
夏野資基
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「これ、いいんじゃないか?」
俺は、同級生の
すると保健室を
「まさかそれ、ウエディングヴェールにするつもり?」
「だって結婚式だぞ。あったほうがいいだろ。大きさも丁度いいし」
「それよりさっさと手ェ動かしてよ。保健室のオバサン、掃除がテキトーだとウルサイんだから」
ひらひらとテーブルクロスを揺らす俺を見て、茜が鬱陶しそうに吐き捨てた。
「へいへい」
今日、高校3年の俺と茜は、共通のダチ二人のために結婚式を開く。
俺にはダチが3人居る。茜と、
そんな藍斗と菊花から結婚を聞かされた時は、正直驚いた。だって俺たちまだ高校生だし。すでにお互いの家に挨拶に行って、結婚を許してもらったらしい。卒業式の後に婚姻届も役所に提出するんだってさ。早い早い。なんか2人とも大人みたいだ。あれ、18歳って大人なんだっけか。知らん。
でも、結婚式はお金がないからやらないらしい。だから俺が提案してやったのだ。
「俺たち4人で結婚式をやろうぜ」ってね。
そして今日、めでたく当日を迎えたってわけ。
保健室を床箒で掃きながら、俺はこのあとの段取りを考える。
結婚式は、学校の教室でやる。今日は卒業式の前日で、午後に授業は無いし、教室は借りても金がかからないからだ。椅子も机もあるし。
ただ、午前中まで授業で、そのあとすぐ掃除当番が始まったから、飾り付けが全く終わっていない。藍斗と菊花が校庭(教室からメチャクチャ遠い)の掃除当番から帰ってくるまえに、俺と茜で少しくらいは教室を飾り付けをしておきたかった。
ええと……黒板に『結婚おめでとう』の文字を書いて、黒板の上下に俺と茜で作っておいた折り紙の輪飾りを波打つように貼って、飲み物と食い物を机に並べる。これくらいだろうか。よし。俺と茜がちゃちゃっとやれば普通に間に合いそうだ。
そうやって段取りを考えていると、掃除当番の終わりを告げるチャイムが鳴った。
さあて準備するぞ。俺は床箒を保健室のロッカーに雑に突っ込んだ。もちろん例のテーブルクロスも忘れずに失敬する。あとで返せばちょっと怒られる程度で済むだろ。
しかし、予想外のことが起きた。
「茜、さっさと教室いこうぜ」
「……ない」
「は?」
「行きたくない」
茜が駄々をこねはじめたのである。
「なんでだよ。ダメに決まってんだろ。ほら急ぐぞ」
「うにゃー!」
俺が
茜は、口が悪くて乱暴なところは少しあるが、いたって真面目な優等生タイプだ。そんな茜が、こんなアホっぽいことをするなんて……。普段の茜からは想像もつかない奇行に、俺は内心ちょっとビビっていた。
「ど、どうしたんだよ……」
「…………ずっと好きだった」
「は? 誰を? ハッ……まさか俺!?」
「ちがぁう! ……あたし、ずっと藍斗と菊花が好きだったの」
なんだそんなことか。
「……そりゃまあ、ガキの頃からの付き合いだしな。好きじゃなきゃ、ダチなんて続かないだろ」
「そうじゃなくて! 恋愛! 恋愛の意味で2人が好きだったの!」
「ええー!?」
初耳である。しかも2人? 2人……?
「せめてどっちかにしろよ……」
「別に良いでしょ! どっちも同じくらい好きだったんだから!」
恋愛ってそういうのもアリなのか? まあでも、学校で1番アタマの良い茜が言うんだ。茜本人がそう言うなら、そういうこともあるんだろう。
それよりも、聞きたいことは別にあった。
「じゃあなんでおまえ、藍斗と菊花の恋愛相談に乗ってたんだよ」
俺と茜は、藍斗と菊花からの恋愛相談によく乗っていた。
藍斗は菊花のことが、菊花は藍斗のことが昔から好きだったらしい。でも本人たちは自分たちが両思いだと気づいていない。だから2人はそれぞれ俺たちの元へ相談に来ていたのだ。
そんな時、いつも親身になって良い感じにアドバイスをしていたのが茜だった。
「だって、2人のことが好きだったんだもん! 好きな人には、良いところ見せたいじゃん!」
茜は良いアドバイザーだったらしい。茜のおかげで2人の仲はどんどん進展し、やがて付き合いはじめ、とうとう結婚にまでこぎつけた。
つまり茜は、自分の好きな人(藍斗と菊花)が自分以外の奴と結婚するのを、手助けしてしまったことになる。
「……お前、もしかして馬鹿?」
「あたしに勉強教わってるやつが言うなぁ!」
「ぶぇっ」
そう言うと、茜が俺に枕を思い切りブン投げてくる。命中だ。枕が顔面に激突した俺は、後ろへブッ倒れる。
「……で、どうすんの?」
俺が起き上がって顔から枕をどかすと、茜のほうを見る。茜はベッドの上で膝をかかえ、俯いていた。
これから茜に取れる選択肢は、2つある。2人への恋心を、諦めるか、諦めないかだ。俺としては前者だと助かる。だって友達4人のうち3人が泥沼三角形になるんだ。そうなったらグループ解散だろ。修羅場になったら俺、どうすりゃいいのかわかんねえし。
でも、茜の気持ちだって尊重してやりたかった。だってダチだし。
「……諦める」
「いいのかよ」
「だって2人とも、幸せそうなんだもん。あたしは藍斗のことも菊花のことも大好きだから、2人の幸せを奪うようなことはしたくない」
「……そっか」
まあ、茜ならそう答えるだろうなとは思っていた。だって茜は頭が良くて優しいのだ。茜は恋に狂って大切な友達を喪うほど馬鹿じゃない。
でもちょっと安心した。幸せな2人をグループ解散の危機を脱した俺はこっそり息を吐く。俺は4人で馬鹿をやるのが好きだった。
「これからあたしたち、どうなっちゃうのかなあ……」
そう言って長い溜息を吐く茜の姿は、いつもよりなんだか小さく見えた。
「別になんも変わんねえだろ」
「変わるよ。あたし以外、3人とも県内進学じゃん。あんたは大学行っても高校のクラスメイトが居るし、藍斗と菊花は学校も住む家も一緒でさ、あたしだけ1人で東京なんだもん。共通点がどんどん無くなっていく」
「それがなんか関係あんの?」
「あるよ。あたしたちが仲良いのは、同じ土地で育って、同じ学校に行って、一緒に過ごしてたからでしょ。共有してるものが沢山あったから話が弾むの。楽しかったの」
それはなんとなく分かる気がした。
「でも春からみんな環境が変わって、共有してるものがどんどん減っていくじゃん。そのうち時間も話も価値観も上手く噛み合わなくなって、だんだん疎遠になっていくんだ。あたしはそれが怖い」
「連絡取り合えばいいだけだろ」
「連絡取り合うだけの価値をお互いに見出し続けられるか、って話だよ。新しい場所で出逢った人のほうがどんどん大切になっていくんだよ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなんだよ。東京に行くって決めたのは自分だけどさ……寂しいよ」
そう呟く茜の声は、少し震えている気がした。
俺たちは茜の言ったとおり、新生活と言っても周りに知り合いが居る。これから何が待ち受けているのか判らない未来でも、手を取り合える仲間が近くに居る。
だけど、茜は違う。学校創立以来の秀才だった茜は俺たちとは違って、春から見知らぬ土地で、たった1人で闘っていくしかない。手を取り合える仲間が近くに居ないのだ。
きっとそういうのが不安なんだろう。マリッジブルーてきな……新生活ブルーってやつ?
茜はデカめのイベントが近づくと、普段の強気な態度からガラッと変わって弱気になりがちだ。そういえば志望校を受験する時も泣きそうな顔をしていたから俺が駅まで送っていったっけ。頭が良いと考えることが増えて不安になるんかな。頭が良いって大変そうだ。
茜が不安に思ってることは、正直俺には分からなかった。だって俺は茜と違って馬鹿だし、そういう経験もしたことないし。
だから俺に言えることは1つだ。
「茜なら大丈夫だろ」
「根拠は」
「ずっとお前のダチやってた俺の経験」
「……あんたは知らないと思うけど、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』って言葉があって……」
「それってどっちも経験じゃね?」
「……原文どんなんだったっけ」
そう言うと、茜が制服のポケットからスマホを取り出して何かを調べはじめた。茜はこうやって突然調べごとを始める悪癖があった。お前、人と喋ってる時にスマホで調べものをするのはシツレイだろ!
ムカついた俺は茜のスマホ画面に片手をかざして調べものを妨害した。茜が不満そうな顔で俺を見上げてきたが無視だ、無視。今は俺の話を聞きやがれ。
「お前、いつもなんかあると『出来ない~』とか『無理~』とか言ってウジウジするけどさ、結局いつも乗り越えてきたじゃん」
「ウジウジって言うな」
「事実だろ。それで生徒会長も、なんか知らん海外留学も、大学受験も、全部勝ち取ってきただろ。なら、今回も大丈夫じゃね?」
「3回成功したって4回目に失敗するかもしれないじゃん」
「3回成功したら4回目も成功する確率のほうが高いだろ」
「……あんた確率の勉強「とにかく!」
茜の小言が始まりそうだったので
俺は自信満々に宣言する。
「お前なら、大丈夫だ!」
でも、茜はすぐに俺から視線を逸らす。まだ自信を取り戻すには足りないようだ。ゼイタクな奴だな。
「……なんであんたは、いつもそうやって言い切れるの。生徒会長選挙の時も、留学面接の時も、大学受験の時も」
「そりゃあ茜がすげえ奴だって知ってるからな。もっと自信を持て。お前は志望校F判定で教師全員から絶対無理と言われていた俺の受験を成功に導いた女だぞ。そんな奴が新生活ごときに負けるはずないだろ」
いつも思うけど、茜は自分をカショーヒョーカしすぎだ。茜はすげえ奴だ。ダチの恋愛相談にはいつも親身に応えてくれるし、勉強だって頼めば何時間でも見てくれる。生徒会も部活も色々やってて忙しかったのに、偏差値の高い東京の大学にも一発で合格した。好きな人(二人だけど)のために自分の恋だって諦められる。
俺は茜以上にすげえ奴を、18年間生きてて見たことがない。
だから俺は茜のウジウジが嫌いだった。そんな茜を見ていると、なんだかいつもムカついた。生徒会長選挙の時も、留学面接の時も、大学受験の時もそうだった。お前は自分のすごさを分かってない。
だから、何度でも俺が教えてやるのだ。
俺は茜に近寄って、いつもどおり茜の背中をばしっと叩く。いつもどおりビックリした茜が俺を睨む。だから俺は、いつもどおり近所のジジババに評判のハツラツスマイルを向けてやった。
「茜なら、出来るよ」
茜が、今度は大きく目を見開いた。
「ぶえっ」
枕が顔面に飛んできた。命中。俺はまた床に倒れる。励ましてやったのになんだその態度は。
「いつも背中、バシバシ叩きやがって。……痛いんだよ」
「それはごめん」
俺は枕を顔面からどけようとして……あれ? どけられないんだけど。
どうやら茜が枕を手で押さえてるらしい。窒息させる気かこいつ。
「……
茜が、珍しく俺の名前を呼んだ。なんだなんだ。明日は雪か?
「…………………………………………………………ありがと」
10秒くらい経ってから告げられた言葉に、俺はにやけが止まらなかった。だって俺にいつもアクタイばかりつく茜が俺にカンシャの言葉を口にしたんだぞ。俺の何十倍もすげえ奴が俺にカンシャしたんだぞ。嬉しいに決まってるだろ。
「聞こえねえな~~~? もう一回言ってくれるぅ~~~?」
「ばか」
「ぶえっ」
俺が調子に乗ってふざけると、茜は枕ごしに俺の顔面を殴った。痛い!
「ほら、結婚式の準備するんでしょ。行くよ」
俺がようやく顔から枕をどかすと、茜は保健室の入口に立っていた。
「お前が行きたくないって言ってたんだろーがよ!」
「用意、どーん!」
そう言うと茜は、保健室を出て廊下を駆け出していった。
「おい待てって!」
俺も立ち上がって、茜を追いかける。もちろん、テーブルクロスも忘れずに。
俺たちは保健室を出て、教室に向かって廊下を走る。
茜は足が速いので、俺の前をタッタカ進んでいく。対する俺は足が遅いので、茜の後ろでドタドタやっている。俺と茜がトキョウソウをするといつもこうなる。なので俺は今日も茜を追いかける。だって今日は勝てるかもしれないし。それに一人ぼっちで走るのって寂しいだろ。
俺がぜーぜー息を切らしながら走っていると、前を走っている茜が、一瞬振り返って笑った。
そこには、いつもの強気な茜がいた。どうやら今回も俺は茜を励ますのに成功したらしい。
ほらな? 3回成功したら4回目も成功する確率のほうが高いんだよ。
ちなみにトキョウソウは茜の勝ちで終わった。ムカつく。
俺と茜は、結婚式会場(と言っても教室だが)の飾り付けを終えた。茜が保健室でごねたから間に合わないかと思ったが、茜が爆速でいろいろやってくれたおかげでギリギリなんとかなった。
俺と茜は、それぞれ持ち寄ったジュースや飲み物を机の上に並べていく。
「うわあ、なにそれ。ゲロ味のジュースとゲロ味のお菓子?」
茜が俺の持ってきたジュースと菓子を見て、嫌そうな顔をした。シツレイな奴だな。今日のために持ってきた秘蔵っこたちだぞ。まあ、確かに両方ともゲロっぽい見た目してるけど。
「辛酸きなこ味とさくらんぼ納豆味」
俺には味の予想がつかない飲み物や食べ物に挑戦するというファンキーな趣味があった。だいたいクソ不味いけどごくまれにメチャクチャ美味いのが見つかるってのがなんだかクセになるし、ダチを道連れにして一緒に毒味するも楽しいのだ。
「みんなでチャレンジ」
「絶対やだ。あんたの持ってくる菓子ぜんぶ不味いんだもん」
「今日は大当たりかもしれないだろ! 良かったなあ共有できるものが増えて」
「これはやだー!」
俺と茜がそうやってゴチャついてると、新郎新婦が掃除から帰ってきた。
「うっわ十草てめえ! またゲテモノ持ってきたんかよ!」
「遅くなってごめーん!」
これから、結婚式がはじまる。
(了)
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