第92話 探し物⑥


「本日の夕食は、『特製アルミラージのスペアリブ』だよ!」


 アイラがぐつぐつと沸騰する鍋を掻き回しながらルインとフレデリックに説明をした。


「スペアリブは色々なレシピがあるけど、今回は岩窟にあったドライトマト、蜂蜜、塩、胡椒、顆粒のバター、それから残骸みたいな乾燥レンズ豆をかき集めて使ったよ。フレイが何でもかんでもとっておく人でよかったよ。おかげさまで調味料がたくさんあるから、味付けに困らないのなんのって」

「うむ。肉が大量に手に入って良かったな」

「ほんとに! やっぱり動いた後はお肉だよね。お肉を食べれば一日の疲れも吹き飛んじゃうよね」

「……なぜそんな楽しそうなんだ」

「え? いい匂いがしてテンション上がってるから?」

「やはり肉の匂いはいいな。どれだけ嗅いでいても飽きが来ない」

「フレイもそう思うよね?」

「……その呼び方は一体……。いつの間に俺をあだ名で呼ぶようになった?」

「だってフレデリックって長いじゃん。フレイのが呼びやすいよ。嫌だった?」


 フレデリックは顔をふいとそむけ、「距離感の近い奴だ」などと言っていたが、嫌とは言わなかった。これはフレイと呼んでもいいということだろう。アイラは、このいまいち喋りに乗ってこない新たな旅の道連れに、めげずに話しかける。


「ねー、フレイ。お肉だよ。お肉の煮込み料理!」

「そうだな」

「フレイはお肉好き?」

「まあ、雪原で生き抜くために重要な栄養素だ」

「あたしはお肉大好きだよ!」

「オレもだ。特にアイラが作る肉料理は、美味い! 生肉を食うより数百倍もいい」

「テンション高いな……」


 フレデリックは若干呆れていたが、アイラは自分で作ったご馳走を前にして心が高揚するのを止められなかった。

 スペアリブは調理工程が少なく、材料もあまりたくさん必要としないため野外で作るのにうってつけの料理だ。初めに焼き色をつけ、そして調味料を投入して煮込んで完成だ。肉を骨ごと煮込んで旨味を染み込ませるので、まさに骨の髄まで美味しくいただくことができる。ルインなどは、骨まで噛み砕いて食べてしまう。難点はやや調理時間がかかることだろう。しかしその分、食べたときの喜びもひとしおだ。


「はぁ〜、やばい、お腹すいたぁ!」


 水分を飛ばしてじっくり煮込むこと小一時間。アルミラージのスペアリブは、飴色の調味液を纏って艶やかに輝く、絶品料理に変身した。アイラは皿に肉の塊を豪快に盛り付けると、一皿をフレデリックに差し出した。


「はい、どうぞ!」

「……ありがとう」


 素直に受け取ったフレデリックは、(おそらく盗品である)自分のフォークをスペアリブに刺す。骨から剥がれた肉を口に運んだフレデリックは少々戸惑っている様子だった。


「……柔らかい。それに臭みもないし、まさかアルミラージがこんなに良い味になるとは」

「んふふ〜。さっきの塩煮込みとは一味違うでしょ」

「ああ」


 フレデリックの手は止まらず、アルミラージの肉がどんどんと皿の上から消えていく。アイラも一口食べてみた。アルミラージの肉は脂肪が多い上に野性味が強いのが特徴だったが、塩をすり込み下味をつけてからドライトマトと蜂蜜と一緒に煮込むことで臭みを消してまろやかさを出すことに成功していた。そしてレンズ豆を入れたことでボリュームが更に増している。タンパク質と炭水化物が一度に摂取できる、理想的な野外料理といえよう。


「んんっ、これは美味しい。さすがはあたし!」


 自画自賛しながら料理をパクパク食べる。アルミラージ十羽全部を料理したので、いくら食べてもなくなる心配がない。ルインはバリバリとやかましい咀嚼音をたてながら、アイラの予想通り骨ごと肉を食べていた。フレデリックは目を点にしてその食事風景を見つめている。


「骨まで食べるのか」

「煮込んであるから食わねば損だろう」

「いくら煮込んでいても、骨は硬いままだと思うが」

「そうか? そういえばアイラもそう言って骨を残すよな。勿体無い……」


 ルインは口の周りをペロリと舐めながら、アイラとフレデリックの皿に残っている骨を凝視し始めた。その目は獲物を狙う野生の獣のそれであり、とてもギラギラしている。


「そんな目で見なくても、あげるよ」

「むっ」

「……なら、俺のも……」


 アイラが骨をルインの皿に移すと、フレデリックも少し迷いながらそれに続く。ルインは満面の笑顔で、ご機嫌で骨をしゃぶり、そして噛み砕いた。アイラはそれを見て思う。


「……あたしも骨、食べてみたいなぁ」

「やめておけ。人間じゃ歯の方が折れるぞ」


 フレデリックの言葉は至極最もだ。しかしアイラは、前々から骨を食べてみたいと思っていた。こうも美味しそうに目の前で食べられては、興味を持つなというのが無理な話である。


「魚だったら長時間煮込めば骨まで柔らかくなるんだけど、肉はどうしても難しいんだよね。でも、煮込み時間をもっと長くすればいけるかな。たとえばこのスペアリブを一晩中火にかけておいたらどうだろ」

「やめておけ。そんなにずっと火を使い続けたら、狭い岩窟内じゃ息ができなくなる。ここはそんなに空気の流れが良くないんだ」


 にべもないフレデリックの一言で、アイラは未練がましくルインを見つめつつも諦めることにした。

 ひとしきり食事を堪能して満腹になったところで、鍋に蓋をする。


「残りは明日の朝のお楽しみっと」


 スペアリブは時間が経てば経つほど柔らかくなるので、翌日にはもっとほろほろになっていることだろう。骨は食べられなくとも肉が美味しいので、明日の朝食が楽しみだ。

 皿はアイラが水魔法でちゃちゃっと洗い流す。岩窟内でやると水を捨てる場所がないので、外でやる。真っ暗闇なのでフレデリックが炎の入った瓶を持って手元を照らしてくれた。


「水魔法と火魔法、両方使えるというのは便利だな」

「まあね。おかげさまで料理でも戦闘でも重宝してるよ」

「この瓶はどうなってるんだ? 蓋をしていても中で火が燃え続けてるし、素手で持っても熱くなりすぎない」

「魔導具らしいよ。借り物」


 後片付けを済ませてから岩窟に戻る。満腹でリラックスした様子のルインのそばに腰を下ろしたアイラは、気になっていたことを尋ねてみた。


「ところでこの場所ってさ、林以外に湖あるでしょ?」

「ある」

「ここからどう行けばいいか教えてくんない?」


 フレデリックは寝床の近くに置いてあった使い古してくしゃくしゃの羊皮紙に手を伸ばすと、広げた。ルーメンガルドの地図だった。


「ここが銀雪山脈で、俺が拠点にしている岩窟。今日行ってわかったと思うが、山を降りてすぐの場所からルーメンガルドの奥にかけて樹氷林が広がっている。北東に一日半かけて進むと湖がある」

「氷虹石って石あるかな」

「さぁ……潜ったことはないからわからない」

「キュウリュウウオはいる?」

「こっちの湖にキュウリュウウオはいない。代わりにもっと獰猛な魔物が棲んでいる」

「あ、そうなの? 食べられる魔物だといいなー。食べたことある?」

「……いいや。言っておくが釣ろうと思わないほうがいい。そんな生やさしい魔物じゃないからな。ピエネ湖に棲んでいるキュウリュウウオやドスカルパラが可愛く見えるくらい凶悪な魔物だ」

「そんなに?」


 凶暴だ凶悪だと言われるほどにアイラの好奇心は疼いてしまう。なぜならば、一般的に、強かったり逃げたり隠れたりするのが上手で狩りづらい魔物ほど美味しい傾向にあるからだ。


「ちなみにどんな魔物?」

「魚じゃない。首が長い竜のような魔物で、凍った湖面の下で影が蠢いている。湖岸に接近すると氷を割り砕いて急襲を仕掛けてくる。素早い上に顎の力が強く、長い首を振り回してしつこく攻撃してくるから逃げるのに苦労した」

「ふぅん……どうやって逃げたの」

「光魔法で目眩しをしかけた後、捕縛魔法陣を使ってどうにか」

「そういえばあの魔法陣、威力すごかったよね。あたしもルインも一歩も動けなかった」


 アイラはフレデリックの魔法陣に捕まった時のことを思い起こした。並の捕縛系魔法であればアイラもルインも力づくで解除できる自信があるのだが、フレデリックの魔法陣はビクともしなかった。


「あの魔法陣は俺の特別製で、発動したら最後マンムートでも逃げることはできない。相手の体内の魔力を乱し、術が破れないように工夫してある。俺は攻撃魔法はからっきしだから、足止めに全力を注ぐしかないんだ。探索拠点の周囲に同じような魔法陣をいくつも仕込んである。雪に埋もれているからまず魔法陣の存在に気がつかれることはない」

「なるほどね」


 ひとしきり話を聞いたアイラは、こう結論を下した。


「じゃあ明日は湖を捜索しよう。あたしも集めなきゃいけない素材があるし。もしかしたら水の中になんか手がかりがあるかもしれないし」

「話を聞いていたのか? あの湖には即死級の力を持つ魔物が棲んでいるんだぞ」

「でもそれって、フレイ一人の時の話でしょ。あたしとルインなら、そんな魔物の一匹位どうにかできるよ。マンムートの鼻に致命打与えたの、見てたでしょ?」

「まあ、確かに……『雪原の覇者』にあそこまで攻撃を通す人間を初めてお目にかかったが……だが、仮に魔物がどうにかなったにしても、湖は凍えるような冷たさだ。入った途端に体が耐えられなくて凍死する」

「結界魔法があるから気温は問題になんないよ。アリリイル貝を捕獲するためにピエネ湖に潜ったけど全然平気だったし」

「火属性の結界魔法は温度調整もできるのか?」

「できるよ。火属性はあったかぽかぽか、水属性はひんやり涼やか!」

「そうか……便利だな。光属性の結界魔法は、攻撃を防いではくれるがそうした細かな温度調整には向かないから」


 属性によって同じ魔法でも微妙に使い方が異なる、というのは常識だ。中でも温度の調節までできるのは、火属性と水属性だけ。両方使えるアイラはかなり貴重なので、己の内に宿っている才能は重宝している。両親に感謝だ。


「火属性と水属性の結界魔法は魔導具なんかにもなってると思うけど……持ってる冒険者に出会わなかった?」


 問いかけるとフレデリックは首を横に振る。


「いや、いなかった。そうした類の魔導具は目が飛び出るくらいの金額がすると聞いているし、皆、外套を羽織って凌いでいるんだろう。おかげさまで外套には困っていない。ほら、これは最近手に入れた外套で、内側にスノーベアーの毛が使われているから暖かい」


 両手を広げて自分が羽織っている外套を見せびらかすフレデリック。確かに内側は白く滑らかな毛皮で覆われていて見るからに暖かそうだった。


「略奪物でしょ。バベルに帰ったらちゃんと持ち主に返しなよ」


 アイラの鋭い指摘に、フレデリックは途端に肩を落とした。


「……そうしよう……相手が生きていれば」

「で、明日は湖に行くってことでいい?」


 フレデリックはこの言葉にしばし迷っていたようだったが、答える代わりに質問を重ねてきた。


「一つ聞きたいんだが、その結界魔法は俺にもかけることができるか」

「できるよ」

「なら、俺も湖の中に行く」

「え?」

「俺も行く。ジーナを探しているのは俺だ。湖の中はどんな危険が潜んでいるかわからない。見ず知らずの、今日知り合ったばかりの人間を行かせて地上で待っているわけにはいかない」

「おぉ……すごい男気!」


 フレデリックの銀色の瞳には覚悟の色が宿っており、本気具合が伺える。しかしアイラは首を横に振った。


「残念だけど連れていけない」

「なぜだ」

「なぜならば……水中で呼吸ができる魔導具がいっこしかないから」


 アイラは自分の首元のチョーカーを軽く引っ張った。


「それに、湖の中に魔物がいたとして、あたしのほうが対応できると思わない? 魔法も斬撃もいけるよ。それに比べてフレイは? 聞いてる感じだと、足止め専門で戦闘は門外漢って感じがするんだけど」

「…………っ」


 フレデリックは目を見開き、打たれたかのように顔を歪めた。


「図星でしょ」

「……ああ。その通りだ。俺は……戦闘はほぼできない」

「じゃ、あたしが湖に潜って、ルインに主みたいな魔物を倒してもらうってことでいい?」

「オレは構わん」


 ルインが頷いたことによりこれで役割分担ができたかと思いきや、フレデリックが自分を指差した。


「俺は?」

「荷物番と他の魔物が来ないように見張り?」

「実質役立たずじゃないか?」

「万が一あたしたちが怪我した時のために、回復魔法が使えるように構えていて」

「…………」


 フレデリックはかなり微妙な表情だ。納得がいっているとは到底思えない。

 だが役割としてはこれが一番いい。

 水中も比較的自由に動けるアイラが湖の中でジーナとボニーに頼まれていた素材を探し、地上で強いルインが湖に棲んでいるというすごい感じの魔物を引きつけて倒す。ルインは呆然としているフレデリックに顔を向けた。


「オレの戦闘の邪魔をしないよう、どっか隠れていろ」


 あまりにも歯に絹着せぬ物言いにフレデリックは涙目になっていたが、アイラは気にしないことにして、寝る準備でもしようかなと考えた。

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