第72話 ついにできたよ、鑑定魔導具!③

 雪山に行こう。美味しいものを求めて。

 アイラは次々に必要なものを購入する。

 魚にまぶす衣用のアル粉を袋詰めにしてもらい、揚げ油は大瓶にたっぷりと入れてもらった。

 キュウリュウウオの餌にする予定の干し肉は自分で作ったやつを使えばいいだろう。


「調味料が欲しいよね……追加で買おうっと」


 アイラがヴェルーナ湿地帯に出かける前に調味料セットを買っていたが、あれは沼地で生活している時にほぼ使い切ってしまっていた。新たに詰める必要がある。 16階にあるリンジー薬草店に赴いたアイラは、そこで調味料を購入した。

 塩、胡椒、粗ごし糖、顆粒バター、唐辛子。


「毎度あり、アイラお姉ちゃん! また来てね!」と店の少年に元気に見送られた。

「あとは自分で作った乾燥ハーブも持っていこー」


 以前倒した、虎に似たハーブ系魔物のクレソンマイルの葉がまだ残っている。乾燥させておいてあるので、瓶に詰めて持っていこう。水に浸すと戻るので、風味づけにはピッタリだ。


「そうだ、パンも焼いていこう。あとあと、パスタと、チーズも!」

「ご馳走が食べられるな」


 次々に食材を用意するアイラを見ながらルインが楽しそうに唸る。アイラもご機嫌に頷いた


「でしょ? スープパスタを作ったら水分が取れるついでにお腹があったまるし、カラッと揚げたキュウリュウウオに炙ったとろとろチーズを絡めたら最高に美味しいと思うよ!」


 アイラは探索に出る時はいつも、さほど荷物を用意しない。身軽な方が動きやすいし、いつも荷物を運んでくれるルインの負担も減るからだ。

 しかし今回は現地で食事を楽しむというれっきとした目的があるので、それに沿って準備をしている。いわばバーベキューみたいなものだ。雪山で食事を楽しむなら、温かいものが良いに決まっている。結界魔法が使えるアイラと火狐族で内側から発火しているルインにとっては、雪原ですら大した寒さを感じないとはいえ、雰囲気というのは食を楽しむ上で非常に大切な要素だった。

 食事というのはただ食べられればいいというものではない。

 いつ、どこで、誰と、何を食べたのかというのも大事なことだ。

 そんなわけでアイラは、雪原でルインとあたたかいごはんを食べる、という状況を十分に楽しむためにしっかりと準備を進めた。

 アイラは迅速に準備を整えた。

 ルインに大量の荷物をくくりつけ、自分は肩に釣り竿を担いだ。防寒用のフード付きマントも羽織っている。これは内側がモフモの毛で覆われていて暖かいだけでなく、外側が防水性で水を弾くという優れものだ。ちょっと高かったけど、奮発して買った。アイラには結界魔法があるのでこのコートの必要性はさほど高くなかったのだが、それはともかくとして「雪原に毛皮のマントを着ていく」ということがやりたかったのだ。これも雰囲気に一役買うからだ。

 そんな状態で意気揚々と自室を出ると、ちょうどひと組の冒険者パーティに出会う。


「石匣の手のみんなだ。やっほう!」

「こんにちは、アイラさん」

「よう!」

「その節は世話になった」

「アイラさんが作ったパン、大人気でしたねぇ!」

「うん。みんなも食べに来てくれたよね」


 アイラがバベルに来たばかりの頃、ギリワディ大森林で出会った冒険者パーティ


「石匣の手」の四人組だった。あの時にジャイアントドラゴンの尾の棘に串刺しにされて瀕死だった斥候のクルトンも傷が治ったらしく、アイラが鑑定魔導具が出来上がるまでの間、ひたすら酒場で焼き続けていたパンも食べに来てくれていた。

 そのパンの味を思い出したらしいシェリーが、両頬を押さえて恍惚とした表情で言った。


「フッカフカ生地に粗ごし糖と木の実とカラフルベリーがたっぷり入ったパン、美味しくて最高でしたぁ……! 金貨一枚の価値、十分にありました!」

「ほんと? 喜んでもらえたならよかったよ」

「はい! 食べると幸運が舞い込むだけじゃなく、味も美味しいなんて、本当にいいもの食べられましたぁ!」


 眉唾な噂を信じ、アイラが頼んでもいない高額料金を払い続ける冒険者たちに、アイラはストップをかけることができなかった。

 いつの間にか積み上がった金貨の山は、酒場の人たちと山分けした。

 アイラ一人で作ったわけじゃないし。あのお金で子供たちがいい暮らしをできるなら、良しとしよう。

 リーダーのエマーベルが首を傾げる。


「次はどこへ?」

「ルーメンガルドに行くんだ」

「ということは……ピエネ湖ですか! いいですね。キュウリュウウオは絶品ですよ」

「みんなも行ったことあるの?」

「はい。一度だけですが」


 ここでクルトンが、真剣な面持ちでアイラを見据えた。


「気をつけたほうがいい。吹雪が来たらすぐに逃げるんだ」

「ナントカってすごい魔物がいるんだっけ」

「マンムートだ。あれは人間が勝てる相手じゃねえ……ほとんど自然災害だ。アイラさんが強いのは知ってるが、斥候を連れてないだろ? 危険を事前に察知する術がないってのは、この場所じゃ命取りになりかねない」


 アイラも表情を引き締めてこくりと頷いた。


「うん、わかった。肝に銘じておく」


 油断大敵だというのは、放浪していた時にシーカーにもよく言われていた言葉だ。どんな状況でも、たとえ余裕で勝てると思った相手を前にしても、気を抜いてはいけないーー何が起こるかわからないのが冒険者の常だから。

 アイラは同じ部屋から出てきた四人に素朴な疑問をぶつけた。


「ところで四人は同じ部屋に住んでるの?」

「はい。そうなんです。お恥ずかしい話なのですが、経済状況から一人一部屋借りることができず……やむを得ず四人で一部屋に暮らしています」

「わたしの区画だけ、板で囲ってプライバシー確保しているんですぅ」

「まあ、慣れればどうってことないさ」


 剣士のノルディッシュが肩をすくめた。


「狭くても、雨風と魔物の脅威がないだけありがたい」

「確かにそうだね」


 アイラは納得した。野宿するより全然快適だ。


「じゃ、行ってくるね!」


 石匣の手の四人に見送られ、アイラはバベルを後にし、初めて訪れる北門からバベルの外へと足を踏み出した。

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