第4話 捨てた命と第二の人生④

 アイラの料理好きがダストクレストで開花した。

 今までシーカーと共に流浪の旅をしていた時には、煮込み料理か串焼きがほとんどだった。旅の間は必要最低限の道具で済ませなければならなかったので当然だ。別にアイラもそれに何の疑問も不満も抱かなかった。

 しかしダストクレストはーーまがりなりにも都市である。包丁が料理で材料を切るより人を脅すのに使われていたとしても、フライパンが鈍器と化していても、鍋の蓋がささやかな盾代わりになっていたとしても、調理器具であることに変わりはない。

 アイラが魔物を狩るようになってから、かつては料理人だった住民が、昔の記憶を思い出して再び鍋を振るうようになった。

 するとどうだろう。

 アイラが狩った魔物たちが、より美味しい料理へと変貌するのだ!

 初めて食べたオレガノドンのコンミートは絶品だった。

 苦労して倒したハーブ系魔物オレガノドンの肉に塩をすり込み、オレガノドンの頭に生えている葉と一緒に一晩置いた後、コトコトじっくり煮込んで身がほろほろ煮崩れるまで柔らかくするのだ。

 そうして煮込んだオレガノドンのコンミートの味はーー画期的だった。衝撃だった。アイラは頭をフライパンで殴られたかのような衝撃が走った。

 肉の大きさ自体は茹でたことで脂が溶け出し縮んでしまっているものの、旨味が凝縮されており、そこに塩気とオレガノドンの頭のハーブとが相まって絶品となっていた。美味しい。すごく美味しい。

 また、ダストクレストの住民は、スライムの氷漬けを世にも美味なる氷菓子へと変貌させた。

 ある日、甘いものが食べたくなったアイラが氷漬けスライムを大量に持ち帰ると、料理人のソウがおもむろに無数の突起がついている器具でスライムをゴーリゴーリと削っていった。

 本人の話では、ソウは国一番の料理人だったのだが、ある日来店した貴族と揉め事を起こした咎でダストクレストに流されたのだと言う。

「だってよ、その貴族、空気が汚れて不快だから先に来ていた平民たちはみんな帰れって言うんだぜ。んな奴、こっちから願い下げだっつうの」

 ソウは力を込めてスライムを削りながらそう言った。スライムのひと削りひと削りに、その貴族への怒りを込めているかのようだった。どんどんスライムが削れていき、受け皿部分に溜まっていく。そして次に、主にパンに塗るために作っておいた木イチゴのジャムを取り出し、粒状になった氷漬けスライムの上からかけた。ソウは自信満々でアイラにこの未知なる料理をアイラへと差し出した。


「どうぞ」


 受け取ったアイラがぱくりと口にしてみれば、それはひやりとした口当たりにシャリシャリした食感の、ほんのり甘い味がする、アイラが未だかつて食べたことのない絶品スイーツだった。

 水色の目を白黒させながらアイラが叫ぶ。


「すごい! スライムがとんっっっでもなく美味しいデザートになっちゃった!?」

「はっはっは! どうだ、ソウ様自慢の逸品は美味いだろ! 俺の故郷の料理で、かき氷っつうんだ!!」

「かき氷! 美味しい!!」

「だろだろぉ!? よおし、もっといろんな料理を教えてやるよ!!」


 この体験からアイラは料理が好きになった。

 餓死寸前まで追い込まれたせいで食への執念が人一倍強かったのだが、料理という食材をさらに美味しくさせる方法に出会ったことでアイラの中の何かが劇的に変わった。

 ここからのアイラは、いかにして美味しく食べるかに命をかけていると言っても過言ではない。

 そうしてダストクレストでただひたすらに魔物を狩り、魔物を料理し、魔物を食す生活を一年ほど続けた時ーーシーカーは言った。


「俺はそろそろこの街を出るよ」

「えっ」


 驚いたアイラは、握りしめていたグリフォンの肉を取り落としそうになった。

 グリフォンは非常に筋肉質な魔物なので胴体の腹部分以外に食べられる箇所がない。おまけに腹部分も筋張っているので普通にしていればとてもではないが固すぎて食べられたものではない。臭みを取るためにカタバミをすり込んで一晩置いた後、じっくりコトコト二十四時間煮込むと不思議なことに、かたい筋はとろりと舌の上で蕩け、臭みが強かった肉はマイルドな味わいになり、口にした瞬間ほろりと崩れる。おまけにグリフォンの肉は、アクが強く多量に食べると尿を出す時激痛がするというカタバミの嫌な部分を消し去ってくれるので、カタバミまでも美味しく食べられるようにしてくれるのだ。食べるまでに約二日間要するという部分さえ目を瞑れば、非常に有益な食材なのである。

 そんなグリフォンの肉を落としそうになり、しかし食材を落とすというのはアイラにとってあり得ないことなのでなんとか落とさないように力を入れ、肉の塊に指を食い込ませたままにアイラはシーカーを見つめた。

 シーカーは肉を握りしめるアイラを、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま見つめている。


「そもそも一つの街に留まり続けるのは、俺の性分に反しているからね。ちょっとアイラが心配だったからいてみたけど、もう大丈夫そうだし」

「そっか……そうだよね。ありがとう、シーカー」

「アイラはどうする? 一緒に行く? それともここに住むかい」

「…………」


 問われたアイラはうつむいて考える。

 シーカーとともに流浪する生活も楽しい。魔物の解体方法を教えてもらえるし、食べられないと思っていた草花が思いもよらないものと掛け合わせることで美味しく食べられることを発見できるし、アイラが見たことのない珍しい動植物が食べられるのだと知ることができる。シーカーといることでアイラの世界は開け、広がり、無限の可能性を見出せた。未来は明るいのだと教えてくれた。

 ただ、このまま街を去るのは惜しい気がしているのも確かだ。

 ダストクレストは見違えるようにクリーンな都市になりつつある。人間ではなく魔物を狩り、採取した素材を売ることで生計を立て、まともな生活を送れるようになっている。拠点を定めて食材を調達し、あれこれと料理する生活は楽しい。

 犯罪者の中には料理人がいて、料理を教わり、作って食べるのはアイラにとって至高のひとときである。

 空腹は人を殺伐とさせる。お腹がいっぱいになればそれだけで思考がマイルドになる。満腹になったダストクレストの住民たちはそれまでの凶悪さから一変していい人揃いだったし、協力して魔物狩りをするのも新鮮だった。

 それはシーカーと共に放浪するのとはまた別の楽しさだ。

 無言でうつむくアイラの上にシーカーの柔らかい声が降ってくる。


「……どうやらここに留まりたいようだね。それがいい。人の子は人の中で生きるのが一番だ」

「シーカー……」

「さみしい?」

「うん。でも、シーカーは街が好きじゃないの知ってる。今までありがとう。シーカーがいなかったらあたし、もうとっくに死んでいた」

「アイラは覚えるのが早いから、教えがいがあったよ。……なんだ、ルイン。お前もさみしいのか」


 ルインがしきりにアイラに頭を擦り付けているのを見てシーカーが眉尻を下げた。


「困ったね。ルインが俺以外の人に懐くなんて珍しいんだけど……ルインも一緒に残るかい?」

「キュウ」

「でも、それじゃシーカーが一人になっちゃうよ」

「まあ、どうにかなるさ。ルインが連れになる前は一人だったし」


 なんでもないことのように言うと、シーカーは立ち上がる。


「じゃあ、俺はもう行くよ」

「また会える?」

「会えるさ、きっとね」


 ひとくくりにした焦茶色の髪をなびかせて、右手を上げたシーカーが街を出る。別れにしては気負いしない、ありふれた日常の一幕のようだった。


「ありがとう、シーカー!」


 命を助けてくれてありがとう。

 魔法を教えてくれてありがとう。

 料理を教えてくれてありがとう。

 今のアイラがいるのは全部全部シーカーのおかげだから。だから、精一杯の感謝の気持ちを込めて。……ありがとう、という言葉を送る。

 これから先アイラはルインとともにダストクレストに居を構え、魔物を狩って調理して人々に振る舞い生きていこう。

 そう、料理人として。

 シーカーに救われたこの命で、アイラはおいしい料理を作ってみんなを笑顔にしていくんだ。

 アイラの第二の人生はここからはじまるのだ。

 それはきっと、楽しくて美味しくて笑顔にあふれた日々になるーー。

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