星樹の守護者 〜リズとフェアリーの奇跡〜

ミズノみすぎ

プロローグ①【リズが全てを失うまで】

 こんなつまらない田舎村で一生を終えるのは嫌!

 絶対に抜け出してやる!

 都会でこそアタシは輝くんだから!


 田舎村の少女リズ・リンドは毎日のようにそう思っていた。十五歳になった今でもその秘めたる想いが冷めることはない。都会の素晴らしさを知ったあの日からずっとリズの心を焦がし続けている。

 

 五年前にその都会の代表である【セインクラッド王国】へ行く機会があった。

 そこはリズの住む田舎村【ディオンヌ】とは違い全てが華やかだった。


 石造りの宮殿や大聖堂。彩り豊かな家々で飾られており、王国様式のアーチや尖塔が優雅に聳(そび)え立っている。

 都市の中は美しい花々や噴水、巨大な彫像が飾られ、樹齢百年を超える古木が緑のカーテンのように広がっている。


 市場は人々が集い賑やかで、彩り豊かな布地や宝飾品、香辛料が並び、商人たちが交渉に明け暮れている。

 また音楽やパフォーマンスを楽しむための劇場や広場もあり、人々が娯楽に興じている光景も広がっていた。


 故郷のディオンヌしか知らなかったリズにとっては全てが新鮮であり、田舎を出て都会に住みたいという熱を燻(くすぶ)らせるには十分なものだった。


 都会と比べ、田舎の生活は地味極まりない。

 朝起きたら農作業。畑・種まき・草刈り。

 時が来れば収穫。

 家畜の世話をしてまた農作業。

 たまに木材の伐採(ばっさい)や建築物の修繕などもある。


 リズの住むディオンヌはこれらの繰り返し。

 この生活に比べ、都会はなんと華々しいことか。

 なんとしてでもこの生活から抜け出して都会に住みたい。


 だが都会へ行きたいと父に言っても駄目だと一蹴された。

 理由は「都会は危ないから女一人で行くところじゃない」とのこと。そんな危ない場所に見えなかったリズには、父のこの言葉は子供騙しの脅し文句にしか聞こえなかった。

 

 だからリズは諦めずに都会へ行きたいと言い続けた。

 何度も父とは喧嘩になった。

 何度も怒鳴られたが、さすがに殴られはしなかった。


 しかし未だに父の許可は下りていない。

 しまいには勝手にお見合いの話を持ってきて自分を結婚させようとしてくる始末。


 このままではマズイ……家出(いえで)しよう!


 ……そう思ったが、それはまだ早計だ。

 まだ一つだけ希望がある。 


「いよいよ明日ね!【貴族試験】!」


 夕暮れ時。

 薪割りをしていたリズが空を見上げて呟いた。


【貴族試験】とは『魔力があるかどうかを試すための試験』である。十五歳になった少年少女たちは一定の確率で魔力を覚醒させることがある。それを確かめるために【貴族試験】がある。


 十五歳になるとみんな受けられるこの試験は、まず杖を渡され、魔法の詠唱を教えられ、それを唱え、魔法が発動すれば、晴れて【魔法使い】として登録され貴族の仲間入りを果たすことができる。


 明日ここディオンヌで【貴族試験】が行(おこな)われる。

 合格すれば貴族としての教育を王国で受けさせてもらえる。

 つまり王国へ行けるのだ。


 本人の能力次第だが数年……あるいは数十年の教育を受け、最後の試験に合格すれば貴族として一つの領地を任される。


 一つだけ問題なのはどこの領地を任されるかだ。

 都会とは限らないのが悩みどころだが、この問題に対してリズは秘策を考えている。


 その秘策とは……いや、まずは明日の【貴族試験】に受かるかどうかだ。魔力を持っていれば即受かる簡単な試験だが、魔力を持っていなければそれまで。


 一生平民のままだ。努力ではどうにもならない。


 魔力を持って生まれる人間は極めて少ない。

 だからこそ魔力を持っているのは名誉なこととされている。

 優秀な人間として選ばれ、貴族として仕事を任される。


 しかしリズは美貌とスタイルには自信があるが、さすがに魔力を持っている自信はない。けれども可能性が無いわけでもない。家を出ていくのはこの【貴族試験】を試してからでも遅くはないだろう。


 やれることは全部やってやる。

 そう意気込んだリズは斧を握り直し、最後の薪を切り株の上に乗せた。

 

「はぁ〜……もうっ! こんなの女の仕事じゃないっつーの! ふんっ!」


 振り下ろされた斧は見事に薪を真っ二つにした。

 リズは斧を切り株に突き刺し、割った薪を抱えて家に戻る。

 

 少し前は父が薪割りを担当していた。

 しかし今はリズがほぼやっている。

 理由は簡単で、父の足が弱くなってしまったせいだ。


 一度足を骨折してしまい、そこから無理が利かなくなってきたのだ。

 だからこうして父の負担を少しでも減らすために仕事を手伝っている。


 父が足を骨折してしまったのは他でもない……リズのせいだからだ。


 むかし父が仲間を連れて森へ行き、リズがその後をコッソリつけていた時があった。それは木の伐採の仕事で、複数人で一本の木を切り倒していた。


 その倒れた木の先にはリズがいた。

 木が倒れてくるのをボケッと眺めていた娘に気づき、父が慌てて飛び込んで来た。


 リズは無事だったが父はそのまま倒れた木の下敷きになり、そこで足を巻き込んでしまった。


 自分のせいで父は怪我をした。

 自分のせいで……


「……お父さん。今日の分の薪割りやっといたから」


 家に入ったリズは薪箱に薪を入れながら言った。

 すると椅子に座っている父が目を丸くする。


「頼んでないぞ?」

 

「知ってる」


「あとで俺がやるっていつも言ってるだろ」


「そんなことよりお父さん覚えてる? 明日は【貴族試験】だからね? 受かったらアタシ【セインクラッド王国】に行くんだから」


「んなもん受かってから言え。お前に魔力なんかあるわけないだろう」


「やってみなきゃ分かんないわよ」


「あぁやってみりゃいいさ。後悔するだけだ。そんなことよりお前こそお見合いの話は決心したのか?」


「するわけないでしょう。あんな勝手な話……」


「なにが気に食わないんだよ? ラッド君は幼馴染だろ? 領主の息子で村一番の美男子じゃないか」


「そういう問題じゃないわよ。アタシはまだ結婚する気はないって言ってんの。どうせ嫁ぐなら都会の人と結婚したいのよ」


「まだ言ってんのか。しつこいなお前も。……まぁ明日の結果次第だな。落ちたら大人しくここで結婚することだ。そして早く孫の顔を見せてくれよ」


「ふん!」


 残念ねお父さん。

 落ちたら落ちたで家出してでも都会に行くからアタシ。


 リズはそっぽ向いて居間から出ていく。

 その際、父が立とうとして、しかしやはり座ったのを見た。

 骨折した足を擦っている。

 完治したと言っているが、やはり痛いのだろうか?


 リズのせいで骨折したのに、父は一度もリズを責めたことはない。『お前のせいでこうなった』なんて。

 ただの一度もなかった。

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