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 私の本当の名前は、えぇと、ここでは発音できないので仮にMとする。

 別の星の者だ。

 端的に説明すると、まぁよくある通り、住んでいる星は資源が枯渇、成熟した文明が暴走して破壊され、星をあげて他に似たような環境を持った、移住できる星を調査しているところなのである。

 私はその星の公務員で、調査員としてここに派遣されている。

 この星の言い方でいうところの、銀河の外れの座標に存在する〈太陽系〉に所属する〈地球〉という惑星の調査担当となり、昨日赴任したばかりだ。

 ちなみに、他のめぼしい候補の星にも同僚が多数派遣されている。

 当然こういった悩みを抱えている他の星も無数にあり、同じように調査員を様々な星に派遣しているという噂は聞き及ぶ。その中には調査の邪魔をしようと命を狙ってくる者もあるらしいので、気を引き締めて任務にあたらなければいけない。


 同じような環境下で生きて進化してきているので、見た目は地球の生命体とほぼ変わらない、と思う。少し尻尾があるぐらいかしら。

 言語の方は事前に脳にしっかりプログラムをインストールしているので、何も困る事はないだろう。


 この地球で癌のように巣食っている生命体〈人間〉とやらはどういう思考回路でどういう行動をするのか。

 そもそもどんな価値があるのか。

 この文明は、栄えては滅びを繰り返しているのか、だとしたらいったい何周目の文明なのだろうか。

 遠隔では解らなかった実地調査をしたうえで、ここを移住先の星として最適かの報告書や動画資料を作成するのが仕事内容となる。

 もし決定した場合、邪魔な人間は一掃したうえで私たちの星の者が移住する事になる。侵略という言葉が最適かもしれない。


 我々の星は、地球よりも少し科学力は高く、進んでいる。

 ひとまず観測地点を、いったん紛争が起きていない〈日本〉という国に置き、一見するとドラム式洗濯機と見紛うようなかたちをした時空移転装置を使ってやってきた。

 私の見た目で混じっていてもおかしくなく最適だと判断した結果、何の変哲もない女子に大学生に擬態した。どうやらこの国の大学生というのは、ある程度成人の権限もあり責任感も薄く、自由に動ける人種らしい。



(さぁ、出発しよう!)


 素性を知られたり、他の星の調査員に危害を加えられた場合等、我々公務員は赴任先の星で、秘密裏に生命体を殺す事は罪には問われない特権がある。

 私は防護用に支給された、ボールペン型の光線銃を胸ポケットに刺した。撃った生命体の核、人間でいう心臓に突発的発作を秒で起こす事の出来る優れものだ。


 勢いよく玄関の扉を開ける。

 あれが太陽か、と空を見上げた。

 ガン! と何かにぶつかった音が響く。

 思わず構え、咄嗟に胸ポケットに手をかけた。


「痛っってぇ!」


 人間の男性の声だ。

 うっかり廊下を通る隣人に扉がぶつかってしまったらしい。相手の鞄が落ちて、中のものが散らばった。


「す、すみません!」

「ごめん、俺もスマホ見てて注意散漫だったし…」


 急ぎ荷物を拾ってさしあげる。封筒に大学通知書が見えた。

 私が行く大学とやらと同じものだ。

 そういえば事前の調査書に、隣人は同じ歳の大学生が住んでいると明記してあったっけ。


「あ、同じだ。文学部。の佐々木優斗さん?」

「もしかしてきみも今日から入学? あ、佐々木といいます」

「そうなんです。上京してきたばっかで色々勝手がわからなくて緊張してるんですけど、へへ。中村瑞稀です」


 そういって、こちらも合格通知書(偽)を取り出して見せた。

 こんな些細なもの、どうとでも事前に手に入る。

 そもそも私自身の存在もしかるべき部署が事前にハッキングや操作をして中村瑞稀という人間を作っているのだから。


(人間との会話はこんな感じでいいのかしら?)


 ふと、目線が交錯する。


「あの佐々木さん、せっかくなんで一緒に行きませんか? あ、すいません不躾に。今会ったばっかりなのに失礼だったらごめんなさい…」


 いきなり誘ったりして、おかしくなかったかしら。

 記念すべき人間とのファーストコンタクトだ、少し舞い上がってしまった。


「そすね、俺もそう言おうと思ってた」


 彼は、優しくふわりと微笑んだ。

 つられて、こちらも口角が緩む。

 ちょうどいい。おとなりに住む彼とは、何故だか仲良くなれそうな予感がする。

 実のところ、公務員となり初仕事、それも初めての任務先が他の星で緊張していたのだ。

 心の糸が解れる。

 この地球人を手始めに、人間とやらの本性を調べてみるのかもいいかもしれないわ。

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