118:利点と弱点(side:ミッシェル)

「……凄いですね。これ……こんなの見た事もねぇや」

「あぁそうだな……本当にイメージで動かせるのか!」


 ベックと共に目の前の機体を見つめる。

 操縦席にはドリスが乗っていて。

 彼女に質問すれば、ドリスはその場で足を少し浮かせてからゆっくりと下ろす。


 今の間に、彼女が何かを操作したようには見えなかった。

 腕にもレバーや操縦桿は無い。

 あるのはガントレッドのような装甲と疑似レバーと呼んでいたモノだけだ。

 あの疑似レバーは物を掴んだり、武器を操作する為のものだと説明された。

 手を開けば解除されて、落ちているものも掴めるらしい。


 腕部の操作は実際に手を動かす事によって立体的な動きを可能にし。

 脚部の操作は脳内のイメージを反映する事によってそのままダイレクトに動かす事が出来る。

 何方も人間的な滑らかな動きをする為の操作システムであり、無駄がないように見えた。

 従来のレバーやボタンによる操作に慣れている人間であれば、確かに慣れるまでには時間が掛かりそうだ。

 しかし、慣れさえすれば此方の方が操作性は抜群に良いだろう。

 複雑な操作を必要とせず。そのほとんどが感覚的な操作によるものだ。

 

 これを開発したっていうアルバート・バーナー博士は天才だな。


「……ただ、これだとあくまで人間的な動きしか出来ない……タンク型や複脚型では使えないだろうな。そうだろ?」

「は、はい……やっぱりパッと見で分かるんですか?」


 隣に立つライオット。

 彼は少しだけ目をキラキラとさせて俺たちを見ていた。

 俺はこれくらいは当然だと言ってベックを見る。

 すると、こいつは目をきょきょろさせながら、キョドりながら当然だという……はぁ。


「……後は、背後への攻撃にも対応し辛いな。通常のメリウスなら、それなりの可動域があるし。中には三百六十度対応できるモデルもある。だが、こいつは人間の動きを忠実に再現しようとしたせいで、その可動域も狭めちまってる」

「そ、そこまで……ほ、他には?」

「……あぁ、そうだな……ベックはどう思った? 言ってみろ」

「へぁ!? お、俺ですか!? そ、そうですね」


 ベックに話を振る。

 俺ばかりが話していても仕方がない。

 そう思って意見を聴こうと思ったが……こいつ考えていなかったな。

 

 俺がジト目でバカを見ていれば、ダラダラと汗を掻き始めた。

 そうして、魚みてぇにパクパクと口を開け閉めして――


「ちょ、ちょっと汗掻きそうですよね! ランニングマシーンみたいに! は、はは……ど、どうです?」

「……まぁ強ち否定できないな……ベックの言う通り。感覚的な操作をする為に、激しい動きをする事になるかもしれねぇ。中でも、イメージをそのまま反映するってのは常に考え続けなきゃならねぇしな。かなり疲れそうだ」

「……え? でも、メリウス乗りは常に考えて動いてるんじゃないですか?」

「あぁ? あぁ……あ、そっか。お前はまだ実戦経験が無かったな……ちょっとこっち来い。ドリス! お前も一回降りて来い!」


 俺は二人にそう言って付いてこさせる。

 ベックに指示を出して、置いてきたパソコンを持ってこさせる。

 俺は工具が置かれていた机に近づいて、その中から戦闘記録を収集したUSBメモリを取る。

 黒い箱からそれを取り出して、俺は箱を閉じて再びロックを掛ける。

 ベックを見ればパソコンを持って来て机の上に置き起動させていた。

 俺はメモリを手渡して、二人に今からナナシの戦闘を見せる事を伝えた。


「ナナシの!」

「……緊張しますね」

 

 ドリスもライオットも表情を強張らせる。

 それほど二人の中でナナシという存在は大きいのだろう。

 俺はくすりと笑いながら、そんなに緊張しなくていいと伝えた。


「言っておくが。ナナシだって完璧じゃない……負けた事だってある」

「あのナナシが……世界は広いな」

「そうだ。世界は広い……だから、その世界の一部を今から見て勉強しろ」

「「は、はい!」」


 俺がそう言うと新人たちは元気よく返事をする。

 良い事であり、これくらいの元気が無くてはやっていけない。

 ベックを見れば準備が出来たようで。

 俺がパソコンの操作を代わり、戦闘記録を見て……これでいいか。


 俺は参考になりそうな戦闘記録の中で。

 ナナシがSAWの工場で戦ったネームドとの戦闘記録を見せる事にした。

 まぁ危ない物も多く見せてもいいのかと迷ったが……そこまでハッキリとは映ってはいない。


 カチリとボタンを押して再生する。

 すると、ナナシと敵の交戦が始まり目まぐるしく景色が変わる。

 比較的、広い空間とはいえ柱などの障害物もある中で。

 この二機は高機動戦をしており、並の傭兵であれば柱や壁に激突して終わりだ。

 しかし、二機は全てを把握したように飛んでいて。

 攻防を繰り広げながら戦いを続ける。

 途中で危うい場面が何度もあり、ナナシの機体はボロボロで……それでもナナシは機転を利かせて任務を成功させた。


 その一連の映像を食い入るように見る二人。

 若さは素晴らしいと思いながら後方で腕を組んでみていれば。

 隣に立つベックが目を細めて俺を見て来た。

 俺が睨みながら何だと小声で聞けば「いえ、別に」と言う。

 言いたい事は何となく分かっているが敢えて無視する。


 暫くの間、ナナシの戦闘記録を見ていた二人。

 やがて映像が終われば、二人は行き成り呼吸を再開したように息を吸う……止めてたのか?


「……す、スゲェ! 何だよアレ!? ナナシもそうだけど、相手の動きもやべぇ!」

「はい! こう獲ったと思ったのに反撃を受けて。それでもナナシさんの機転で相手を出し抜いて……うぅ! これですこれ!」

「……はしゃいでんなぁ。若いっていいですね、先輩」

「……お前も十分若いだろう」


 きゃぴきゃぴの若者を暫く眺めて。

 俺は態と大きく咳ばらいをした。

 すると、二人はハッとしたように表情を引き締めて俺に敬礼をしてくる……何で敬礼?


「……あぁまぁ……ナナシの戦闘を見てどう思った? さっきの自分の言葉を思い出しながら言ってみろ」


 俺がそう言ってやれば、考え始める。

 ライオットは両腕を抱えて天を仰ぎ見る。

 ドリスは顎に指を添えながら、ぶつぶつと独り事を言い始めた。


 そんな二人の答えを待っていれば、背後から気配を感じた。

 振り返れば、虹色のソフトクリームを食べている双子がいる。


「……何食ってんだよ、それ」

「スーパーデラックスソフト。味はイチゴ、オレンジ、バナナ、キウイ、ハスカップ、ブルーベリー、ブドウの七種類」

「……美味いのか。それ」

「……新体験」

「……あ、そ……で、頼んだものは買って来たのか?」

「ん。イヴが持ってる」


 アニーはそう言ってイヴを見る。

 イヴの手には摩訶不思議なソフト以外に袋がある。

 彼女が渡してきたものを受け取り中を見れば、頼んだものが入っていた。

 無言でおつりはどうしたのかと見れば、双子は視線を逸らす……こいつら、それ買うのに使ったな。


 良い根性をしている。

 スクール時代からこいつらは大物だと思っていたが。

 やはり俺の目に狂いは無かった様だ。

 俺は大きくため息を吐きながら、頭を抱えている二人を呼ぶ。

 二人はいそいそと俺の前に立ち首を傾げていた。

 俺はそんな二人に対して袋の中に入っていたものを手渡す。

 それを受け取った二人は「これは?」と目を丸くしていた。


 小さな青い球体状のそれ。

 材質はプラスチックであり、中身はキンキンに冷えている。

 上にはキャップが付けられていて、俺はそれを開けるように二人に言う。

 言われるがままに二人はそれを回して開封し、カシュリという音と共に中の冷気が漏れ出した。


「飲め」

「え? いや」

「いいから飲め。毒じゃねぇから」

「……頂きます」


 ライオットは不安そうにしていた。

 しかし、俺が飲むように促せばドリスは勢いよく飲んだ。

 それを眺めていたライオットも意を決して中身を飲む。

 ぐびぐびと飲んでいた二人。

 やがて全てを飲んだ二人は手からボトルを落としてしまう。

 カラカラと音を立てて空の容器が転がり、二人は喉を抑えて苦しむような素振りを見せた。


 俺は無言で二人を見つめる。

 すると、隣で見ていた馬鹿がガタガタと震えながら俺を見て来た。


「せ、先輩。可愛い新人に毒を」

「――オマエモノムカ?」

「ひぃぃ!!」


 機械のように言ってやれば、奴は更に震えあがる。

 ターミなんとかと呟き始めて……何だ。知らないのか?


 双子を見ればボケっとしている。

 こいつらは中身を知っている様であり、バカだけが知らない様だ。

 俺はため息を吐きながら、スクール時代に学んだことを忘れるなとぼやく。


「……?」

「よく見ろ。ほら」


 俺が二人を指さす。

 すると、二人はゆっくりと喉から手を離す。

 そうして、梅干しみたいな顔をしながら俺が飲ませた液体のまずさを表現していた。


「まっっっっっず!!」

「うぇぇぇまだ舌にこびりついて……おぇ」

「……まずかっただけ? え、本当に?」

「だから、毒じゃないって言っただろ? まぁくそほどマズいがな」


 俺は双子にレシートは何処かと尋ねた。

 すると、イヴは袋に入れたと教えて来た。

 ガサガサと袋を漁れば、確かにレシートが入っている。

 俺はそれを取り出して、バカへと手渡して見るように伝えた。


 ベックは恐る恐るレシートに書かれた品を見て――ハッとした顔をする。


「簡易経口免疫補助剤……あぁ! ”免液メンエキ”ですか!」

「そうだよ。たく……あぁ、それはな。人体の免疫力を高める薬剤でな。摂取していれば、まぁある程度の病気とかは予防できる」

「な、何で俺たちに?」

「いや、パイロットには必ず飲ませる様にって言われてたからな……まぁナナシは異分子だから普通の奴よりも免疫力は高いし。姐さんはそもそもこんなクソマズい物は飲みたくないって言ってたしな」

「り、理由になってませんよ……ぅぅ」


 ライオットは目線でベックに水を持ってくるように訴えていた。

 ベックは流石に可哀そうだと思ったのか小走りで水を取りに行った。

 俺は頭を掻きながら、失礼かもしれないと思いつつも理由を明かす事にした。


「……いや、ハーランドの養成所で育ったって聞いてたからな。環境の良い所で育ったのなら、こういう所の空気は吸い慣れてねぇんじゃねぇかと思ったんだ……お前たちは若いし、変な病気に罹られて大切な時間を無駄にさせたくなかった……まぁ、俺のお節介だ。悪かったな」

「「……っ!!」」

「うっ、わ、悪かったって言ってんだろ!」


 二人は俺の言葉を聞いて大きく目を見開く。

 俺は少しだけ後ずさりしてもう一度謝る。

 すると、二人は首を激しく左右に振ってからキラキラとした目を俺に向けて来る。


「違うんです! ミッシェル先輩が俺たちの事を考えてくれたことがすげぇ嬉しくて……俺、本気で頑張ります!」

「私も! 先輩の御好意を無駄にしない為にも、沢山敵を倒します!」

「お、おぅ……調子狂うな」


 ナナシのように落ち着いておらず。

 姐さんのようにドライな感じでもない。

 こういう熱血タイプはあのバカ以来であり……まぁ悪くはない。


 俺がそんな事を思っていれば、ベックが水の入ったコップを二つ持ってきた。

 二人はそれを受け取って礼を言い、ぐいっと飲んでいった。


「……まぁそれは置いといて……答えは出たか?」

「……はい……でも、何となくなんで……その、先に謝っておきます」

「別にいいよ。で?」

「……はい。俺はナナシの戦い方が……こう頭で考えるよりも、先に体が動いたような気がしました」

「私もです。ナナシさんの戦い方は、考えてから動いていたら絶対に出来ない動きでした……たぶん、私たちみたいにイメージのような……いや、でも……」


 二人は口ごもりながらも答えを教えてくれた。

 俺はその答えを聞いて満足しながら頷く。


「そこまで分かってるのなら十分だ……そう、ナナシの奴はハッキリ言って何も考えていない。いや、考えてはいるけど。機体を動かす時は体の方が先に動いてる。だから実質、動いてから。又は、動きながら考えているんだよ」

「……それってつまり、操作する時は?」

「そうだ。アイツほどの腕になれば、目を瞑っていてもある程度の操縦は出来るだろうさ。だからこそ、上位の傭兵にも何とか渡り合えてた」

「……そうなんですね。すごい……あ、つまり。さっき言ってた常に考えながら操作するって……従来のやり方なら、慣れているからほとんど思考することも無く動かせるって事だったんですか?」

「あぁそうだ……慣れた機体なら考えるよりも先に体が勝手に動かしちまう。だが、お前たちの使っている操作システムは常にイメージしなければならない。そうじゃなきゃ機体が動かせないからな。だからこそ、その分の負担が大きいって言ったんだ」


 俺がそうやって説明すれば、二人は納得したように頷く。


 イメージによる操作は確かに楽だ。

 慣れちまえば、面倒な操作手順を踏む必要は無いからな。

 手足で操作してから機体が反映するまでの時間も埋められる。

 そういった何秒ほどの時間ってのは傭兵にとってはかなり大きい差だ。

 数秒あれば距離を離す事も、相手に蹴りを打ち込む事も出来る。

 だからこそ、この操作システム自体はそれだけで従来のようなレバー操作よりも優れていると断言できる。


 だが、勿論弱点もあった。

 それは常にイメージする事であり。

 どんなに慣れてイメージを簡略化できたとしても。

 常に機体を動かすイメージを維持する必要がある。

 イメージが途切れれば機体は止まり、メンタルの不調も影響を及ぼす可能性もあるだろうな。


 敵の隙を伺ったり、作戦を考える中で。

 脳の僅かなリソースでも奪われるのはかなりの痛手だ。

 だからこそ、その点ではナナシのようなレバー操作に慣れた人間ならば。

 従来の方が遥かに体への負担は少なくて済む。

 少なくとも、操作システムに違和感を覚える事無く操作出来ちまうだろう。


「……さっきは何も考えていないって言ったけど。それはあくまで操作システムに関してだ。アイツ等は常に戦いながら頭の中で作戦を考えている。そんな中で並行してイメージを固める作業は、中々に体に負担があるだろうさ……それがまぁ俺が気になったところだな」

「……やっぱりメカニックの人って凄いですね。数回見ただけで、もうほとんど理解するなんて……尊敬します」

「え、そ、そうかなぁ? いや、そうかもしれないねぇ。えへ、えへへへ」

「……アフロ、勘違いしてる」

「……哀れアフロ、栄養を全て髪に捧げたか」


 双子がぼそりと呟く。

 ベックには聞こえていなかったようでアイツはにやけた面でドリスたちに分からない事があれば何でも質問しろなんて言っていた。

 純粋な新人二人は、そんなベックに元気よく返事をしながら早速質問をしていた。

 マシンガンのように質問されるベックは、次第に表情を真っ青にしていく。

 チラチラと此方を見てきて助けを求めてきて……自業自得だ。


「さ、仕事だ仕事。イヴとアニーはついて来い。ポケットの端末が震えてたから、たぶんヴァンからだろう」

「仕事? 誰の機体の調整?」

「まぁナナシだろうな。昇級テストを受けるかもしれねぇってのは聞いてたからそれだろ」

「……凄い。アフロとは大違い」

「おぉぃ! 助けろー!」

「……違いねぇ。さ、行くぞぉ」


 鼻息の荒い新人二人に押しつぶされそうなベック。

 奴が必死に助けを求めて来るが無視。

 俺は端末を取り出して、ヴァンにコールを取った。


 

 ……昇級テストか……胸騒ぎがするな。

 

 

 何故かは知らないが。

 胸がざわめくような気がする。

 気のせいなら良いが、ここ最近は色々な事があった。

 だからこそ、警戒のし過ぎと言う事はないだろう。


 アンブルフだけでも行けそうだが……念の為に強化外装も見ておくか。


 二人にアンブルフの整備を任せて。

 俺は強化外装のある輸送機を目指す。

 背後からバカの悲痛な叫びが聞こえるが無視し。

 俺はナナシの昇級テストが無事に終わる事を心の中で祈っていた。

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