087:煤塗れの狼
暗い船内を歩く。
歩く度に砂と埃が混じったものがほろほろと舞う。
暗視センサーには切り替えずに、通常モードで敵を探す。
暗視センサーではないから、障害物などは朧げにしか見えず。
操作を誤れば足を掬われそうだった。
入ってきた穴からは既に離れていて、周りには穴も開いていないからか小さな光も存在しない。
システムから発せられる音。
コアが稼働している音。
外からの風が船内に入り、亡者のうめき声のように聞こえる音。
それらが耳にへばりつくように聞こえてきて。
不安などがじわじわと湧いてきた。
頬からはツゥっと汗が流れて、ぽたぽたと足に掛かる。
……何処に潜伏しているんだ。
巨大な船内へと穴から侵入し、暗い船内を探索する。
元々はメリウスなどの巨大な何かを複数輸送する為の物だったからか。
中はとても広く幾つかの階層に別れていた。
ズシズシと音を立てながら歩いていき、自動で処理された映像を見つめる。
レーダーの反応は無い。
恐らくは、ヨハンはスラスターを完全に切っている。
障害物が多いので音による探知も不可能だろう。
サーマルに切り替えて探すのが早いと考えたが。
また焼夷弾を撃ち込まれれば、サーマルも暗視センサーなどは機能しなくなる。
サーマルであれば、眼前の視界が炎で覆われて。
暗視センサーであれば、突然の強い光量で目が潰されてしまう。
奴はそれらの手札を潰す為に、態々、メリウスに対してはあまり効果の無い焼夷弾を持ち込んだのか……何処までも狡猾な奴だ。
本当に奴は何者なのか。
一介の警備員がアレほどの腕を持っている筈がない。
嫌に戦い慣れしており、相手を油断させるような言動や振舞いを態としていた。
完全に油断させてから闇討ちするような手合い……やはり元ゲリラの?
詳細は不明だが、確実にプロである事は分かる。
恐らくはバーナー博士が依頼したのだろうが、此方としてはかなり勉強になる。
嫌な戦い方をする人間ほど、戦場において参考になる者はいない。
卑怯卑劣は戦場においては誉め言葉であり、如何に相手を出し抜けるかが重要だ。
その点においては、相手は一流だろう。
相手はゲリラ兵のような戦い方をするのだ。
次はどんな卑怯な手を打って来るかは分からない。
慎重を期して、自力で探す他ないだろう。
ゆっくりと進みながら、頭上に視線を向ける。
遥か先まで伸びており、天井となる部分まではかなりの距離がある。
スラスターを使って飛べばすぐに届くだろうが、此処でスラスターを使えば敵に位置がバレてしまう。
そうなれば奴からの奇襲を受けるのは想像に難い。
先に敵の位置を見つけた方に勝機がある。
相手の不意をついての攻撃であり、防ぐ事は難しい。
広いとはいえ、周りには壁があり動きづらさはある。
回避行動を取ろうにも、逃げ場は限られている。
俺は冷静に周りの障害物を認識し分析していく。
考えろ。俺が奴ならどうする……どうやって俺に攻撃を仕掛ける。
恐らく、敵は既に俺の位置を割り出しているだろう。
俺がサーマルを封じられていても、奴はサーマルを気兼ねなく使える。
奴はサーマルを起動してから俺の位置を特定し、暗視センサーに切り替えて微細な動きも見逃さないようにする筈だ。
つまり、此方の位置を割り出すのは簡単であり……機を伺っているな。
攻めるタイミングを計っている。
今も何処からか此方を監視している筈だ。
奇襲をしてくるのは確定であるのなら、それを受ける前提で行動する他ない。
ならば、俺自身が動いて――奴を焙りだすッ!!
俺はスラスターを点火した。
そうして、一気に頭上へと上がって行く。
グングンと加速しながら、天井を目指して突き進み――ッ!!
殺気を感じた。
その瞬間に、俺は機体を回転させてブーストした。
すると、俺の軌跡をなぞる様にペイント弾が斜め下から放たれた。
それらは船内の壁を穢し、キラリと奴の単眼センサーが光ったのが分かった。
奴は俺をハッキリと見ていて、俺はニヤリと笑いながら――天井を突き破る。
《――なにッ!?》
ガラガラと派手な音を立てて、脆くなっていた船内の壁を突き破る。
天井を一瞬だけ見ただけで分かった。
経年劣化により装甲が腐敗しており、メリウスの体当たりで簡単に壊れると。
天井を突き破った瞬間――大きく開いた穴から強い光が差し込んできた。
俺は暗視センサーを使っていないので、光量が自動で調整されるが。
奴は暗視センサーを使っていたからこそ、急な光にシステムが対応できていない。
奴の機体が狼狽えるように一歩下がった。
その動きを見逃す筈もなく、俺は一気に奴へとブーストして接近した。
船内へと潜り、ライフルの照準を奴に合わせて――
《なぁぁんてな!》
「――っ!?」
奴の声が聞こえた瞬間。
奴のショルダーキャノンが火を噴く。
真っすぐに飛んできた焼夷弾。
咄嗟に盾でガードすれば、激しい音を立てて周囲に炎が広がる。
やはり、まだ携行していたようだ。
炎を振り払い、奴へと視線を向けて――ぅ!!
奴は目の前に迫っていた。
そうして、そのまま盾で俺の機体を突く。
派手な音を立てて機体が押し上げられて。
俺はまた壁に突っ込んで穴を空けた。
残骸が周囲に飛び散り、システムが警告を発している。
してやられた。そう思いながら、奴へと膝蹴りを見舞う。
ガシャリと音を立てて奴の機体を弾き、銃口を奴へと向けてボタンを押す。
ガラガラと音を立てて弾丸が奴へ殺到し、奴は盾で銃弾を弾きながら逃れようとする――させるかッ!!
俺は逃げようとした奴にブーストで肉薄。
奴は咄嗟に盾で攻撃を仕掛けて来た。
横薙ぎに振るわれたそれを下への降下で回避。
そのまま機体を上昇させながら、此方も盾で奴の胴体部に攻撃を放った。
《ぐぁ!!?》
「――お返しだッ!!」
盾を思い切り振りかぶり奴のコックピッドを揺らす。
そうして、奴の機体を上空へと弾きながらライフルの銃口を奴に向ける。
これで終わり、これで決着――そう確信していた。
《まだまだッ!!》
「うあ!!?」
奴が盾を持った手を此方に振るう。
出鱈目な動き、破れかぶれの振り方――いや、違う。
ばしゅりと音がしたと思えば盾が勢いよくパージされた。
盾は激しく回転しながら此方に迫り俺が放った弾丸を全て弾く。
そうして、そのまま俺のライフルに当たりそれを彼方へ弾き飛ばす。
やられると思われた一瞬で、奴は最適な動きをしてきた。
盾を犠牲にする事で俺の放つ弾丸を防ぎながら、俺の武器自体を手放せさせる。
ライフルが下へと落下していって、奴へと視線を向ければ銃口を此方に向けようとしていた。
スローモーションに感じる世界。
奴の確かな殺気と、精確に此方のコックピッドを穿とうとする未来が見えた。
やられる、やられてしまう――体が動く。
奴が弾丸を放った。
空薬莢が宙を舞い。
ペイント弾が眼前に迫って――紙一重で回避できた。
奴が息を飲むのが伝わって来た。
体が勝手に動き、弾丸と機体の隙間がほぼゼロの状態で避けられた気がした。
俺はそのまま滑らかな動きで奴へと迫り、蹴りによって奴のライフルを彼方に弾き飛ばした。
《人間の動きかよッ!!》
「……!」
ハッとしたようになり、慌てて奴から離れる。
そうして、宙を舞うライフルを追いかけて行った。
奴も一緒に来ており、そのショルダーキャノンの砲塔が俺に向けられていて――ブザーが鳴った。
ハッとしてテントの方に目を向ければ白煙が上がっている。
模擬戦闘の終わりを意味しているであろうそれ。
それを確認した俺はその場に留まり、チラリと奴を見た。
すると、奴はチラリと俺を一瞥してから去って行こうとする。
《命拾いしたな……忘れるな。戦場は今日みたいに甘くはねぇぞ》
「……勉強になった。ありがとう」
《……ケッ。クソ真面目な野郎だ》
奴はそう言ってスラスターを噴かせた。
去って行くヨハン機を見つめていれば、ロイドが声を掛けてきた。
《タイムリミットですね。模擬戦闘は終了です。お疲れ様です、ナナシ様》
「……お前、何で黙ってたんだ」
《……? 私とのトークセッションをご希望でしたか。次回からはネタを用意しておきます》
「いや、そうじゃなくて…………いや、もういい」
恐らく、ロイドなら分かっていた筈だ。
敵がレギュレーション違反を犯した時点でこの模擬戦闘は意味が無い事を。
しかし、それを止めなかったという事は……こいつは最初から知っていたに違いない。
最初から敵は焼夷弾や爆弾を持ち込む事を知っていた。
だからこそ、こいつはウッドマンさんに報告する事もしなかった。
いや、もっと言うのであればウッドマンさんたちが途中で止めなかった時点でこれは最初から想定されていたに違いない。
つまり、俺だけが何も知らず一杯食わされた事になる……やられたな。
俺は乾いた笑みを零しながら、ゆっくりとテントのホウンい向けて機体を動かした。
まぁ別にいい。本番を想定しての戦闘であるからこそ、こういう予測不能な事態にも対処できなければいけない。
軍人時代からこういう事はよくあった。
事前に聞いていた情報通りだった事の方が稀であり、何かしらのアクシデントがつきものだ。
それを久しぶりに思い出せただけでもいい経験だったと思う事にしよう。
俺はそう思いながらテントの近くに着陸した。
メカニックたちからの指示に従い、ハッチを開いて外に出る。
ワイヤーをグローブ越しに掴んで足を掛けて降りていく。
そうして、地面に足をつけてからヘルメットを脱いで新鮮な空気を取り込んだ。
向こうの方を見れば、ヨハンも機体から降りて何かを飲んでいた……酒か?
銀色のボトルに入った何か。
それを勢いよく飲んでから、奴は豪快に息を吐いていた。
完全に酒のようであり、俺は苦笑しながら近づいて来たバーナー博士とウッドマンさんを見る。
「いや、素晴らしい戦闘だったよ!! 良いデータが採れた!! やはりヨハンに頼んで正解たっだだろう!!?」
「……すみません。博士から口止めされていて言えませんでした……今夜お暇でしたら、私が御食事をご馳走します」
「本当かねぇぇ!!? では私は」
「――博士はダメですッ!! 絶対にダメですから!!」
「ええぇぇ!! 何でだいぃぃ!!?」
何故か口喧嘩を始めた二人。
そんな二人をジッと見つめていれば、ふと気になって自分の機体に目を向ける。
「……洗ってやらなくちゃな」
ペイント弾はそれほど受けていないが。
問題なのは焼夷弾であり、装甲が煤塗れになっていた。
綺麗な筈の灰色のカラーリングも、煤で黒く染まっている。
メカニックの方々に任せっぱなしでは、自分としても申し訳ない。
時間があるのなら洗浄作業を手伝いたい事を二人に伝えれば、ウッドマンさんは「別にいいんですよ?」と言う。
「……いえ、こいつは俺にとって……大切な機体なので」
「……そうですか……そうですよね。でしたら、今日は模擬戦闘のみで後は自由に……それでいいいですよね。博士」
「……うーん。まぁ、パイロットの願いを無下には出来んからな……その代わり。明日は高機動戦のテストにしようか!」
「……大丈夫ですかナナシさん?」
「俺は大丈夫ですよ……ありがとうございます」
「いえいえ、それでは戻りましょうか。先に車に乗っていてください。私たちはヨハンさんに説明があるので」
そう言って二人は去って行く。
傍で待っていた若いメカニックの一人がサッと飲み物が入ったボトルとタオルを渡してきてくれた。
俺はお礼を言いながらタオルを首に巻き、ボトルの蓋を開けて中身を飲んだ。
新鮮でひんやりとした水であり、熱を持った体には心地が良い。
俺はゆっくりと口からそれを外して息を吐く。
そうして、愛機であるアンブルフに後で綺麗にしてやると伝えてから、車を目指して歩いて行った。
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