083:理不尽な暴力
約束の日を迎えて、午前中は端末を起動させて漫画を読んでいた。
ミッシェルのおすすめとヴァンのおすすめの漫画があったからな。
ミッシェルのオススメするのは熱血系の主人公が拳一つで全てを解決するバトルもので。
ヴァンはロケットパンチという必殺技で戦うロボットものをすすめてくれた。
どれも手に汗握る展開があり、読んでいれば時間を忘れてしまうほどだ。
色々とあってまだ途中までしか読んでいなかったのを思い出し読み進めていれば、あっと言う間に夜になっていた。
上は白いTシャツに黒いジャケットを羽織り、下は動きやすい黒いズボンを履いた。
首にはちゃんとマフラーをかければ首輪は見えなくなる。
着替えを終えてから、宿舎の前で待っている二人と合流する。
空を見れば綺麗な月が出ていて、風が吹けば少し肌寒い。
何時ものように共用スペースで誰かしらがいるかと思ったが、今日は誰もいなかった……まぁそんな時もあるか。
ライオットやドリスは暖かさそうな格好をしていてヘルメットを被っている。
二人もスクーターを持っているようで、ライオットのものは真っ赤でありは少し厳つい。
ドリスのものは水色であり小さく愛らしい印象を覚えた。
俺たちはそれぞれのスクーターに乗り移動をした。
トクトクトクというエンジン音を聞きながら、寒空の下を走って行く。
街灯の灯りの下を潜り抜けながら進んで行けば、娯楽施設があるエリアに行っていると分かった。
しかし、娯楽施設のエリアの何処へ向かうのかとついて行けば……一つの建物へと案内された。
スクーターから降りてメットを取る。
そうして、見れば円形状のそこそこ大きな建物の前についた。
黒塗りの壁に、窓も少ないくらいだろうか。
怪しげな見てくれであり、看板の類は一切ない。
唯一分かるのは夜だと言うのに賑やかな声が外からでも分かるほどに響いてい事くらいで。
恐らくは、沢山の人間がこの中にいるんだろうが……何の施設だ?
ライオットは此処だと言う。
そうして、彼を先頭にして中に入れば、ムワッとした熱気が伝わってきた。
「やっちまえぇぇ!!」
「そこだ!! 撃て!!」
「逃げろ逃げろ!!! 馬鹿野郎がァァ!!! 何処見てんだよぉぉ!!!?」
「アァァァだめだァァァ!!! 俺の金がァァァ!!」
「……何だ、これ?」
外は寒いくらいなのに、この中は暖房をがんがんにつけていると思うほどに熱気が充満している。
そうして、騒々しいほどの声が響いていて中はライブ会場のようになっていた。
大型のスピーカーが設置されていて、銃弾の音やスラスターの音が聞こえて来る。
中心の壇上の上にはシミュレーターが幾つか置かれていて、映画を見るような大型のスクリーンが設置されている。
扇上に広がる観客席からは無数の人たちが檄を飛ばしていた。
その手にはポップコーンやホットドッグ、ビールなどが握られている。
パット見ただけで分かるが、会場にいる多くがパイロットやメカニックであり……何なんだ?
中心部にある大型のスクリーン。
彼らはそれを真っすぐに見つめながら、端末を握りしめている。
唾を飛ばしながら叫んでいる人間が大半で、その表情は鬼気迫るようだった。
その傍には電光掲示板のようなものもあり数字が書かれていて……賭け試合か?
スクリーンに映っているのはメリウスだった。
メリウス同士が戦っている映像が流れており、掲示板にはオッズのようなものが表示されている。
どう見ても賭け試合であり……此処でライオットたちが俺に何をさせようとしているのかを悟った。
ガヤガヤと騒がしく熱気がむんむんとしている。
誰も彼もが目を血走らせていて、必死になって応援のような叫び声を発している。
やらせたい事は分かる。しかし、何故ここを選んだのか……いや、何となく分かる。
眉を顰めながらライオットに視線を向ければ、取り仕切っている人物らしき男に話している。
指を俺の方に向けていて、支配人らしき男は怪訝な表情を浮かべていた。
しかし、ライオットが懐から端末を出して何かをその支配人に送っていた。
すると、支配人らしき狐のような顔をした男は途端にニコやかな顔になってライオットと話し込んでいた。
俺は嫌な予感をさせながら、傍にいるドリスに質問する。
「……何となくは分かるが……此処で俺を戦わせるつもりなのか?」
「ふふ、そうです……あ、勿論嫌なら帰りますけど……その、良かったらナナシさんの戦い方を見せて欲しくて……ダメですか?」
人差し指同士をちょんちょんと突き合わせながら、上目遣いで聞いてくるドリス。
此処で断って帰るのは簡単だが、もうライオットは申し込みをしてしまっているのだろう。
だったら、逃げるような真似をすればライオットだけでなくドリスの面子も潰してしまう。
初めて此処で知り合った友であり、彼らは俺の事を気に掛けてくれていた。
だからこそ、悪意が無く、善意で誘ってくれたのなら――戦うしかないだろう。
俺は静かに頷いてから戦うと伝える。
すると、ドリスはパァっと表情を明るくさせた。
暫く待っていればライオットが戻って来る。
何故だか緊張した面持ちであり、何を話していたのかと聞く。
「……試合を申し込んできた。此処で一番強い奴と戦わせてくれってな……俺の全財産をお前にベッドするって言ったら、何とかセッティングするって約束してくれてな……まぁ気楽に戦ってくれよ」
「……幾らくらいだ? 此処に来て日が浅いならそんなにないんじゃ」
「――三百万バークだ。俺の今まで貯めた貯金だ」
ライオットは何ともないような顔でそう言う。
三百万なら相当な大金だろう。
給料だけでなく、今まで何かをしていて貯めた金であるのなら……文字通り全てということになる。
「……私も、全部かけます。ナナシさんに」
「……なぁ、どうしてそこまで俺を高く評価するんだ。まだ、実際に見ても無いのに」
俺は疑問に思った。
会って間もない上に、俺が真面に戦っている所も見ていない筈だ。
知っているのはDランクの傭兵で、他には今までの経歴くらいだろう。
詳細には話していない。かいつまんだ情報で……何がそこまで駆り立てるんだ。
俺が訝しむような目を向けながら言えば。
ライオットはにやりと笑いながら言う。
「決まってるだろ――お前から強者の匂いを感じるからだ」
「強者の匂い……?」
「あぁ、まぁ適当に聞こえるかもしれねぇけど……初めて見た時から、お前の瞳を通して戦場の景色が見えた気がしたんだ……俺たちの想像もつかないような経験を積んできて、過酷な戦いから生き残って……ドリスもそうだろ?」
「……はい。ナナシさんからは兄以上に、頼もしい空気を感じるんです……だから、私たちは許せなかったんです」
「……何をだ?」
何を許せないと言うのか。
俺がそう尋ねれば、二人はずいっと顔を近づけて来る。
「ナナシがバカにされるのがッ!!」
「ナナシさんを揶揄う人たちがですッ!!」
「……そうか」
目を丸くしながら二人を見つめる。
彼らの言葉に嘘は感じない。
真実の気持ちであり、俺の為に怒ってくれていた。
こんなにも真剣な顔で言われれば、もう後には退けない。
何処までやれるかは分からないが――二人を失望させたくない。
俺は静か頷いてから、笑みを浮かべた。
そうして、二人の為にもベストを尽くすと約束する。
すると、二人はにしりと笑い。ライオットが「日頃の鬱憤を晴らして来いよ!」と言う。
そのタイミングで、スクリーンの方から歓声が上がった。
勝負がついたようであり、そちらに視線を向ければ卵型のシミュレーターらしきものの中から二人の男が出て来た。
一人は角刈りの金髪にサングラスを掛けた屈強な体つきの男で。
彼は頭をくしゃくしゃと掻きながら悪態をついて壇上から降りて行った。
もう一人は細身の体でありながら鍛えられた肉体をした長身の男だ。
綺麗に整えられた短めの黒髪に青い瞳をした甘い顔つきをした男であり、そいつは爽やかな笑みを浮かべながら手を振る。
すると、ファンなのかもしれない女のメカニックや研究者たちが黄色い声援を送っていた。
二人の背後でメカニックらしき人間たちが急いでシミュレーターの調整を行っている……手慣れているな。
壇上に上がった赤い蝶ネクタイにちょび髭の司会者の男が勝者を褒め称え始めた。
「またしても!! ネイト・シーガー選手の勝利です!! これは凄い。なな何と!! シーガー選手驚異の二十八連勝!!! これが傭兵ランクCの実力か!!? テストパイロットになった今でも、その力は衰えを知らないようだ!! 最早、誰も彼の快進撃を止める事が出来ない!! イケメンの上にパイロットとしての実力も一流!! 神はこの男にどれだけの加護をお与えになったのかぁぁぁ!!?」
ネイト・シーガーか……知らないな。
元Cランクの傭兵らしいが。
目立った功績は挙げていないのかもしれない。
名が知れているのであれば、Cランクであってもネームドになっていても何ら可笑しくない。
俺が知らないだけかもしれないが……二人なら何か知っているか?
俺は気になって二人に質問をした。
すると、ドリスが代表して説明してくれた。
「ネイト・シーガー22歳。十六の時に傭兵となり、僅か六年ほどでCランクにまで至った男。主にハーランドからの依頼を受けて来たようです。その功績もあって、特例で傭兵である彼をハーランドはテストパイロットして迎えています。実力は本物ですが、目立った功績は無く難度の高い依頼を受けた事もない……にも関わらず。Cランクになっている事から彼を押し上げる為に、ハーランドからの印象操作があったという黒い噂がありますが……まぁ彼に嫉妬する男たちからのひがみと言う可能性が高いと思います」
「……シーガーか。まさか、今日も来ているなんてな……ヤバいかもしれねぇぜ、ナナシ」
「……? そうなのか」
「……え? 見てなかったのか。さっきの試合!」
「いや、見ていたが……まぁ気を付けるよ」
「……まぁいいよ……たぶん、アイツが相手になると思うから。奴の情報を」
「――いや、それはいい」
「は? でも」
敵の情報を渡そうとしてきたライオット。
俺はそれを片手で制した。
傭兵として敵の情報を取る事は何よりも重要だ。
情報一つで戦局が大きく変わるなんて事はざらだ。
だからこそ、普段であれば喜んで受け取っているところだが……今日は試合だ。
試合であるのなら、フェアでいきたい。
相手は俺の事を知らず。俺も相手の事を知らない。
それで対等であり、いい勝負が出来るというものだ。
ライオットやドリスが俺に賭けてくれている事は分かっている。
だが、これで相手の弱点を知っていたから勝てたなんて思われれば、それこそ彼らの想いを無駄にしてしまう。
対等な条件で勝ってこそだろう。
俺はそう思いながら、司会者の言葉を聞いていた。
「――さぁ続いての試合ですが……何と!! 飛び入りの挑戦者がいるようです!! ナナシ選手、どうぞ壇上へ!!」
司会者がそう言って俺を呼ぶ。
すると、先ほどまでの熱気が嘘のように引いていく。
ざわざわと観客たちがざわめきだして、あまりいい言葉は聞こえてこなかった。
「……ナナシ? それってあのミスター失敗か? くくく」
「知ってる知ってる。ただの歩行テストなのに何度もコケて。第四の室長の車も破壊したらしいぜ」
「何だよそれ? 話にならねぇな。賭けになるのかよこれぇ」
ざわざわと騒がしい声。
その中には俺を侮辱するようなものが多くあった。
黙って聞いていたライオットやドリスがイラついているのが分かる。
俺は二人に顔を向けて、小さく笑みを浮かべて頷いた。
「……行ってくる」
「……あぁ、この場にいる全員の度肝を抜いてやれ!」
「……私は信じていますよ。ナナシさんはあんなフニャフニャ男に負けないって!」
二人の声援を聞く。
そうして俺は壇上へと歩いて行った。
俺に気づいた人間たちが道を開ける。
くすくすという嫌らしい笑いが聞こえてくるが無視する。
関係ない。周りに何と思われようともどうでもいい。
俺はただ信じてくれた二人の為に戦いたい。
戦って――勝つだけだ。
階段を上がり壇上へと上がる。
スポットライトを浴びせられて目を細める。
近くには司会者の男が立っている。
「ナナシ選手! 勝つ自信はありますか?」
「――ある」
「――!」
俺は断言する。
すると、目の前にいるシーガーが驚き目を丸くしていた。
司会者の男は俺の言葉を聞きながら「本当ですか? 噂ではウッドマン室長の車を破壊したそうですが?」と言う。
その瞬間に、会場に男たちの笑い声が響いた。
誰も俺が勝つなんて思っていない。
誰も勝負になるとすら思っていない。
俺はニヤリと笑う。
そうして一言、言葉を送った。
「あぁそうだな。次は――敵のメリウスを破壊しよう」
「……ふふ。言うね」
俺の言葉が会場に響く。
何名かはまだ笑っていたが、シーガーの目は笑っていない。
完全に戦闘モードであり、俺を叩き潰すのが目的となっただろう。
「両者ともに戦意は十分! ささ、それではオッズは――おっと!! シーガー選手は1.2倍に対しナナシ選手は15倍だぁ!!」
「「「ハハハハハ!!」」」
会場が笑いに包まれる。
俺はそれを受けながら静かに時を待つ。
司会者は笑いを堪えながら、俺たちにシミュレーターに入る様に促してきた。
俺たちは握手をする事も無く中へと入る。
開かれたハッチから中に入れば――見慣れたコックピッドがある。
いや、少しだけ違う。
だが、大体のボタンやスイッチの配置は同じだ。
俺はベルトで体を固定しながら、久しぶりのレバーに笑みを浮かべる。
これだ、慣れ親しんだ感触だ……情報が表示される。
映し出されたのはメリウスであり、名前には”ニューライフ”と書かれていた……これは。
憶えている。
ヴァンたちの説明で、アンブルフの元となった機体がニューライフという名前だった事を。
道理でコックピッドの形や機体のシルエットが似ている筈だ。
違いがあるとすれば、アンブルフと違い機体のフォルムがやや肉付いていて。
軽量というよりは中量級のメリウスだと分かる。
カタログスペックを流し読みで見れば、高機動型ではなくバランス型の機体だと分かった。
アンブルよりは耐久力があるものの、機動力の点ではやや劣る。
特徴という特徴も無く、素人にも扱いやすい機体であると感じる。
頭部のバイザーを覆う装甲は少なく、青いセンサーが横に広がっている。
アンブルフのような細身のシルエットではなく、装甲が付け加えられていて特徴が無い分弱点らしきものは見えない。
大きな違いがあるとすれば胴体部と一体化したメインスラスターではない事だ。
背中に取り付けられた二つの筒状のそれがメインスラスターで、腰部などにサブスラスターがある。
機体の色はダークグリーンであり、狼と言うよりは兵士と言った印象を覚える。
……だが、問題ない。アンブルフの元となった機体なら――負ける気がしない。
自身に満ち溢れている。
武装を確認してから、俺はゆっくりと息を吸う。
そうして、真っすぐにモニターを見つめながら俺はレバーを握り開戦の時を待つ。
《準備はオーケーかい? チャレンジャー!》
「問題ない」
《……よし。それじゃ、カウントを始める……せめて、二分くらいは保ってくれよ?》
司会者からの言葉を受けて笑う。
通信が切られて戦場の景色が露わになっていった。
障害物の無い荒野であり、時刻は夜に設定されている。
保たせろと言う割には、選んだ地形は実力者向けだな。
障害物の無い荒野では、操縦者自身の腕が試される。
これがゴーストタウンなどであれば、隠れ潜む事も出来ただろう。
……いや、もしくは出鱈目な動きでもいいから逃げ回れと言う事か?
アイツ等は俺が何度もこけていた所を見ていた。
つまり、障害物が多い地形では自滅すると思ったのか。
そう考えれば、荒野の上に目視での確認が難しくなる夜であれば、少しなら奇跡が起こると考えたのか――笑えるな。
此処まで舐められたことは今まで無い。
どんなに俺や異分子を憎んでいる人間でも、戦闘において気を抜く奴はいなかった。
それは気を抜けば確実に殺されると知っていたからだ……だが、アイツらは違う。
完全に舐め切っている。
驕り高ぶっていて油断しきっていた。
だったら、やりようは幾らでもある。
カウントダウンは既に始まっている。
もう間もなくゼロであり、俺は目を細めながら月を眺める。
――3
綺麗な月だな……本当に。
――2
これが現実であれば、美味い酒を飲みたくなっていた。
――1
だが酒は無い……あるのは”獲物”だけだ。
――0
なら、たらふく――喰らえばいい。
ペダルを踏む。
メインとサブを点火し、一気に上昇する。
体全体にGと思わしき疑似的な負荷が掛かる。
そうして、機体全体が小刻みに揺れて風きり音が響く。
仮想の世界から感じるGを受けながら、俺は笑みを浮かべた。
グングンと加速しながら上空へと上がり――機体を回転させる。
銃弾が装甲を軽く撫でる。
コックピッド内が僅かに揺れた。
ダメージは無い。敵の居場所は――見つけた。
機体を一気に停止。
そのまま敵の方向へと加速した。
肉眼で朧げに見える敵の機体。
銃口を此方に向けながら固まっている。
《――!》
――オープン回線か。
息を飲むよう音が聞こえた。
敵の動揺が手に取る様に分かる。
狙撃をした瞬間に移動をしなかったのは油断の表れで。
慌てて此方を狙って弾丸を放ち――回避。
《――な!?》
見なくても分かる。
少し機体をずらすだけで避けられた。
胴体部を掠めたそれ。そのままスピードを落とす事無く更に加速。
豆粒のような奴の機体が大きくなり。
奴が放つ弾丸の軌道を予測し回避。
装甲を軽く撫でる弾丸の衝撃を味わいながら。
俺は機体を回転させて奴の照準を狂わせた。
焦り。大きな不安。
予想外の動きに対する戸惑い――見え見えだよ。
真っすぐな攻撃。
今まで何の疑いも持つ事が無かった男の射撃だ。
狙うままに放つ弾丸の軌道――予想しやすい。
奴の機体をハッキリと捉えた。
システムが軽く音を鳴らしロックオンしようとする。
その音を聞きながらボタンを押しレバーを操作。
腕部を動かしながら、静かに息を吸う。
両手に装備したカスタムライフルの銃口を敵に向ける。
月明かりの元で白く輝く装甲。
美しいフォルムのそれはメリウス用の狙撃銃を持つ。
妖精のようなシルエットであり、装飾に拘った外装だと思った。
軽量二脚のメリウスは、慌ててその場から飛び立つ。
背中の羽のようなスラスターが計四つ。
勢いのまままエネルギーを噴き出せば、立っていた場所には青い粒子が舞う。
速い。凄まじい加速であり、一瞬で遥か上空に移動した。
ブーストでは無いだろう。しかし、それに匹敵する。
推力はかなりのものだろう――だが、迂闊だな。
此方が攻撃をする前に怯えて逃げた。
レバーとペダルを操作し、変則機動の形で方向を転換。
此方の射撃を恐れて、予測させないようにしている。
教本通りの動きであり、よく勉強したのだろうと感じた。
「……」
ペダルを踏みながら、レバーを操りスラスターの向きを変更。
地上から離れるように飛翔し、奴を追うように見せかけて少し軌道を修正。
斜め上に上昇をしながら、ターゲットサイトを半手動で調整する。
ロックオンは不要――これは予測による攻撃だ。
俺はそのまま奴の予測経路を頭の中で瞬時に計算し、二つの銃口を別々に向ける。
一つは奴の機体に目掛けてすぐに放つ。
もう一つは時間差で放ち、それぞれで攻撃を仕掛けた。
バラバラと音を立てて弾丸をバラまけば、空中に赤熱する弾丸が飛翔する。
無数の火が夜空を彩り、空を翔けていく。
奴は俺の攻撃の音を聞き、瞬間的な動きで機体の方向を転換。
見えない弾丸を避けようとした――が、見えていない。
《――ぅ!!》
一直線に飛ぶ弾丸の目指す方向。
奴の機体に目掛けて放った弾丸は大きな動作で簡単に避けられた。
しかし、回避方向にバラまいたそれらは見えていなかった。
奴は自分の意思で時間差で放った弾幕の中へと飛び込む。
誰もいない筈のそこに、奴の純白の機体が現れた。
タイミングは完璧。回避は――不可能。
奴は動揺を露わにしながらも回避も出来ずに、もろに全身に弾丸を喰らう。
予想通りだ。経験の浅さが露見した。
ロックオンもしていない俺の攻撃を警戒し、回避行動を取ったのが運の尽きだ。
バチバチと音を立てて、奴の穢れを知らない白を黒く染めていく。
奴はくぐもった声を上げながら、弾丸の雨の中を進む。
弾丸が触れた場所から火花が散り、無数のそれが夜空を綺麗に彩っていた――奴はそのまま弾幕の中を強引に抜けていく。
奴の綺麗な装甲は少し黒んずんでいる。
が、目に見えて機動力が低下した訳じゃない。
俺の弾丸は奴の装甲を穢すだけに留まった。
……真面に喰らって、あの程度か……機体性能に救われたな。
ハーランドの武装とはいえ、安価な値段で広く流通するカスタムライフル。
現地で回収されたものならいざ知らず。
何の改修も施されていないオリジナルの状態では、奴の装甲に穴を空ける事は出来ない。
だが、此方の武装はカスタムライフル二丁だけで――面白い。
不可能な依頼。
勝算の薄い勝負。
機体性能が歴然で――それがどうした。
人は逆境の中で成長する。
追い込まれれば追い込まれるほどに真価を発揮するのだ。
致命傷を与える事が出来ないのなら、此方が工夫すればいいだけだ。
何百発でも、何千発でも――当ててやるよ。
《――っ!》
奴が再び息を飲む。
その声に口角を上げながら、俺は機体を手足のように操作する。
これだ。この感覚だ。
見下され、嘲られ、罵られ、理不尽な目に遭い――発散する。
全ての負の感情も、全ての痛みも。
戦場であるのなら忘れられる。
この場所だけはどんな常識も関係ない。
権力も地位も関係なく、純粋な力の勝負で全てが決まる。
正しい世界、原初から続く戦いのルール――強い者が生き、弱い者が死ぬ。
「――はは」
《――笑って――っ!!》
ペダルを強く踏み加速。
奴が武装を切り替えて、ミニガンを装備した。
狙撃銃は肩にマウントし、背中から腕に装着されたそれが俺に向き――火を噴いた。
無数の輝き。
火の玉のようなそれが眼前に広がって視界を覆いつくす。
見える。スローに感じる世界で全てが見えていた――笑みを深める。
機体を一気に回転させて、最短距離で奴へと向かう。
避けるんじゃない。触れるくらいが丁度いい。
無数を最小の動きで躱し、数発が装甲を薄く掠めていく。
火花が散り、ニューライフの装甲を撫でて、一部がはじけ飛ぶ。
システムが警告を発するが、損害は軽微――まだまだッ!!!
《――ぃ!?》
「はは!」
奴へと銃口を向ける。
弾丸を発射する事に夢中になり動きが単調になっていた。
そんな奴へと連続ブーストにより接近。
眼前に迫った奴の機体目掛けて――蹴りを放つ。
機体重量と加速による恩恵で破壊力が増した一撃。
奴の装甲がメキメキと凹み、パキリと軽く罅が入る。
更に加速しながら奴の機体に脚部を押し当てた。
奴はその衝撃に耐えながら、足を動かして逆に攻撃を仕掛けて来た。
人間のような滑らかな動きで衝撃を往なし、即座に回し蹴りを仕掛けて来た。
流石は傭兵。Cランクは伊達ではない。
咄嗟の動き。脳波リンクアシストの恩恵で――そういうことかッ!!
機体をずらして奴の一撃を回避しようとした。
しかし、僅かに奴の蹴りが頭部を掠めていく。
映像が乱れて、その隙に奴が俺から距離を離そうと動いた。
気配から奴の機体が遠ざかろうとするのが分かる。
理解した。
脳波リンクアシストの仕組みを。
正しい使い方の糸口を――感謝しよう。
俺は笑う。
ヒントをくれた先輩に最高の笑顔を向けた。
そうして、逃げる先輩を追いかけながら、新システムの答えを掴む為に大空を翔けた。
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