016:夢を追いかける者(side:ヴァン)
会社の事務室で電話をする。
硬いだけの椅子に座りながら、俺は机を指でコツコツと叩く。
相手は壮年の男の声で、俺がこの業界に参入してから世話になっている人間だ。
淡々と伝えられる情報を頭の中で整理していく。
そうして、全てを話し終えた男は仕事に戻ると言う。
「そうか。分かった。ありがとう……引き続き頼むよ」
電話を切り、端末を机に置く。
小さく息を吐きながら、俺は椅子にもたれかかった。
天を仰ぎ見るように天井を見つめる。
今、この部屋には誰もいない。
イザベラは機体のメンテナンスに出かけて、ヴァンとミッシェルは買い物に行った。
窓を見れば、陽の光が差し込んでいる。
壁に掛けられた時計は午後三時を示していた。
電話をしたりしてる間に、数時間が経過してしまっていた。
この時間の間に、俺は昔の伝手で情報屋を頼った。
調べてもらっている事は三大企業のSAWに関する事で。
何故、奴らは態々、正式な依頼を発注し、それを偽装してまでイザベラとナナシを試したのか。
二人の話を聞いて分かった事は、SAWは何かの計画に向けて人を集めている事だ。
情報屋が調べた限りでは、同じような依頼を多くの傭兵に出しているらしい。
それも一つや二つでは無く。多くのグループにだ。
ランクなどは関係なく、最近、傭兵登録を済ませたナナシも巻き込んだのだ。
上限の無い最低ランクのEであろうとも、奴らにとっては関係ない。
無差別なのか選んでいるのかは分からない。
しかし、まだ傭兵になって日が浅いナナシの事も奴らは知っていた。
奴らはナナシの事を元猟犬と呼んだらしい……何処でその情報を。
これから察するに、奴らは独自の情報網を使って有力な乗り手を探している。
ランクは関係なく、本人の実力だけで選んでいる節がある。
最も、実力のある者ばかりを集めるのなら、異名を持っている奴に声を掛けるのが手っ取り早いが。
何故か、情報屋によれば異名を持たない人間もいたという。
「アイツ等も、依頼に騙されていただけか」
調べてみれば、あの依頼で敵対した傭兵グループ……アイツ等も同じ偽装された企業から依頼を受けていた。
依頼の内容までは分からなかったが。
恐らくは、コンテナを死守しろとかそういうものだろう。
有力な乗り手同士を戦わせてふるいにかけている。
恐らくは、人数がいれば済むような計画ではない。
確実に戦える戦力だけを集めて何かを仕出かそうとしていた。
それも異名付きだけではない。
何かを秘めた人材を集めて……その中にはナナシもいる。
先ずは、奴らの計画が何かを突き止める必要がある――その手掛かりはあった。
「……それが、これか」
ゆっくりと端末に触れる。
そうして、表示したのはナナシたちが受け取った奴らのデータだ。
そこには異分子の国で集めたであろう情報が載っている。
奴らの中には序列が存在して、その中でも上位の人間は”親衛隊”なるものを構成していると。
王を守る為の組織。王直々の命令を遂行する為のエリートたち。
その全員がメリウスに乗って戦う為の訓練を受けていて。
確認されただけでも、百を超える名のあるパイロットが奴らに殺されていた。
単純に個の戦闘力が高いのか。
それとも、統率力があり部隊の指揮が的確か……その何方もある気がするな。
訓練された兵士たちで。
末端の人間であろうとも、奴らは此方の十人分の兵士に匹敵するほどの力を有している。
俺も何度か出くわした事があるからよく知っている。
異分子たちは優秀であり、奴らが本気を出せばこちら側も危ういだろう。
親衛隊のメンバーの顔や名前は分からない。
奴らは基本的にコードネームで呼び合っているらしい。
そのコードネームがどんなものですら分からないが。
そこまでの情報は、このデータに書かれている。
親衛隊と王。
地上に突如現れた王は、瞬く間に西部地方の領土を奪い自らの国とした。
奴は異分子から信頼を得ており、奴に忠誠を誓った兵士は絶対に裏切らない。
奴らが何を企てているのかは”昔”の俺でも分からなかった。
何を考えて、どんな理念があり行動しているのか。
異分子たちの自由の為か。それとも、単純な復讐か。
……だけど、一つ言える事はこの世界を大きく変えてしまうような事である気はする。
神は――”あの女”は言っていた。敵を討てと。
「……その敵については詳しく話さ無かった癖によ……ケッ」
俺は端末をスクロールさせながら。
その最後に書かれていた情報を見る。
そこには黒い煙に覆われて姿が見えない何かが映っている。
恐らくは、それがいるのは何かしらの影響で破壊された街なのだろうか。
その大きさは建物を遥か下に置くほどの大きさで。
目算では軽く百メートルは超えているだろう。
この街を俺は見た事がある。
特徴的な塔があるが、それは半ばから折れている。
昔、訪れた事がある街で……確かあの街は五年前に”天災”に襲われて消滅した筈だ。
ニュースでも報じられていた。
街を吹き飛ばすほどのサイクロンが複数発生して。
綺麗だった街は崩壊し、今ではただの瓦礫の山らしい。
だが、妙だと思った点はあった。
どんなに規模が大きい災害であろうとも、普通であれば生存者がいる筈なのに――生き残った人間は”ゼロ”だった。
「……これだったのか?」
今一度、写真を見る。
何も見えていなくて、これだけでは何とも言えない。
ただ大きな影であり、合成だと言われてしまえばそれまでだ。
しかし、当時は一部の調査委員以外はあそこに侵入する事を禁止されていたんだ。
ただの災害であるのなら、ボランティアでも何でも派遣すればいい。
それをしないと言う事は、本当に生き残った人間は誰一人としておらず。
アレによって全ての人間が死に絶えたと言う事だ……妙じゃないか。
この黒い煙に隠れた巨大な何か。
そして、五年前に起きた街一つを滅ぼした天災。
繋がりが無いなんて事は無いだろう。
恐らく、上の人間たちは何かを隠そうとしている。
そして、SAWの人間はそれに気づいていて何かを計画していた。
態々、俺たちにこんな意味ありげな情報を公開したのだ……これで俺たちも共犯ってか?
無理やりな協力関係。
しかし、これを見てしまえば言い逃れは出来ない。
もしも、他の三大企業から不況を買えばその時はSAWに守ってもらうしかない。
……俺たちは平等で公正な傭兵としてビジネスをしていく筈だったのにな。
受け取ってしまった時点でもう俺たちに逃げ道は無いのだ。
引き返す事も、過去に戻る事も出来はしない。
だったら――進むしかない。
あの二人も依頼を受ける事に関しては前向きだ。
それに、騙されたとはいえ依頼料はたんまりと貰えた。
それも色を付けてくれたようであり、これでは文句の言いようも無い。
取り敢えず、三人には給料を渡しておいた。
機体の修理費などを差し引いても満足のいく額だ。
毎回、これだけの金が振り込まれるのなら良い事なんだが……いやいや、危険はダメだ。
どんなに旨味があろうとも。
社員が危険に陥るような依頼はダメだ。
社員あっての会社であり、俺一人では何も出来ない。
起ち上げた当初のメンバーたちの顔は今でも覚えている。
――俺とイザベラと”コージ”の三人だ。
記念すべき出発。
それから何年も掛けて実績を積み。
会社の経営も回る様になっていった。
苦楽を共にした仲間で、掛け替えのない友人。
人数が増えて、これからだった……そうだったのに……。
俺にとっての宝は今いるアイツ等で――もう二度と”失う”訳にはいかない。
俺は端末を握りしめながら、”亡き友”を思い浮かべる。
記憶の中のアイツは何時も笑っていた。
ぶっきらぼうな俺を励ましては根拠のない自信に満ちていて。
そんなアイツが大好きで、今でもアイツに会いに行っている。
そうして、俺は今いる仲間を思い浮かべた。
ナナシやイザベラ、ミッシェルを思い浮かべて――笑う。
最後まで残ってくれた友人たち。
こんな俺を信じてついてきてくれた友人。
無くしたくない。だからこそ、いざという時は――扉が開く。
端末をポケットに素早く戻す。
そうして、入って来た人物を見れば――イザベラだった。
彼女は不満そうな顔で部屋に入り。
ぶつぶつと独りで文句を言っていた。
「全くついてないねぇ。丁度、必要なパーツを切らしてたなんて……何だい。まだいたのか?」
「……ははは! 借りた金の計算してたら時間が掛かってなぁ……嫌になっちまうぜ」
「それは相手もそうだろうさ……たく、その金使いの荒さは誰に似たんだろうね」
「さぁ誰だろうな。俺には親父もおふくろもいないからなぁ」
イザベラはピタリと手を止める。
箱の中に入っていたパーツ漁りを止めて何かを考えていた……まずったかぁ。
「……暇なら付き合いな。人手が欲しいんだ」
「ん? いや、暇って訳じゃ」
「――貸りを返しな。拒否権は無いよ」
「……へいへい。何処へなりとも行きますよ」
再び手を動かし始めたイザベラはそう言う。
素直では無いが、優しい奴だとは思った。
こんな俺なんかの為に会社に残ってくれたミッシェルとイザベラ。
二人共大切な家族のような存在で……目の前では言えないけどな。
掛けてあったコートを取って羽織る。
そうして、イザベラの近くに立って――何かを投げ渡された。
それを片手で掴めば、メリウスに使う為のパーツだった。
動力系に繋ぐための部品であり、これが必要な物かと問いかける。
「それも必要だ……でも、まだ足りない。今からショップを見に行く。荷物持ちは任せたよ」
「あいあい……え、そんなに重くないよね」
「……男だろ? 根性見せな」
「……俺よりも男らしい癖――にぃ!」
イザベラについて行こうとすれば顔面スレスレに拳が飛ぶ。
彼女はにこりと微笑みながら「何か言ったか?」と言う。
俺はダラダラと汗を垂らしながら、必死になって首を左右に振った。
「そう? なら良い……まぁ、一杯くらいは奢ってやるよ」
彼女は指を立てて俺の額を軽く小突く。
昔からこれであり、俺でさえもアイツは子共扱いする。
俺と年齢は変わらない癖に……でも、まぁいいさ。
アイツはアレくらいが丁度いい。
しおらしくしたり、弱気な姿何て似合わない。
何時も自信満々で、頼りがいのあるアイツの背中を見て二人はついて行くんだ。
俺はそんなアイツと肩を並べ合って、この会社で一旗揚げる。
目指すは億万長者であり、その暁には――いや、いい。
心の中で思っていても何も始まらない。
今はただ行動あるのみだ。
夢は大きく、行動は……まぁほどほどに行こう。
――命は大事に、だがな。
小さく笑いながら、奴を追う。
パンクなファッションに身を包んだ男よりも頼もしい背中。
それを追いかけて建物の外に出る。
そうして、扉を閉めてから奴と並び立って階段を下りていく。
他愛の無い日常。
もう昔の俺は何処にもいない。
俺は今を生きている。
これからも、ずっと先でも――俺は俺だ。
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