012:砂塵に舞う

 背後から迫りくる敵。

 奴が両手に持っているのはマシンガンであり――レバーを操作する。


 敵からの攻撃を察知して旋回。

 瞬間、背後から敵の弾丸が雨のように降り注ぐ。

 全てを薙ぎ払う暴力が音を立てて奴の眼下にある物を破壊していく。

 地面を豪快に抉り取り、被弾した建物はガラガラと崩れる。

 砂埃が巻き上がるが砂嵐に掻き消されて、後に残ったのは音のみだ。

 俺はそれを確認しながら、残骸を縫うように移動した。


 常に警告音は鳴り響いていた。

 敵が俺をロックオンしようとしている。

 その動向を読み取りながら、俺は常にスラスターを噴かせて移動していた。


 大きく倒壊した建物は避ける。

 辛うじて道がある場所を選択して。

 塞がっていれば軽くジャンプをして飛び越えた。

 勢いよく着地し加速。足元に転がっていた車の残骸を弾き飛ばして疾走していった。

 ギャリギャリと音を立ててアスファルトの地面を削って行く。

 背後のセンサーを確認すれば、敵は空中でゆらゆらと動きながら此方の様子を伺っていた。

 

「……よし」

 

 敵のミサイルを警戒しながら、コンテナから引き剥がしていく。

 さきほどのようにロックオンをされないように注意する。

 奴を翻弄する様に立ち回りながら、時折、此方からも攻撃を仕掛けた。

 機体の向きを反転させて、奴を頭部のメインセンサーで捉える。

 そうして、ライフルの銃口を向けて弾丸を放てば、奴は器用に機体を操作して避けて見せた。

 視界不良の中で逃げ惑う俺を追うだけでも困難な筈なのに。

 此方の攻撃に柔軟に対応していた……手練れだな。


 敵の攻撃を警戒しつつ、俺は事前に受け取ったマップを頼りに進む。

 なるべく多くの障害物があるルートを選んで。

 奴からの攻撃を阻害するように立ち回る。

 時間を稼ぐつもりはない。

 増援の心配は無いだろうが、相手も俺にも燃料の心配がある。

 そして何よりも、無駄に弾を消費すれば待っているのは――死だ。


 奴もそれを分かっていて迂闊な真似は出来ない。

 一瞬でも隙を見せれば攻撃を仕掛けて来るが。

 俺はその隙を出さないように動き回る。


「――ッ!」


 ――悪寒が走る。


 その瞬間に機体を横へとずらした。

 奴はブーストによって距離を縮める。

 そうして、地面に向かって蹴りを放った。

 アスファルトの地面が大きく砕けて残骸が舞う。

 奴はキラリとセンサーを光らせながら、両手の武装を此方に向ける。

 間髪入れずに放たれた弾丸。

 大きく跳躍しながら、すぐに建物に身を隠した。

 ガリガリと建物を削り取り、貫通した数発が胴体部を軽く撫でた。


 瞬間、システムが警告を発する。


 頭上を見れば、ミサイルが飛んできている。

 俺は機体をブーストさせながら、背後を向いてライフルの弾を放つ。

 残弾を気にする事無く、それへのロックオンも出来ないまま放ち。

 頭上から迫るそれらを撃ち落していった。

 一発、二発と撃ち落し――すぐ傍にミサイルが落ちる。


「――っ」


 勢いよく爆ぜて鉄片が機体に当たる。

 爆風から逃れながら、俺はライフルを敵へと向ける。

 奴は俺のすぐ傍まで接近していた。

 ミサイルだけに集中していれば、ゼロ距離から銃弾を撃ち込まれていただろう。

 奴は牽制の目的で弾を撃つ俺の攻撃を嫌い、すぐに距離を離していった。

 それを確認しながら、俺は再び前方に向き直り機体を走らせた。


 前方は黄砂で何も見えない。

 が、マップと己の記憶を信じるのであれば――間もなくだ。

 

「……そろそろだな」


 敵は付かず離れずの距離を保っている。

 俺からの攻撃を警戒しながら、隙を伺っていて。

 が、それも此処までで――ペダルを強く踏む。


「――ぐぅ!」


 背部のスラスターから一気にエネルギーが放出された。

 爆発音のようなものが響いたと思えば視界で飛ぶ砂の動きが一気に早まる。

 瞬間、体に強い負荷を感じた。

 

 まるで、巨人の手で体を抑え込まれているような圧迫感。

 肺が押されて一瞬だけ呼吸を強制的に止めさせられた。

 魚のように口を開け閉めしながら必死に空気を取り込もうとして。

 苦しさに抗いながら、俺は無理やりに空気を取り込んだ。

 そうして、奴から一気に距離を取ってから――工業地域を抜けた。


 アスファルトの地面から、自然の大地に降り立つ。

 軽やかに宙を飛びながら、勢いのままに砂に染まった大地に着地する。

 地面に溜まった砂を巻き上げながら、俺は勢いを殺すことなく突き進む。

 

 残骸が消えた事によって見晴らしがよくなる。

 視界は不良のままだが、それでも障害物はほぼ無い。

 俺は機体を操作して、強引に進行方向を変えた。

 砂を豪快に巻き上げながら、無理やりに旋回していく。

 レバーは小刻みに揺れていて。

 体を揺さぶられながらも、ベルトによって固定されているお陰でシートから剥がされる心配は無い。

 機体を弧を描くように旋回させて、ショットライフルを構える。

 そうして、肩部の閃光弾を斜め前に向けて放った。


 俺を見失った敵。

 奴は俺を探す為に索敵を開始する筈だ。

 そんな奴の虚を突くように閃光弾による強烈な光を見舞う。

 奴の移動予測経路は既に割り出した。その進行方向に撃ち込むだけだ。

 そして、光に気を取られている隙に俺はブーストによって距離を詰めて、至近距離からショットライフルを撃ち込む。

 火力に特化したショットライフルであれば、至近距離で数発撃ちこんだだけで中量級ほどなら大破させられる。

 ランチャーの向きを調整しすぐに放とうと――ッ!!


 ――強い悪寒が走る。

 

 俺は咄嗟に前方に向けてショットライフルを放つ。

 すると、何かに当たり目の前の空間が爆ぜた。

 目の前で爆発が起きて、視界全体が炎に包まれる。

 熱い。機体全体が熱せられて、取り込む空気すら燃えているようだ。

 

 砕け散ったそれの破片が装甲に突き刺さり、システムが胴体部に軽微の損傷を受けた事を知らせる。

 爆炎の中を突っ切りながら、俺はそれが敵のミサイルだと認識した。


 まさか、ロックオンもせずに――来るッ!!


 予測による攻撃だ。

 それを理解したからこそ、機体を横に向けてライフルの弾丸を放つ。

 ガラガラと音を立てて連続して放たれたそれが何かに当たった。

 火花が軽く散ったのが見えて、敵の装甲を撫でたのだと決めつける。

 空中を飛行しながら、俺は機体を――ブーストさせた。


「――っ!」


 体を圧迫される。

 強い力であり、段々と気持ちが良くなる感じだ。

 血の巡りが可笑しくなっている。

 それを理解しながらも、俺は本能のままに機体を操作した。


 音が聞こえる。

 敵が攻撃を仕掛けた音で。

 すぐ近くで弾丸が跳ねるような音が聞こえた気がした。

 奴は俺の位置を予測して攻撃を仕掛けた。

 此方の正確な位置は掴めていないと思っていた。

 それなのに、先ほどのミサイルによる攻撃の狙いは異常なまでの精密さだ。


 

 明らかに、向こうのレーダーは――この環境に適している。


 

 デザート仕様のカラーリング。その時点で当たりは付けていた。

 奴は砂嵐などの環境を利用して戦う事に特化している。

 レーダーもそれに最適化されて、恐らくは此方の動きが読めている。


 だが、今のでもう一つ気づいた。

 それは此方の急激な動きには――奴は対応できない。


「だったら――やってやるッ!」

 

 覚悟を決めた。

 そうして、地面に着地しながらレバーを操作する。

 長時間の高機動戦は割に合わない。

 そんな事をすれば機体の前に俺の体が再起不能になってしまう。

 意識を刈り取られる心配もある。だからこそ今回限りの作戦を建てた。

 

 そう、俺が出来る事は短期決戦を想定した――変則機動戦だ。


 ペダルを強く踏みつける。

 その瞬間に爆発的な加速が俺を襲う。

 強く歯を噛みしめながら、それに耐えて――まだだ。


 更に、加速。

 機体内は激しく揺さぶられてアラートが鳴る。

 が、俺はそれを無視して砂の上を疾走した。


 砂の上を滑るように移動する。

 そうして、一気に向きを変えてそのまま進んでいく。

 急激な進路の変更を、何度も何度も繰り返していった。

 爆発音が鳴り響く度に、意識が体から切り離されそうになる。

 体からも嫌な音が聞こえてくるようで。

 俺は強く歯を食いしばりながら、精一杯の笑みを浮かべた。


 暴れ馬。乗り手を振り落とそうとしている。

 操縦者がいなければ何の意味も無いのに、だ。

 凶暴で凶悪で――馴らし甲斐がある。

 

 脂汗がにじみ出る。

 コックピッド内は熱気に包まれて。

 生暖かい空気が肺に取り込まれていく。

 意識は少しだけ朦朧としていて、酸素が圧倒的に足りていない。

 ズキズキと頭が痛くなり、吐き気もこみ上げて来る。

 酸欠に近い状態だが――まだやれる。

 

 敵の位置は分からない。

 だが、特定する方法はある。

 俺は地面を滑りながら、ランチャーを起動させた。

 パネルを叩きタイマーを流れるようにセットする。

 そうして、全ての弾を一斉に上空に向けて放つ。


 軽い音を立てて放物線を描くようにそれらが飛んでいく。

 砂の上を疾走しながら、それらを広げるように撃った。

 その間にも、別の音が響いている。

 弾丸が砂に当たる音であり、敵は俺の位置を見失っていた。

 

 ニヤリと笑う。そうして、窮地を脱する仕掛けの仕込みを終わらせた。

 

 視界が砂に染め上げられて、天の光も通さない。

 すぐ近くのもの以外は肉眼で捉える事は不可能な状況。

 だったら、俺がこの手で――光を作り出す。


 敵は攻撃を仕掛ているが、全てが外れている。

 乾いた音だけが近くで響いていて、奴の居場所が近い事を教えてくれる。

 奴が俺の居場所をレーダーで割り出し攻撃をしても、そこにはもう俺はいない。

 空中から狩人の真似事をする奴を探し出す。

 放たれた無数の閃光弾が放つ一瞬の強烈な光。

 数秒にも満たないその一瞬だけは、奴の姿がハッキリと見える筈だ。

 俺はそれに望みを掛ける。


 

 まだだ、まだ、まだ――見えたッ!!


 

 放たれたそれが一斉に光を放つ。

 視界を覆うほどの光だが、武装と連動したシステムの調整により此方の目は潰れない。

 全てが黄色に染まってしまったフィールドが一瞬だけ白く染まる。

 そうして、宙に浮かんでいる奴の影を色濃く反映した。


 俺は機体の向きを一気に変える。

 強制的に変えた事によって機体から嫌な音が聞こえた。

 体中も鈍い痛みを発しいているが問題ない。

 俺は全力でペダルを踏みつけた。

 そうして、機体をジャンプさせながら一気に敵へと突っ込んで行く。

 奴は焦りながらも、此方の狙いに気づいたように銃口を向けようとした。


 運の悪い事に奴の銃の方が早い――が、大丈夫だ。


 奴がレーダー頼りの動きで銃を向けて放つ。

 眩い閃光をバチバチと発しながら放たれたそれが俺の機体の装甲を軽く撫でた。

 初見で集弾性能が低いタイプのマシンガンであると見抜いていた。

 碌な狙いもつけないままそれを放ったところで当たる確率は五分五分だ。

 頭部を撫でたそれがセンサーの映像を僅かに乱した。

 俺は笑みを深めながら、姿をハッキリと捉えたそれに向けてショットライフルを構える。


 

 スローモーションに感じる世界で、奴の下を潜り抜けようとした。


 俺は銃口を上に向けながら、連続してボタンを押した。


 強い衝撃と共に、勢いよく放たれた散弾。


 至近距離から放たれたそれが、下から奴の装甲を穿つ。


 弾丸が奴の装甲に抉り込んで、貫通していった。


 奴は驚きを露わにしながら、此方にセンサーを向けて――光を点滅させた。



《あり得ない――この俺が――こんな、所で――――…………》



 最後に聞こえた声。

 それを聞きながら、背後で大きな爆発が発生した。

 派手な花火であり、ガラガラとパーツが飛び散って落ちていく。

 炎に包まれたそれは砂嵐の中で目立っていて。

 俺は地面に着地しながら、機体を回転させた。


 くるくると回りながら勢いを殺していき――停止した。


「はぁ、はぁ、はぁ……確かに、とんだ暴れ馬だな」


 ピーキーという言葉では言い表せないほどの操作性。

 機動力は十分すぎるほどで、敵の環境に最適化されたレーダーを欺くことが出来た程だ。

 だが、掛かる負荷は相当のもので胃の中の物を今にも吐き出しそうだ。

 俺は呼吸を整えながら、残弾とエネルギー残量をチェックする。

 二戦目があったとしても問題ないが、慣れていない内は無理をしたくない。

 初戦にしては戦えた方でも、このまま二回戦は体がイカれてしまう。


「……イザベラはどうなった……いや、先ずはコンテナか」


 メリウスを引き剥がし撃破すれば、次はコンテナの回収だ。

 もしも、コンテナの周辺にメリウスが残っているのであれば……その時は戦うしかない。


 願わくば、イザベラが残りを片付けていてくれる事を。

 俺は機体を操作して、コンテナを目指して進む。

 一定のスピードで進みながら、再び工業地域内へと侵入した。


 今のところはPB兵も歩兵も他にはいない。

 メリウスの反応も無く……いけるか。


 俺は警戒心を持ちながら進む。

 そして、仲間の無事を心から祈っていた――

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