007:赤髪の女傑

 ヴァンからの贈り物。

 それを首に巻きながら、俺たちは交易都市ヴァレニエのゲートを潜り抜けた。


 遠くから見た時に、薄い膜上のそれがドーム状に広がっていたが。

 それは、この都市を守る為のエネルギーフィールドだった。

 外の世界の気象の変化は激しい。

 洪水を伴うような大雨が降り、家屋を倒壊させるほどの嵐が吹き荒れる時もある。

 昔で言う異常気象と呼べるような事が日常的に起きているのだ。

 俺たちが来るまでは、まだ小規模な嵐が発生する程度だったが。

 場合によっては、来るまでさえも簡単に吹き飛ばされてしまう。

 小規模な街ならば、対策する術はほぼないが。

 ある程度の街になれば、この都市のような防衛装置を有しているのだとヴァンは言う。


 ヴァンの説明を聞きながら、俺たちはゲートでロボットからの指示を受けた。

 ゲートでの検査を担当するのは都市職員らしき管理官が数名とロボットだけで。

 怪しいものを持ち込んでいないか入念にチェックを受けた。

 俺の首輪に何かしらの反応を示すかと思ったが、布のお陰か知らないが何も言われなかった。

 ゲート前のセンサーによる全体検査にも引っかからなかったしな。

 そうして、意外とあっさり俺は都市の内部へと入場する事が出来た。


 ゲートを潜り抜けた先には、俺の想像を超える世界が広がっていた。

 俺は子供のように目を輝かせながら、口を開けてその光景を食い入るように見ていた。

 

 

 色々な所を見てきたが……此処は凄いな。


 

 ドーム内部の温度は完全に管理されていた。

 暑くも無く寒くも無い。

 ほどよい温度に調整されていて、太陽からの日光も抑えられている気がする。


 都市のけい管も最初に訪れたものよりも洗練されていた。

 背の高いビルが幾つもあり、そのどれもが白で統一されている。

 緑も適度に配置されていて、ゴミで汚れている場所は無さそうに見えた。

 道路は街の至る所に伸びていて、窓から外を眺めていれば。

 今走っている道路よりも上に作られた線路を白く丸みを帯びた形状の大型の列車が通っていった。

 

 列車の表面には青いライン状の光が走っていた。

 線路らしきものは支柱らしきもものが存在せず、宙に浮いていて。

 アレほどの大きな列車を揺らすことも無く通過させていった。

 俺の頭上を通過していった列車は、そのままドームに開けられた穴を通過して走り抜けていく。

 恐らく、他の街へと客や荷物を運んでいくのだろう。

 その不思議なテクノロジーに目を奪われながら、俺はそれが発車したであろう場所を見る。


「……あれは?」

「ん? あぁ、アレは此処の目玉の一つの超大型メトロターミナル――”ヴァルハラ”だ」

「ヴァルハラ?」


 俺が視線を向けた先には、街の中心部で浮いている巨大なターミナルがあった。

 ガラスで作られたような外観で、エネルギーフィールドを通して注がれる日光を浴びてキラキラと輝いている。

 美しさと儚さを感じられるそれは、見ているだけで不思議と落ち着く。

 四方八方に列車が走る為の線路が伸びていて、ターミナルへと昇る為のエレベーターが幾つも存在した。

 丸い透明な円筒状のそこを何かが勢いよく通っていくので……恐らくはエレベーターだろう。


 ターミナルが一番に目に映ったが。

 他にも見慣れない物が幾つも存在していた。

 空中に浮かぶ巨大な立体映像もその内の一つで。

 綺麗な顔立ちをした女性が踊っていて、何かを持って宣伝している。

 恐らくは、此処の人間にとっては見慣れた広告なのだろうが。

 俺にとっては初めて見るものばかりで。

 まさか、本に書いてあったものを生で見る機会が訪れるとは思わなかった。


 食い入るようにそれらを眺める。

 立体映像の広告に、空を飛んでいる車輪の無いバイク。

 道の下にある街道では、機械のような見た目の犬の散歩をしているロボットもいた。


「……味が消えないガム……三キロ先まで見えるバイオアイ……男で、妊娠?」

「それは見るな」


 食い入るように見ていた俺の頭をヴァンが叩いて来た。

 俺は頭を摩りながら奴を見る。

 少ない時間で見た情報だけでは何とも言えないが……こいつは普通だな。


「何だ? 俺をジロジロと……ま、まさか。お前!」

「――違う。何か分からないが、絶対に違う」

「……じゃ何だよ」

「……お前は体を弄ってないんだな」


 俺が素直に疑問を吐くと、奴は目を丸くしていた。

 そうして、ケラケラと笑いながら説明する。

 人体の改造手術を受けたがる人間はそれほどいないと。

 人間は痛い事が嫌いで、生まれ持った肉体じゃないと不安になる。

 手術を受ける人間は止むを得ない事情があるか、単純に力を求める人間だけだと言う。


「……ま、スーパーパワーってのには憧れるけどよ。そんなもんあったって碌なもんじゃねぇだろ」

「どうしてそう思うんだ?」

「……過ぎたる力は身を滅ぼす……人間、身の丈にあった力で十分なのさ。お前も覚えとけよ」

「……分かった」


 言葉では理解を示したが。

 ヴァンのその言葉だけは納得できない。

 力というものはあればあるほど良い筈だ。

 俺がもっと強ければ、もっと力があれば……こんな事にはならなかった。


 仲間も死なず、俺自身も違った道を歩めていたかもしれない。

 弱い奴は自由すら手に出来ない。

 力さえあれば、どんな運命も――ヴァンが軽く俺の頭を小突く。


「バーカ。頭を抱えちまうような事は考えるなって言っただろ」

「……悪い」

「……ま、急には無理だろうさ……少しずつ、慣らしていけ。はは!」

 

 ヴァンは片手で運転をしながら笑う。

 俺はそんな奴に心の中で少しだけ感謝しながら。

 また誰かに命令された訳でもないのに外へと視線を向けた。


 

 此処は良い所だ……何故だか分からないが、自然とそう思えた。


 

 俺は初めての都市の風景を目に焼き付けながら。

 ヴァンの会社で働くのも悪くないのではないかと思い始めて――


 

 §§§



「……」


 車を適当な場所に停めて。

 奴が笑みを浮かべながら指し示した方向を見る。

 綺麗な街並みの一角に存在する……闇というべき所か。


 中心部から離れれば離れる程に、少しだけ汚れのようなものが見え始めた。

 そうして、端へと行く度にそれは目に見えて現れ始める。

 ガラの悪いチンピラが徘徊していて、焦点の合わない目で意味不明な言葉を叫び続ける老人たち。

 ゴミ一つ無い筈だと思っていたのに……横に視線を向ければ立ちながら小便をする中年の男がいた。


 ヴァンはそいつを見つけると怒鳴りつけていたが。

 顔を赤らめたその男はへらへらと笑いながら、満足して去っていった。

 ある意味で自由な場所。ある意味で秩序も何も無いアングラ的な世界。

 秘密でも、隠されるものでも無いが……あまり公には出したくないだろうな。


 もしも、綺麗な都市にこんな場所があると分かれば。

 観光客も激減してしまうかもしれない。

 それを避ける為に、この都市の市長は色々と策を巡らせているような気がした。


 境界線となるような場所に大きな壁を作っていたり。

 間違って観光客が入らないようにする為に、通行所に警官を配置していたりと。

 誰の目にも触れないように蓋をしているような感じだ……闇そのものだな。


 俺は雲行きが怪しくなってきた事を感じ取る。

 ヴァンはそんな俺の気も知らずに。

 車の後部座席に入れていた俺の荷物を抱えて扉を閉めた。

 器用に車を施錠してから、俺に荷物を渡してきた。

 俺はそれを受け取る。そうして、ヴァンは会社の中に入る様に促してきた。

 視線の先には壁に落書きがある灰色の小さな建物がある。

 窓は割れていないし、血の跡も無いが……俺は無言で先頭を歩くヴァンについていった。


 コンクリートで出来た階段を上がりながら、妙な寒気を感じていた。

 戦場にいる時に常に感じていた悪寒で。

 この先で待つ何かが俺にそれを感じさせているのだと本能で悟った。

 俺は警戒心を高めながら、拳を握って上がっていく。


「此処だ! ようこそ我が傭兵派遣会社L&Pへ――うぼあぁ!!?」


 ヴァンが満面の笑みで扉を開けて中へと入れば。

 彼の顔面に何かが吸い込まれるようにヒットした。

 ヴァンはそのままよろよろと後退して――ばたりと仰向けに倒れた。


 ぴくぴくと痙攣しながら、当たった箇所が赤く腫れている。

 ヴァンがつけていたサングラスは何故か無事のようで。

 俺の足元に転がったサングラスを見つめてから、カラカラと転がった凶器も見る。


「……小型の、ハンマー……死んでないか?」

「――そんな簡単にくたばりはしないよ。そいつはゴキブリ以上だからね」


 投げられた凶器を見ていれば、中から誰かが出て来た。

 視線を向ければ、長い赤毛を後ろで適当に括った180㎝はありそうな長身の女が出て来た。

 黒いタンクトップの姿で、下はボロボロのカーゴパンツを履いている。

 露出している腕は筋肉質で、独特なタトゥーが彫られていた。

 

 女は元軍人だった俺でも緊張するような視線をヴァンに向けている。

 ゆっくりとヴァンへと近づいた女は、徐に足を上げて――ヴァンの股間に振り下ろした。


「おばぁ!!?」

「起きな。永眠するには早いよクズ野郎」

「ぁあ、ま、待って……は、話せば、はなせ、ぁ……暴力反対!」

「へぇ、暴力反対ねぇ……それじゃ、私に送られてきたこの大量の請求書は、暴力じゃないんだねぇ」


 女はポケットから端末を出す。

 そうして、空中に投影されたのは長々と書かれた請求書だった。

 そのどれもが食事代や交通費で……いや、遊んでいるな。


 明らかにヴァンには必要の無い物も買っている。

 化粧品や高級菓子など。完全に若い女が好きそうなものばかりだ。

 他にもゲームや玩具に……下着もか。


 多種多様過ぎて何も言えない。

 此処に来るまでにヴァンは何度もカードを使っていた。

 しかし、それは食べ物やガソリン代で……いや、色々と食べていたな。

 

 俺は少しだけ不安になってそんなに使ってもいいのかとは聞いたが。

 ヴァンはへらへらと笑いながら「大丈夫だ!」と言っていた……こいつ、人のカードを使っていたのか……。


「……悪い。少しだが、金を」

「――いらないよ。アンタは悪くない。全部、このクズの所為だよ」

「あひぃ!」


 女は冷ややかな眼差しをヴァンに向けながら。

 一切の手心無くヴァンの股間をぐりぐりと踏みつけていた。

 ヴァンは気色の悪い悲鳴を上げていて――女は勢いよく蹴り飛ばした。


 ヴァンは悲鳴を上げながら、階段下へと転がり落ちていった。

 女はそんなヴァンに視線を向ける事無く言い放つ。


「金を返すか。割の良い仕事を取って来るまで帰って来るんじゃないよ……ほら、アイツはいいから入りな」

「あ、あぁ」


 ヴァンには冷たい女。

 彼女に少しだけ怯えていれば、彼女は中に入る様に促してきた。

 俺は言われるがままに中へと入る。

 

 改めて中を見れば、中々の散らかり具合であった。

 色んなものが乱雑に置かれていて、工具や何かのパーツが散乱している。

 他にもかなり古い時代のスロットゲームなども置かれていた……本で見たものとそっくりだな。

 

 女はガチャリと扉を閉めてから、俺に声を掛けて来る。


「……さて、悪いね。何時もこうなんだ……適当な所に座りな。今、飲み物取って来るよ。何が良い?」

「……コーヒで」

「あいよ。ブラックで良いかい?」


 女の質問に頷いて答える。

 すると、女は奥のカウンターらしき方へ向かう。

 散らばっていたパーツを除けながら、置いてあったコーヒーメーカーらしきものを起動して。

 俺は適当に座れと言われながらも、机も椅子も物が載っている事に困惑した。


 女に視線を向ければ、置いてあったシガーケースから煙草を一本取っていて。

 ライターで火をつけてから、軽く吸っていた。

 ヤニを噴かせている女は様になっていて。

 もしかしたら、元軍人なのではないかと思えるほどに逞しく見えた。

 俺がまじまじと女を見つめていれば、彼女は俺の視線に気づいてくすりと笑う。


「何だい? 煙草を吸う女がそんなに珍しいか?」

「……いや、綺麗だと思っただけだ」

「……ふ、何だいそれ……見かけによらずたらしなのか?」

「……?」


 たらしという言葉の意味は知らない。

 そんな俺を面白そうに眺めている女。

 女は煙草を吸いながら、思い出したように俺に近づいてくる。


「アンタがアイツが言っていた新人だろう?」

「……まだ入るとは……」

「はは、知ってるよ。アイツは強引だからねぇ……ま、これも何かの縁さ」

 

 女は煙草を片手で持ちながら、空いている方の手を差し出してくる。

 俺はその手の意味に気づいて、自らの手を差し出した。

 女は俺の手をしっかりと握って……ゴツゴツしているな。


 想像通りに逞しい手に感心しながら。

 俺は彼女を見つめる。

 彼女は小さく笑いながら、自らの名前を明かす。


「私はイザベラ……アンタが入れば、先輩になる女の名だよ」

「……ナナシだ」

「ナナシ、ねぇ……面白い名だ。気に入ったよ。よろしくね、ナナシ」


 自らの名を明かしたイザベラ。

 その名をしっかりと記憶しながら俺は周りを見る。

 此処がもしかしたら、俺の職場となる場所で……片付けた方が良いな。


 世話になる以前の問題で、俺はこの部屋の状況が少し我慢できそうにない。

 その事をイザベラに伝えれば、彼女は「まさか掃除するのかい?」と聞いてくる。

 俺が静かに頷けば、彼女は口笛を吹いて感心していた。


「ま、コーヒー飲んでからでも遅くはないよ……私が手伝える事は無いけどね」

「……」


 手伝う気が無さそうなイザベラ。

 俺は無言でこのゴミの山を一人で片づける事になるのかと戦慄する。

 だが、やると決めたからにはやる。

 俺は大きな障害を前にして――ふつふつと静かに闘志を燃やした。

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