第56話 囮


 ※そろそろ戦争パート終わらせないと……。




◇ ◇ ◇




 南の方角――。


「ぐっ……!」


「フッ。まずまずだな……!」


 俺とノルチェボーグは、剣を押し付け合い、ガチガチと音を鳴らしていた。


 今のうちに整理しよう。

 ノルチェボーグは土魔法を使う剣士。

 今この状態を見れば分かる通り、近距離は剣で、中遠距離は土魔法で対応すると。


「ハァッ!」


「ッ……!」


 ノルチェボーグに弾かれ、距離を取られる。


「ヤベッ――」


 俺は焦って高く跳んだ。


「土魔法。【岩盤爪がんばんそう】」


 俺の足元の地面が、一瞬盛り上がったと思うと、土でできた巨大なかぎ爪が出現した。

 少しでも遅かったら、体が引き裂かれただろう。


「空中に逃げ場はないぞ! 【露岩の流星ろがん りゅうせい】ッ!」


 ノルチェボーグは、宙にいる俺に向けて、再び【露岩の流星】を撃ち込んできた。


「だったら俺も新技ッ! 風魔法。【風導かざしるべ】」


 宙にいた俺の姿は、一瞬にしていなくなった。

 【露岩の流星】は当然、何もない空間に飛んでいった。


「何……?」


 ノルチェボーグは、目だけを動かし、俺の姿を探す。


「――こっちだ」


「ッ……!」


 背後から声が聞こえ、ノルチェボーグはバッと振り返った。

 そこには、先程まで宙にいたリンドラの姿があった。


 貰った!

 

 俺はノルチェボーグが防御する前に、剣を振り下ろした。

 しかし――。


「くっ……! 【途絶泥とぜつでい】」


 ノルチェボーグがそう詠唱すると、踏み込んだ足がずぶっと沈んだのを感じた。

 俺の足場の地面を泥のように軟らかくしたのだ。


「なんのぉ!」


 俺は体勢が崩れながらも、なんとか剣を振り切った。


「がっ……!」


 俺の剣は、振り返ったノルチェボーグの胴体に傷をつけた。

 俺から見て右上から左下にスパッと。


「クソッ!」


 傷が浅い!

 もう一撃――。


「【岩盤爪】ッ!」


 ノルチェボーグは咄嗟とっさに、目の前に【岩盤爪】を繰り出した。

 俺は後ろに飛び退き回避した。


「ハァッ、ハァッ……!」


 【岩盤爪】を壁代わりにして、ノルチェボーグは身を隠した。


「(なんだあの技は……。一瞬にして俺の背後に移動した? とてもじゃないが対応できないだろう。だが、あれほどの速さだ。必ず体への負荷が大きいはず)」


 ノルチェボーグは、傷を負った割には冷静に考えた。

 やはり浅かったのだろう。


「――ハァッ……。クソッ。あの一撃で仕留めたかった……!」


 俺は息を切らして、一撃で決めきれなかったことを悔やんだ。


 【風導】は、一定の距離までは高速移動できる技。

 瞬間出力が大きすぎるあまり、体力の減りが激しい。


 ノルチェボーグの読みは当たっていたようだ。


 だが、咄嗟に出した土魔法。想定外の動きだったようだな……。


「おいっ! いつまでもそこに隠れていないで出てこい!」


 俺は姿が見えないノルチェボーグに向かって叫んだ。


「――言われなくても出てきてやるよ」


 ノルチェボーグは焦った様子を見せずに、【岩盤爪】から姿を出した。

 傷を処置したようにも、何かを仕込んだようにも見えなかった。


「再開といこうか……!」


「次は仕留める……!」


 リンドラとノルチェボーグの戦いは、熾烈を極めていた――。




◇ ◇ ◇




 東の方角――。


「ハァ……。キリがないな」


「流石のお前も、疲れが見えてきたな?」


 ルシアは、カロンの策を中々攻略できずにいた。


「(敵兵もどんどん集まってくる。部下の助けは見込めないか)」


「どうするんだぁ? 降伏してくれれば命だけは助けてやるぞ」


 カロンはルシアに降伏を勧めた。


「なんだと? そんなことすると思うか!」


 ルシアは怒りの返事を返した。


「あっそ」


 カロンはルシアの返事に呆れて、周囲の部下に、早く仕留めるよう指示を出す。


「クソッ!」


 ルシアは疲れながらも、どんどん迫ってくる敵兵を倒していく。


「……あっ! そうだ!」


 カロンは何かを思いついたようだ。


「――お前、俺の下につかないか?」


「――は?」


 なんと、カロンはルシアを引き抜くことを思いついたようだ。


「どうせこの戦いは俺らの勝ちだ。ここの戦いに勝っても、ノルチェボーグがいる。それに勝ったとしても、そこを狙って攻めてくる奴らも出てくるはずだ。な? 悪い話じゃねぇだろ?」


「貴様、リンドラ様が、ノルチェボーグに負けるはずがないだろうっ!」


「何言ってるんだ? 俺といい勝負してる時点で弱えよ。領地を復興とか、所詮ガキの戯れだろ? 勝ち目のない勝負に民を炊きつかせて戦わせる。馬鹿としか言いようがないな」


 カロンは鼻で笑って、リンドラのことを馬鹿にした。


「なんだと……?」


「それに比べてお前は優秀だ。アイツの下につくなんて、弱みを握られてとしか考えられん。だったら殺しちまえば解決だろ?」


「…………おい」


 カロンにこれでもかってくらいリンドラを侮辱されたルシアの中で、何かが切れた。


「簡単には死なせないからな」


 ルシアは吹っ切れたように、カロンに向かっていった。


「あーあ、プッツンしちまった。何度やっても無駄なのになぁ」


 カロンの部下が数人、ルシアの前に立ち塞がったが、一瞬にして倒されていく。


「おい構えろ」


「はいっ!」


 近くの部下に剣を構えさせ、あの形をとる。


「(怒りで動きが単調になってくれれば、もうこっちのもんだ)」


 カロンはサーベル剣を構える。


「ん?」


 カロンはルシアのただならぬ殺気に気づいた。

 しかし、今更形を崩すことはせずに、剣をクロスさせて構えた。


「…………フッ!」


 ルシアは、先程の何倍もの速さで、カロンに斬りかかった。


「速っ――」


 カロンは反射でルシアの攻撃に剣を合わせた。


「(しまった! 勢いを殺せていない!)」


 サーベル剣でルシアの剣を捕らえることができず、ガキンと金属音が鳴って弾かれた。


「ハァッ!」


 カロンの部下は先程と同じように、ルシアに向かって剣を振り下ろした。


「馬鹿ッ! 避け――」


 ルシアは剣を弾いた勢いを利用して、くるりと逆回転して、カロンの部下の方を向いて、剣を振りかぶった。

 かなり無茶な体の動かし方をしたのか、ミシミシと音が聞こえた気がした。


「――へ?」


「まずはお前だ」


 ルシアは、カロンの部下を、剣もろとも叩き斬った。


「マジか……!」


「(そんな動きしたら、体が悲鳴を上げるだろ!?)」


「次はお前だ……!」


 カロンの部下が倒れたのを確認すると、カロンを睨みつけた。

 そしてそのまま休むことなく、カロンに斬りかかった。


「ぐっ……おおおおっ!?」


 何度も何度も斬りつける。

 カロンは何とかサーベル剣で防御する。

 が、ルシアがどんどん攻撃の手を速めていく。

 次第に対応しきれなくなり……。


「ガアッ……!?」


 カロンの左太ももに切り傷がついた。

 それを皮切りに、体中に切り傷がどんどん増えていく。


「クッソォォオオオッ!!」


「(怒りでここまで変わるのかよ! 体の限界を知らねぇのかコイツは!)」


 キンッという音と共に、1本のサーベル剣が弾き飛ばされた。

 カロンはルシアの猛攻を、サーベル剣1本で防がなければならない。

 ルシアはさらに速度を上げた。


「いっ! ガハッ! や、やめっ――」


「これで……終わりだ!」


 ルシアはトドメと言わんばかりに、カロンの腹を横に切り裂いた。


「あ――」


 カロンは腹の傷を押えながら、ガクッと膝をついた。


「ハッ、ハッ、ハッ……」


「ハァッ……もう戦えないはずだ」


 息も絶え絶えのカロンを見て、ルシアは一息ついた。


「(怒りに身を任せてしまった。体のそこらじゅうが痛い。ここまで鈍っているとはな……)」


「――お、おいっ。ボスがやられちまったぞ」


「――嘘だよなカロンさん。俺たちこの後どうすればいいんだよ」


 カロンがやられたことで、周囲の敵兵が静かになる。


「(この士気の下がりよう。この右の軍は勝ったな)」


 ルシアは安堵した。

 と同時に、こことは別の場所で盛り上がっていることに気づいた。


「なんだ?」


「――フッ。フフフフフッ」


 カロンは狂ったのか、笑い声を漏らした。


「貴様何かしたのか!」


 ルシアは剣先をカロンに向けた。


「ハァッ。俺は、つい自分のことも、駒として見ちまうんだよなぁ。ぐっ、ゲホッ……!」


「何が言いた……まさかっ!?」


 ルシアはカロンの目論見に気づいたのか、左の軍の方を注視した。


「――俺自身を囮とする。昔からの悪い癖だ。ハッ」


 ルシアはまんまとカロンに騙されたと、焦った表情をした。

 対照的に、カロンは口元から血を流しながら、口角を上げた――。

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