第5話 経過報告

 気づいたら、ベッドの上だった。

 新木家が借り上げた、単身者用のマンションの一室。

 オレの部屋。

 さっきの今でオレの部屋、と言うことは誰かが運んでくれたって事で、この場合は間違いなく暖己。


「……はる?」

「目が覚めたか?」


 小さい声で問いかけたら、手が握られた。

 部屋に対して少し大きめのベッドの上。

 オレをしっかりと上掛けにくるみ込んでおきながら、自分は無造作にオレの横に転がっている。

 オレにだけ見せるそのぞんざいさが、好き。


「ごめん……どうなった?」

「まず、水分を摂れ」


 背を支えて身体を起こされ、水の入ったコップを口元にあてられる。

 仕事柄なんだろうけど、完璧に整えられたベッドサイドの看護用品が、なんか悔しい。

 オレだって逆の立場なら、これくらいは用意するけどな。

 ただ、今日、これだけ完璧にされるといたたまれないんだ。

 水差しがあったので遠慮なくおかわりを要求して、コップに二杯水を飲んだ。

 少し、ぼやっとしていた感覚が戻ってくる。


「宿酔いはなさそうだな? どれくらい呑んだ?」

「わからん。いつの間にか、飲み物に入れられてたんだろ」

「全く、笙介さまは……才能の無駄遣いにもほどがある。これは気合いを入れて叩き直さなきゃならんな」


 むうっと眉間にしわを寄せて、暖己が言う。

 暖己が、叩き直すのか。

 目を伏せたら、優しく髪を撫でられた。


「笙介さまとお前では、相性が悪いだろうと、前から言われていたろう?」


 本当のことだけれど悔しくて、オレは強い口調で言い返す。


「相性は悪くない」

「ああ。仲が良すぎるくらいだな。だが、それじゃ主人と執事の間にはなれない。お前はいつまで経っても笙介さまの『兄や』のままだ」


 そうだ。

 ずっと言われていた。

 笙介さまに対して、オレは甘すぎる。

 だってあんなにおかわいらしくて、ひたすらに慕ってくださる様子を見たら、突き放せない。

『梨本はチームリーダーには向いているけれど、個人を育てるには向いてないのですね』

 かつてオレの上司は、そうオレを評した。

 善し悪しではなく、適正の問題だ、と。


「お前が心配しているだろうから、まずは教えておく」


 オレの手からコップを取り上げて、暖己が言う。


「笙介さまはお前のいない状態で、もう一度様子見することになった。跡継ぎ候補からは外されていない。最後のチャンスにはなるだろうけどな」


 ああ。

 それは良かった。


「ほっとしている場合じゃないぞ。お前は新木家から外れて、春日井家に戻される」

「そうか……いつから?」

「存外落ち着いているな」

「オレにも落ち度はあった。当然、ペナルティは覚悟しているさ」

「気づいていたのか?」


 暖己の問いかけは突然で曖昧だった。

 だけど、予想はつく。


「笙介さまのお気持ちか? あそこまで思い詰めておられるとは、思っていなかったけど……好意を持ってくださっているのは、何となく」

「そうか」








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