第3話 危機

 そして現在、何故こういうことになっているのか。

 と、オレはぼんやりした頭で考える。

 今日は交流会だったはずだ。

 そこそこに大きくて名の知られた春日井家の各事業が、総会の日で。

 日中に総会を終わらせたら、夕刻からは一族の皆さま総出で交流会。

 本家の方々はもちろん、オレがお仕えしている新木家の方も、他の分家の皆さまも、事業に関わる方々もお越しになっての大きな会合。

 我々執事も、別室で情報交換をするはずだった。

 交流会の準備でこの半月は異様に忙しかった。

 職場そのものは、オレは新木家、暖己は春日井家と、違いはあってもお仕えしている同僚だから、お互いの状態はわかっている。

 元々ほとんど会えない暖己に、全く会うことができなくて、留守電に残された声と業務報告的なメッセージだけが慰めだった。

 それでも、オレがついている笙介さまの正念場だと思っていたから、それはそれでということにしていたのだ。

 なのに、この仕打ち。

 正念場を迎えているはずのご本人からとは、全くもって驚きだ。

 オレは力の入らない身体を休憩室のソファに寝かされて、上から笙介さまに押さえ込まれている。


「笙介さま……」

「しーっ。梨本……梨本。寛文、好きだよ。おれを受け入れて?」


 笙介さまは問いただそうとしたオレの唇に指を当てて微笑んだ。

 モデルもかくやという整ったお顔に、細身で手足の長いスタイル。

 ええ、二十六歳という年齢や成人男性であるという事実を差し引いても、大変愛らしくいらっしゃいます。

 けれどこれはないと思うのだ。


「笙介さま、おいたはそれくらいになさってくださいませ」

「子供扱いしないで欲しいな。もう、二十六だ」

「梨本にとっては、お幾つになられていても、笙介さまはお可愛らしくていらっしゃいます」

「そう言う梨本も、もう四十に手が届くとは思えないかわいらしさだよね」

「わたしはまだ三十八ですが……まあ、童顔なのは否定いたしません」


 笙介さまとオレでは同じくらいの体格なので、力が入るなら逆転くらいは可能だ。

 けれど迂闊に反撃して、笙介さまに怪我をさせてしまうのは本意ではない。

 それに。

 押し倒されてのしかかられて、受け入れてと、言われても……という状況。


「まあ、それはさておき。ねえ、梨本、いたずらじゃないから。寛文が何度告白しても、本気に受け取ってくれないのだから、仕方ないよね?」

「押し倒されても、本気には受け取れませんが?」


 なんとしたことだろう。

 これで本気が伝わると、笙介さまが本当に信じていらっしゃるのだとすれば、教育係も兼ねていたオレの不徳の致すところ。

 もういっそ暖己にすべてを打ち明けて、仕置きしてもらった方がいいのかもしれない。

 もちろん、仕置きされるのは笙介さまではなく、オレの方。

 思考がふらふらし始めているのが自分でもわかる。

 多分これ、アルコールだよな。

 どこで間違えて呑んだんだろう。

 気をつけていたのに。


「ずっと寛文がそばにいてくれるなら、何でもいいんだけど。でもやっぱりトクベツがいいんだ。身体から始めるのもありだと、おれは思うんだよね……」


 笙介さまがうっそりと微笑んで、オレのネクタイを抜き取りボタンを外す。


「笙介さま、それ以上は冗談では済まなくなるので、おやめください」

「冗談じゃないから、やめる必要ない」

「合意のない行為は暴力ですよ」

「じゃあ、合意して。おれは梨本が好きだよ」

「梨本は笙介さまを大事に思っておりますよ。けれど、これは違います」

「違わない」

「いいえ。梨本の笙介さまへの気持ちに、劣情は含まれておりません。恋情もございません。ただ、笙介さまを大事に思っているだけにございます」

「大事に思っているなら、応えてよ」


 オレの顔をのぞき込んだ笙介さまは、頑是ない幼子のようで、オレは胸が痛くなる。

 どうして伝わらないんだろう。

 泣きそうな気分でいたら、顔が近づけられた。

 首を振ってキスを拒む。

 グラングランって、頭が回る。


「梨本」

「笙介さま、それくらいにしてやってください」


 オレの危機には絶対駆けつけてくれる、声がした。


「暖己」

「桐山」


 名前を呼ぶ声は揃ってしまったけど、温度は全然違う。

 笙介さまのイヤそうな声に重なるオレの声が弾んでしまうのは、仕方のないこと。

 暖己がいつの間にか笙介さまの後ろに立って、ため息をついていた。






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